第28話「反撃の布石」
山道を抜ける風は、どこか冷たかった。
だが――
三人の足取りは、軽い。
「……見えてきましたね」
フウカが前を指さす。
遠くに見えるのは、アジト。
リリーニャも小さく息を吐く。
「無事に戻れて、よかったです」
透は無言のまま歩く。
だが、その目には確かな手応えがあった。
「……準備は整った」
小さく呟く。
それだけで、十分だった。
---
アジト。
扉が開く。
「戻ったかい」
ドミールの声が響く。
その口元には、いつもの余裕の笑み。
「状態は?」
透が答える。
「問題ない」
「全員、戦闘可能だ」
フウカが元気よく頷く。
「はいっ!」
リリーニャも静かに続く。
「万全とは言えませんが……十分戦えます」
ドミールは満足げに頷いた。
「いいねぇ」
「顔つきが変わった」
---
その時。
奥から、足音が響く。
「……遅ぇぞ」
リドウだった。
全身の包帯はまだ残っている。
だが――
立っている。
「もう動けるのか」
透が問う。
リドウは肩を鳴らす。
「八割ってとこだな」
「十分だ」
その目は、完全に戦う者のものだった。
---
やがて。
全員が一室に集まる。
ドミールが机に地図を広げた。
「さて――作戦会議だ」
空気が、一変する。
「目的は三つ」
指を立てる。
「亡魔トリコワの撃破」
「フィートスの救出」
「そして――辻松への交渉」
フウカが首を傾げる。
「交渉……ですか?」
ドミールは笑う。
「ああ」
「奴の能力、“湾曲矯正”は使える」
透が静かに言う。
「魔法構造の歪みを矯正できる」
「つまり、トリコワの能力にも干渉できる可能性がある」
ドミールが頷く。
「その通り」
「ただし――」
指を鳴らす。
「簡単には応じないだろう」
リリーニャが静かに言う。
「なら……交渉材料が必要ですね」
透が続ける。
「情報、あるいは利益」
リドウが舌打ちする。
「面倒くせぇな」
ドミールが肩をすくめる。
「だから頭を使うんだよ」
---
しばらく、議論が続く。
配置。
動き。
役割。
全てが組み上がっていく。
やがて――
「決まりだ」
透が言う。
静寂。
全員の視線が集まる。
「リドウとリリーニャ」
「先行して突入」
「フィートスの確保と、前線の制圧」
リリーニャが頷く。
「了解です」
リドウは、拳を握る。
「……やっとだな」
透が続ける。
「その後、状況を見て本隊が突入」
ドミールが笑う。
「いい流れだ」
「合理的だねぇ」
---
そして――
夜。
出発の準備が整う。
「気をつけてください」
フウカが言う。
その目には、不安と信頼が混ざっていた。
リリーニャが優しく微笑む。
「大丈夫ですよ」
「ちゃんと、連れて帰ります」
リドウは振り返らない。
ただ一言。
「終わらせる」
それだけだった。
---
二人は、闇の中へ消える。
静寂。
だが、その奥には確かな熱があった。
---
――そして。
壊れた街。
二つの影が進む。
リドウ。
そして、リリーニャ。
足音は静かだ。
だが、その内側にあるものは――静かではなかった。
視線の先。
瓦礫の向こうに、人影があった。
壁に、崩れるようにもたれかかる影。
近づく。
そして。
止まる。
「……」
言葉が出ない。
そこにいたのは――フィートスだった。
両翼は、無残に引きちぎられている。
血が乾き、地面にこびりついている。
呼吸はある。
だが、意識はない。
その姿は、“生きている”というより――
“残されている”に近かった。
その瞬間。
何かが、弾けた。
音はない。
だが確実に。
空気が変わった。
リドウの瞳が、ゆっくりと細まる。
怒り。
静かで、重い怒り。
リリーニャもまた、震えていた。
唇を噛みしめる。
瞳には、涙と怒りが混ざっている。
ゆっくりと、手を伸ばす。
フィートスの傍らに落ちていた武器。
それを、両手で握る。
「……お借りしますね。フィートスさん」
声は震えている。
だが、折れてはいない。
「貴方の意志は……私たちが果たします」
風が、吹いた。
リドウが前を向く。
「……行くぞ」
「ええ」
リリーニャが頷く。
「終わらせましょう」
二人は、同時に踏み出した。
戦いは――
最終局面へと進む。




