第4話「その力、危険視されます」
監督を倒した直後。
空気が、明らかに変わっていた。
「な、何が起きたんだ……?」
周囲の奴隷たちがざわつく。
当然だ。
奴隷が監督を倒すなど、あり得ないことなのだろう。
リリーニャも、まだ状況を飲み込めていない様子だった。
「トオルさん……本当に、大丈夫なんですか……?」
「大丈夫じゃないかもな」
俺は素直に答えた。
(むしろ、ここからが問題だ)
監督を倒したこと自体よりも――
(魔法の使い方を見られた方がまずい)
そのときだった。
「――騒がしいと思ったら、これか」
低い声が響く。
振り向くと、一人の男が立っていた。
黒いローブ。
胸元には、見慣れない紋章。
そして何より――
(こいつ……さっきの連中より“精度が高い”)
空気の密度が違う。
感覚的に分かる。
この男は、さっきの監督とは“格”が違う。
「奴隷が監督を倒したと聞いたが……」
男はゆっくりとこちらを見た。
「お前か?」
「そうですが」
俺は視線を逸らさない。
男は一瞬だけ目を細めた。
「……妙だな」
「何がです?」
「魔力の流れが不自然だ」
(やっぱりか)
見抜かれた。
いや、正確には――
“違和感を持たれた”だけか。
男は一歩近づいてくる。
「今の魔法、誰に教わった?」
「独学です」
「あり得ないな」
即答だった。
「この国の魔法は、体系化されている」
「勝手に構造を変えることはできない」
(体系化、か)
なるほど。
だから全員、同じような非効率な詠唱になるのか。
「……一つ、聞いていいですか」
俺は口を開いた。
男は顎で続きを促す。
「その“体系”、誰が決めたんです?」
一瞬、空気が止まった。
男の目が、わずかに鋭くなる。
「……それを知る必要はない」
(図星、か)
俺は小さく息を吐いた。
「非効率ですよ」
「何!?」
「もっと単純に、もっと正確にできるのに」
「わざわざ複雑にしてる」
男の表情が、明確に変わった。
警戒。
そして――
わずかな敵意。
「……危険だな」
ぽつりと呟く。
「お前のような存在は」
周囲の空気が張り詰める。
リリーニャが息を呑んだのが分かった。
「その発想は、いずれ秩序を壊す」
「だから?」
俺は淡々と返す。
男はしばらく俺を見つめていたが、やがて口を開いた。
「……連れていく」
「は?」
「お前はこのままにしておけない」
(やっぱりそうなるか)
予想通りの展開だ。
だが――
(悪くない)
むしろ好都合だ。
この世界の“上”に近づける。
「拒否権は?」
「ない」
即答。
まあ、そうだろうな。
俺は軽く肩をすくめた。
「分かりました」
「トオルさん!?」
リリーニャが慌てて声を上げる。
「大丈夫だよ」
俺はそう言って、彼女の方を見た。
「ちょっと上の連中の話、聞いてくるだけだ」
「でも……!」
不安そうに揺れる尻尾。
その様子を見て、少しだけ考える。
(こいつ、一人だと危ないな)
俺は男の方を見た。
「一つ条件があります」
「ほう?」
「この子も連れていく」
リリーニャが目を見開く。
男は少し考えた後、興味なさそうに言った。
「好きにしろ」
「ありがとうございます」
こうして俺は、拘束されることもなく、その場を離れることになった。
黒ローブの男の後を歩きながら、俺は考える。
(魔法は“管理されている”)
(しかも、意図的に歪められている可能性が高い)
だとしたら――
(この世界の理不尽は、もっと根が深いな)
ふと横を見ると、リリーニャが不安そうにこちらを見ていた。
「……怖いか?」
「ちょっとだけです」
正直な答えだった。
俺は少しだけ笑う。
「大丈夫」
「え?」
「理屈が通る限り、なんとかなる」
リリーニャは一瞬きょとんとしてから、小さく笑った。
「……やっぱり、変な人です」
その言葉に、俺は肩をすくめた。
(さて)
視線を前に戻す。
黒ローブの男の背中。
その先にあるであろう場所。
(この世界の“仕組み”、全部暴いてやるか)
そう思ったとき――
ほんの少しだけ、この状況が楽しみに変わっていた。




