第12話「別れと新たな影」
祝賀会の余韻が、まだ部屋に残っていた。
だが――
「そろそろ、行くか」
俺の一言で、空気が少し引き締まる。
リドウが頷く。
「長居は無用だな」
リリーニャも静かに立ち上がる。
「……はい」
この街でやるべきことは終わった。
なら、次へ進むだけだ。
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宿の前。
朝の空気が冷たい。
「もう行くのね」
カタリーニャが少し寂しそうに笑う。
「ああ」
俺は短く答える。
そのとき――
「フウカ」
カタリーニャが、娘の肩に手を置いた。
「あなた、この人たちと一緒に行きなさい」
一瞬、空気が止まる。
「……え?」
フウカが目を丸くする。
「いい機会よ」
「外の世界を見なさい」
「きっと、あなたのためになる」
優しく、でもはっきりとした声。
だが――
フウカは首を振った。
「……やだ」
小さく、しかし強い拒絶。
「フウカ?」
「やだよ……!」
顔が歪む。
「お母さんを置いていくなんて……できない」
その声は震えていた。
「また……」
言葉が詰まる。
「また家族がいなくなるの……嫌だよ……」
静寂。
カタリーニャの表情が揺れる。
だが――
すぐに優しく笑った。
「……そうね」
フウカの頭を撫でる。
「無理にとは言わないわ」
「あなたが決めなさい」
フウカは小さく頷いた。
その手を、ぎゅっと握る。
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「トオルさん」
カタリーニャがこちらを見る。
「短い間だったけど……ありがとう」
「助かった」
俺はそれだけ言った。
余計な言葉はいらない。
「また来る」
「ええ、いつでも歓迎するわ」
リリーニャがフウカに手を振る。
「元気でね」
「うん!」
フウカも笑顔で振り返す。
リドウは軽く手を上げた。
「達者でな」
「うん!」
その笑顔を最後に――
俺たちは宿を後にした。
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ダムステルの広場。
人の往来が行き交う中。
「……ん?」
視線を感じる。
振り返ると、三人組。
男二人と女一人。
どこか薄汚れている。
「すいません!旦那!」
男の一人が駆け寄ってくる。
妙に馴れ馴れしい。
「俺たちゃ、住んでた街を追い出されちまって……」
「休める宿屋を探してるんでぇ!」
もう一人の男が続ける。
「腹もペコペコで……このままじゃ餓死でさぁ!」
「えぇ~!!そんなのヤダよー!」
女が大げさに泣き真似をする。
「助けてよぉ~!」
……うるさいな。
リドウが小声で呟く。
「胡散臭ぇな」
「……はい」
リリーニャも困った顔をする。
確かに怪しい。
演技も雑だ。
だが――
「分かった」
俺は言った。
三人が一斉にこちらを見る。
「怪しいが、事情は聞く」
「ついて来い」
「えっ、いいんで!?」
男が目を輝かせる。
「いいから来い」
俺は歩き出した。
背後で三人が慌ててついてくる。
リドウが隣で小さく言う。
「本気か?」
「情報になる」
短く答える。
リリーニャも頷いた。
「……確かに」
行き先は決まっている。
フウカの宿屋だ。
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場面は変わる。
暗闇に覆われた一室。
長いテーブル。
その周囲に座る、異様な存在たち。
全員が“覆面”を被っている。
狐。
蛇。
鳥。
獣。
統一性はない。
ただ――
異様な圧だけがある。
その中央。
狐の面を被った女が、静かに口を開いた。
「実験コード160番は順調か?」
声は冷たく、よく通る。
対面に座る、蛇の面の老人が応える。
「あぁ」
ゆっくりと頷く。
「想定通り……奴は“理”のあるがままに道を進めている」
わずかに笑う。
「実に興味深い」
狐の女は満足げに頷いた。
「そうか」
短く言う。
「なら――褒美をくれてやろう」
その言葉に、空気がわずかに歪む。
誰も何も言わない。
ただ静かに、何かが決まった。
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再び、ダムステル。
俺たちは歩いていた。
後ろには、あの三人組。
騒がしい声が続く。
「いや~助かったっすよ旦那!」
「マジで死ぬかと思いやした!」
「ご飯あるよね!?ね!?」
(……本当にただの馬鹿か?)
それとも――
「……まあいい」
小さく呟く。
すぐに分かる。
宿屋の灯りが見えてきた。
「戻るぞ」
そう言って、俺は扉を開けた。
その先に――
新たな面倒が待っているとも知らずに。
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(続く)




