第2話「奴隷番号137(泣)」
目を覚ましたとき、俺は土の上に転がっていた。
「……ここ、どこだ?」
視界に入るのは、石造りの壁と、鉄の柵。そして――
首に巻かれた、重たい金属の輪。
「……は?」
状況を理解するのに、数秒かかった。
いや、理解したくなかったと言うべきか。
「おい、137番! いつまで寝てやがる!」
怒鳴り声と同時に、足元に鞭が叩きつけられる。
バシンッ!!
「うおっ!?」
反射的に飛び起きた。
目の前には、いかにも性格の悪そうな男。
革の鎧を着て、手には鞭。
どう見ても――監督役だ。
「さっさと荷物運べ! 奴隷がサボってんじゃねぇ!」
奴隷。
……ああ、なるほど。
どうやら俺は、異世界に来ただけじゃなく、奴隷になったらしい。
「……人生、底辺すぎないか?」
思わず呟く。
日本での俺の職業は、工場の非正規作業員。
月収18万。
決して誇れる人生ではなかったが――
「さすがに奴隷よりはマシだった気がするぞ……」
そんなことを考えていると、再び鞭が振り下ろされた。
バシンッ!!
「ブツブツ言ってんじゃねぇ! 働け!」
「はいはい、働きますよ」
周囲を見ると、同じような首輪をつけた人間が何人もいた。
みんな重い木箱を運ばされている。
俺も近くの箱を持ち上げた。
「……重っ」
中身は石か何かだろうか。
しかし、しばらく運んでいるうちに、あることに気づいた。
(これ、作業効率悪すぎるだろ)
奴隷は十人ほど。
だが荷物は一列で運ばされている。
つまり、後ろの奴隷はほとんど待ち時間が発生している。
(運搬ルートを二つに分ければ、単純計算で効率は倍になる)
完全に、現場の管理ミスだ。
工場でも似たようなことがよくあった。
上の人間は、だいたい現場を理解していない。
「おい」
気づいたら、俺は監督に声をかけていた。
「は? なんだ137番」
「この運び方、効率悪いですよ」
周囲の奴隷たちが一斉にこちらを見る。
監督の顔が、みるみる赤くなった。
「奴隷が口答えしてんじゃねぇ!!」
鞭が振り上げられる。
(あー、これ絶対殴られるやつだ)
そう思った、そのとき。
「や、やめてください!」
鈴のような声が響いた。
鞭が止まる。
声のした方を見ると――
そこには、小柄な少女が立っていた。
ふわりとした銀色の髪。
大きな瞳。
そして何より目を引いたのは――
頭の上に生えた、小さな猫耳だった。
さらに腰のあたりから、ふさふさの尻尾が伸びている。
「その人……まだ来たばかりです」
少女は監督の前に立ちはだかった。
声は震えている。
それでも、逃げない。
監督は舌打ちした。
「チッ……獣人か。お前も奴隷だろうが」
「で、でも……」
少女の尻尾が、不安そうに揺れている。
俺は思わず言った。
「別にいいですよ」
「え?」
少女が振り返る。
近くで見ると、かなり若い。
十八か、せいぜい二十くらいだろう。
「殴られるのは慣れてます」
「慣れちゃダメです!」
思わず笑ってしまった。
こんな世界でも、こんなこと言う奴がいるんだな。
監督は面倒くさそうに手を振った。
「チッ……次サボったら本気で叩くからな」
そう言って去っていった。
しばらく沈黙。
少女が恐る恐る話しかけてきた。
「だ、大丈夫ですか……?」
尻尾がゆっくり揺れている。
「大丈夫。ありがとう」
そう言うと、少女は少し安心したようだった。
「私、リリーニャって言います」
「俺は透。佐々木透」
「トオルさん……ですか」
その名前を、彼女は大事そうに繰り返した。
しばらくして、リリーニャが不思議そうな顔をした。
「さっきの話……」
「ん?」
「作業の効率とか……そんなこと考える奴隷、初めて見ました」
俺は苦笑する。
「前の世界で、似たような仕事してたからな」
「前の……世界?」
リリーニャの猫耳が、ぴくりと動いた。
俺は空を見上げる。
青い空。
見たことのない世界。
そして、奴隷生活。
普通なら、絶望してもおかしくない状況だ。
でも――
「まあ、なんとかなるだろ」
そう言うと、リリーニャは驚いた顔をした。
「こんな状況なのに……?」
「こんな状況だから、だよ」
俺は笑った。
「考えれば、大体の理不尽はなんとかなる」
リリーニャは、しばらく俺を見つめていた。
そして、小さく笑った。
その瞬間。
彼女の尻尾が、楽しそうに左右へ揺れた。
「……トオルさんって、変な人ですね」
その言葉を聞いたとき、俺は思った。
この世界。
もしかしたら――
少しは面白いのかもしれない。




