第25話「再起」
静寂が、重く沈んでいた。
アジトの中には、誰も声を発さない空気が流れている。
中心にいるのは――リドウ。
全身に包帯を巻かれ、壁にもたれかかるように座っていた。
「……で」
透が口を開く。
静かな声。
だが、その一言で空気が張り詰める。
「何があった」
短い問い。
リドウはしばらく黙っていた。
拳を握り、視線を落とす。
そして――
「……亡魔トリコワだ」
その名が、落ちた。
フウカの肩がビクリと揺れる。
ドミールは目を細めた。
「亡魔……?」
「ああ」
リドウが低く続ける。
「トリコワの死体を改造した化け物だ」
沈黙。
空気が、冷える。
「能力は二つ」
「“疑似人体操作”と“強制魔律収集”」
透の目が、わずかに鋭くなる。
「疑似人体操作……暴徒のことか」
「そうだ」
リドウが頷く。
「理性を潰して操る。数は無限に近い」
ドミールが口元に手を当てる。
「……なるほどねぇ」
リドウは続ける。
「そして、もう一つ」
「強制魔律収集」
その言葉に、透の表情が変わった。
「……周囲から、奪うのか」
「人も、空間も、全部だ」
リドウの声が低くなる。
「暴徒からも吸ってやがる」
「だから減らない」
「倒しても、補充される」
透は黙り込む。
頭の中で、組み上がっている。
構造が。
「……フィートスは」
フウカが小さく問う。
その声は震えていた。
リドウは、目を閉じる。
「分からねぇ」
短く、吐き出す。
「最後に見たのは……あいつが俺たちを逃がしたときだ」
拳が、さらに強く握られる。
「……一人で、残った」
沈黙。
誰も言葉を出せない。
「……そうか」
透が静かに言う。
その声には、感情がなかった。
ただ、事実を受け止めている。
「もう一つある」
リドウが顔を上げる。
「……あの戦場、何かおかしかった」
ドミールが反応する。
「どういう意味だい?」
「……光だ」
言葉を選ぶように続ける。
「魔法とも違う、妙な光が混ざってた」
透の眉がわずかに動く。
「構造が、違う……」
「分からねぇ」
リドウが首を振る。
「だが、あれは普通じゃない」
再び、沈黙。
だが――
今度は、止まらない。
透が口を開いた。
「……整理する」
その一言で、場の空気が変わる。
「敵は亡魔トリコワ」
「無限供給の兵と、魔律収集」
「さらに未知の要素がある」
ドミールが小さく笑う。
「いいねぇ、面白くなってきた」
「笑い事じゃない」
リドウが睨む。
だが、ドミールは肩をすくめるだけだった。
「だからこそだよ」
その目は、冷静だった。
「攻略のしがいがある」
――その頃。
別室。
リリーニャはベッドに横たわっていた。
呼吸は安定している。
だが、まだ目は覚めない。
その傍に、フウカが座っていた。
「……大丈夫です」
小さく呟く。
手をかざす。
柔らかな光が、傷を包む。
「ちゃんと……治ります」
回復魔法。
まだ不安定だが、それでも確実に効果はあった。
しばらくして。
リリーニャの目が、ゆっくりと開く。
「……フウカ……?」
「リリーニャさん!」
フウカの顔が明るくなる。
「よかった……!」
リリーニャは少しだけ微笑んだ。
「……生きて、ますね」
その一言に、フウカの目が潤む。
「はい……!」
リリーニャは、少しだけ目を伏せる。
「……あの戦場は、地獄でした」
静かな声。
だが、その奥にあるものは重い。
「何度も、回復しました」
「でも……追いつかないんです」
「減らない。終わらない」
フウカは、何も言えなかった。
「フィートスさんが……」
その名で、言葉が止まる。
「……私たちを逃がしてくれました」
フウカは、ぎゅっと手を握る。
「……絶対に、助けましょう」
強く言う。
リリーニャは、ゆっくりと頷いた。
――翌日。
アジト全体に、指示が伝えられた。
「近日中に作戦を開始する」
ドミールの声が響く。
「目的は二つ」
「フィートスの救出」
「そして――亡魔トリコワの撃破」
ざわめきが広がる。
だが、恐怖はなかった。
覚悟に変わっている。
「ただし」
ドミールが続ける。
「万全で挑む」
その視線が、透たちに向く。
「透、フウカ、リリーニャ」
「君たちは調整に入れ」
「……調整?」
フウカが首を傾げる。
ドミールは笑った。
「近くに温泉がある」
その一言で、空気が少し緩む。
「身体と魔力、両方を整えろ」
透は小さく息を吐いた。
「合理的だな」
「だろう?」
ドミールが楽しそうに言う。
一方。
リドウは、壁にもたれたままだった。
包帯の下、まだ血が滲んでいる。
「……俺は?」
短く問う。
ドミールは一瞥する。
「論外だねぇ」
即答だった。
「その身体で行かせるほど、無計画じゃない」
リドウは舌打ちする。
だが――
何も言い返せなかった。
「……任せるしかねぇか」
小さく呟く。
その目は、まだ死んでいない。
「次は……終わらせる」
その言葉は、静かだった。
だが、確かに燃えていた。
こうして――
敗北は終わりを告げる。
そして。
反撃の準備が、始まった。
(第二章・前編 完)




