第16話「歪み始める均衡」
ダムステルを離れて、数時間。
街の気配は、もう届かない。
あるのは――
乾いた風と、妙な静けさだけだった。
「……静かすぎるな」
リドウが低く呟く。
「嵐の前ってやつだねぇ」
ドミールが軽く笑う。
だが、その目は笑っていない。
「何か、来るんですか……?」
フウカの声は、わずかに震えていた。
俺は、前を見たまま答える。
「もう来てる」
空気が変わる。
張り詰める気配。
「どういう意味だ?」
リドウが問う。
「均衡が崩れた」
俺は短く言った。
「支部長が死んだ」
「奴隷が暴走した」
「街は混乱してる」
「だから――」
「“次”が動く」
沈黙。
ドミールが小さく笑う。
「察しがいいねぇ」
そのときだった。
空気が“沈む”。
魔力じゃない。
もっと冷たい、圧。
「……止まれ」
低い声。
振り向く。
そこにいたのは――
黒髪。七三分け。黒縁メガネ。
整ったスーツ姿の男。
「これ以上の進行は認められない」
静かに告げる。
「新アナグラム支部長候補」
「辻松である」
空気が凍る。
リドウが一歩前に出る。
「……随分と早い登場だな」
「逸脱個体を確認」
辻松は淡々と告げる。
「排除対象である」
迷いがない。
感情もない。
(こいつ――)
ただ“判断”だけで動いている。
「……人を見てないな」
俺が呟く。
「不要である」
辻松は即答した。
「歪みは矯正する」
その瞬間。
空気が歪む。
「っ……!」
リドウの動きが止まる。
「何だ……これ」
「最適化である」
辻松が言う。
「非効率な動作は修正する」
強制的な制限。
(厄介だな)
一歩、踏み出そうとした瞬間。
「……やめとこうか」
ドミールが前に出た。
空気が変わる。
「中間管理者ドミール」
辻松が視線を向ける。
「干渉の意図を問う」
「簡単だよ」
ドミールは笑う。
「ここでぶつかる意味がない」
沈黙。
数秒。
「……合理的」
辻松が杖を下ろす。
「本件は保留とする」
そして――
こちらを見る。
「佐々木透」
「貴様は危険である」
「いずれ、矯正対象となる」
そう言い残し――
姿が消えた。
静寂。
「……なんだあれは」
リドウが吐き捨てる。
「人じゃないねぇ」
ドミールが肩をすくめる。
「今のアナグラムの“形”だよ」
(なるほどな)
理を突き詰めた結果――
「人が消える」
小さく呟く。
そのときだった。
「おい!!」
上空から声。
影が落ちる。
白い翼。
赤い髪。
槍を構えた男が、地面に降り立つ。
「やっと見つけたぜ」
鋭い視線。
だが、まっすぐだ。
「俺はフィートス」
「奴隷解放軍のリーダーだ」
空気が変わる。
「お前ら」
「アナグラムとやる気なんだろ?」
単刀直入。
「なら――」
ニヤリと笑う。
「俺と組め」
風が吹く。
理と、
感情。
正反対の“正義”が交差する。
俺は、静かに答えた。
「……条件を聞く」
フィートスが笑う。
「話が早ぇな」
均衡は、崩れた。
そして――
戦いは、“選択”の段階へ進む。
(続く)




