第22話「亡魔」
空気が、重い。
風が止まっていた。
「……来るぞ」
フィートスの低い声。
その瞬間だった。
――ドクン。
大地が脈打った。
「っ……!?」
リリーニャが息を呑む。
地面から、何かが“湧く”。
人影。
いや――
「……暴徒じゃねぇ」
リドウが呟く。
それは、“人だったもの”だ。
目がない。
意思がない。
ただ、動く。
「数が……異常です!」
リリーニャの声が震える。
一体や二体じゃない。
十、二十――いや、それ以上。
「チッ……キリがねぇな!」
フィートスが飛び上がる。
槍が閃く。
ドンッ!!
数体が吹き飛ぶ。
だが――
「止まらねぇ!?」
倒しても、起き上がる。
壊れているのに、動く。
(再生してる……?)
違う。
違う。
“補填”されている。
そのときだった。
「……ようやく、来たか」
声。
低く、重く、そして――
懐かしい。
リドウの視線が、止まる。
そこにいた。
黒いローブ。
長い白髪。
赤い光を宿した瞳。
「……トリコワ」
その名前が、零れた。
だが――
違う。
違うと、分かる。
“それ”は、もう人じゃない。
「……遅い」
亡魔トリコワが口を開く。
声は、確かに同じだった。
だが、中身が違う。
空洞だ。
「何やってやがる……」
リドウの拳が震える。
「何やってやがるんだよ……ッ!!」
踏み込む。
ドンッ!!
地面が割れる。
一直線。
拳を叩き込む――
「――無駄である」
瞬間。
ズレた。
リドウの拳が、空を切る。
「なっ……!?」
視界が歪む。
次の瞬間。
ドンッ!!
衝撃。
リドウの身体が吹き飛ぶ。
「リドウ!!」
フィートスが叫ぶ。
「っ……大丈夫だ!」
地面を削りながら止まる。
だが――
(重い……!)
ただの一撃で、この威力。
異常だ。
亡魔トリコワが、ゆっくりと手を上げる。
「“疑似人体操作”」
その瞬間。
暴徒たちが一斉に動く。
統制された動き。
先ほどまでとは、別物。
「囲まれる!」
リリーニャが叫ぶ。
「回復は後回しです!今は――」
言い終わる前に、暴徒が突っ込んでくる。
「くっ……!」
光が弾ける。
防ぐ。
だが、数が多い。
「チッ、邪魔だぁ!!」
フィートスが空から突撃する。
ドンッ!!
薙ぎ払う。
だが――
「増えてる……!?」
空中から見て分かる。
増えている。
確実に。
「……“強制魔律収集”」
亡魔トリコワが呟く。
「周囲より、回収」
その言葉と同時に。
空気が、吸われる。
「っ……!?」
リリーニャの身体が揺れる。
「魔力が……!」
奪われている。
「ふざけんなよ……」
リドウが立ち上がる。
目の前の“それ”を睨む。
「それが……お前のやり方かよ」
記憶が、よぎる。
厳しかった。
だが、正しかった。
誰よりも“理”を重んじた男。
それが――
こんな形で。
「……答えろよ、師匠」
亡魔トリコワは、何も答えない。
ただ。
「効率、最適」
そう呟くだけだった。
「……ッッ!!」
リドウが再び踏み込む。
今度は、フェイントを混ぜる。
左、右、下。
連撃。
だが――
全部、ズレる。
「なんだよ……それ」
亡魔トリコワが、手をかざす。
「“構造”が甘い」
次の瞬間。
衝撃が直撃する。
ドンッ!!
「がっ……!」
リドウが膝をつく。
「リドウ!!」
フィートスが降下する。
「下がれ!」
だが、その背後。
暴徒。
「くそっ――!」
反応が遅れる。
その瞬間。
リリーニャが前に出る。
「守ります!」
光が弾ける。
防ぐ。
だが――
「っ……!」
押される。
限界。
「やべぇな……」
フィートスが歯を食いしばる。
空も、地上も。
全部が、敵だ。
「……詰みかけてる」
リドウが低く呟く。
それでも、立つ。
「まだだ……」
拳を握る。
震えている。
怒りで。
「終わってねぇよ……!」
亡魔トリコワが、ゆっくりと手を上げる。
「次段階へ移行」
その瞬間。
暴徒の動きが変わる。
より速く。
より正確に。
「……は?」
フィートスが息を呑む。
「進化してやがる……」
逃げ場がない。
数も、質も、上。
「……リドウ」
リリーニャが小さく呼ぶ。
「はい」
「ごめんなさい……」
その一言で、全部伝わる。
限界だ。
「謝んな」
リドウが笑う。
だが――
その笑みは、苦かった。
「……これ、やべぇな」
目の前には、亡魔。
背後には、無数の敵。
空も塞がれ、退路もない。
完全に、包囲。
そして。
亡魔トリコワの赤い瞳が、静かに光る。
「排除、開始」
その言葉と同時に――
戦場が、崩れた。
(続く)




