第3話「その魔法、成立条件が甘すぎます」
奴隷としての作業が続く中で、俺は一つの確信を持ち始めていた。
(この現場……無駄が多すぎる)
荷物運びのルート。人員配置。休憩の取り方。
どれもこれも、少し考えれば改善できるものばかりだ。
だが――誰もやらない。
(いや、やれないのか)
リリーニャが小声で話しかけてきた。
「トオルさん……さっきのこと、本当に大丈夫だったんですか?」
「さっきの?」
「監督に意見したことです……。普通、あんなこと言ったら……」
尻尾が不安そうに揺れている。
「まあ、殴られるくらいなら想定内だな」
「想定内って……」
呆れたような、でも少し安心したような顔だった。
そのときだった。
「おい、137番! ちょっと来い!」
監督の声が響く。
(来たな)
俺は軽く息を吐いて、歩き出した。
連れてこられたのは、作業場の奥。
他の奴隷たちから少し離れた場所だった。
「さっきは随分と偉そうだったなぁ?」
監督はニヤニヤと笑っている。
「効率がどうとか、ほざいてたな?」
「事実を言っただけですよ」
「……ほぉ?」
空気が一気に冷える。
監督は腰に手をやった。
そこには、見慣れない装飾の杖があった。
(あれが……この世界の“力”か)
監督はゆっくりと杖を構える。
「奴隷に分からせるには、これが一番なんだよ」
次の瞬間。
「炎よ――」
空気が歪む。
熱が集まる。
(……来る)
「我が敵を焼き尽くせ!」
詠唱が終わる。
火の塊が、俺に向かって放たれた。
だが――
(遅い)
一歩、横にずれる。
火球は俺の横をかすめ、地面に当たって弾けた。
「なっ!?」
監督の顔が歪む。
俺は静かに口を開いた。
「その魔法、成立条件が甘すぎます」
「……は?」
「“敵を焼き尽くせ”って……対象の定義が曖昧すぎる」
監督は一瞬、言葉を失った。
俺は続ける。
「どこからどこまでが敵なんです?」
「どの範囲に、どの程度の熱量で、どう伝達させるのか」
「全部、曖昧だ」
監督の額に汗が滲む。
「魔法っていうのは、“イメージ”じゃない」
俺はゆっくりと言った。
「“条件設定”だろ?」
沈黙。
その空気を破ったのは、監督だった。
「……ふざけんな!!」
再び杖を振り上げる。
「炎よ――!」
(同じだな)
俺は小さく息を吐いた。
そして、初めてこの世界の“それ”を試す。
「対象:一点」
「距離:三」
「範囲:最小」
「出力:限定」
短い。
だが明確な詠唱。
次の瞬間。
小さな火が、一直線に走った。
「ぐっ!?」
監督の肩に直撃する。
よろめく。
その隙を、俺は見逃さない。
(詠唱中は無防備になる)
距離を詰める。
腕を取る。
重心を崩す。
そして――
投げる。
「がっ……!?」
地面に叩きつけられ、監督は動かなくなった。
静寂。
「……え?」
振り向くと、リリーニャが立っていた。
いつの間にか、こちらを見ていたらしい。
尻尾が固まっている。
「い、今の……」
「見ての通りだよ」
俺は自分の肩を回す。
「効率のいいやり方をしただけだ」
「効率って……あれが……?」
信じられない、という顔だった。
まあ、無理もない。
(この世界の魔法を……)
俺は倒れた監督を見る。
(誰も“正しく理解していない”)
だからこそ、あんな非効率な使い方になる。
だからこそ――
「理屈が通る」
そう呟くと、リリーニャが小さく息を呑んだ。
「トオルさん……」
「ん?」
「やっぱり……変な人です」
その言葉に、俺は少しだけ笑った。
(悪くないな)
理不尽だらけの世界。
だが――
(壊しがいはある)
そう思えたのは、初めてだった。




