第11話「束の間の安らぎ」
フウカは、静かに眠っていた。
規則正しい寝息。
顔色も悪くない。
「……よかった」
カタリーニャが、そっと胸を撫で下ろす。
「命に別状はないみたいですね」
リリーニャも安堵の表情を浮かべる。
「ただ……」
「ただ?」
「魔律量を一気に使いすぎただけだと思います」
カタリーニャが小さく頷く。
「あの子、あんな力……初めてだったから」
「きっと、加減が分からなかったんですね」
フウカの小さな手を握る。
「無茶しちゃって……」
その声は、優しくもどこか誇らしかった。
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「リリーニャさんも……大丈夫でしたか?」
カタリーニャがふと尋ねる。
「はい、なんとか」
リリーニャは微笑む。
「でも……さっきの戦い、すごかったです」
「え?」
「“ホットスパロウ”……初めて見ました」
カタリーニャが少し照れたように笑う。
「あれはヒューマキャット特有の戦闘術なの」
「やっぱり……!」
リリーニャの耳がぴくりと動く。
「私も同じ種族です」
「えっ、本当!?」
二人の距離が一気に縮まる。
「じゃあ、もしかして――」
「はい、耳や尻尾の感覚とか……分かります」
「わかるわかる!」
思わず声が弾む。
「湿気で尻尾が重くなるのよね」
「そうなんです!あと寒いと耳が冷たくて……!」
いつの間にか、会話は弾んでいた。
戦いの緊張は、もうどこにもない。
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その頃。
別室では――
「……で?」
リドウが壁にもたれながら言う。
「これからどうする」
俺は椅子に座り、軽く息を吐いた。
「アナグラムだな」
リドウは目を細める。
「本気か?」
「本気だ」
迷いはない。
「向こうは“理不尽”を正当化してる」
「だったら、それごと壊す」
リドウは少しだけ笑う。
「相変わらずだな」
「悪いか?」
「いや――嫌いじゃねぇ」
短く答える。
そして少しだけ視線を落とす。
「……あそこにいた頃は」
ぽつりと呟く。
「正しいと思ってた」
「だが違った」
拳を軽く握る。
「やり方がな」
俺は頷く。
「だから今ここにいるんだろ」
リドウは鼻で笑う。
「まあな」
静かな時間が流れる。
「……面倒なことになるぞ」
「だろうな」
「それでも行くのか」
「行く」
即答だった。
リドウは小さく笑った。
「いいぜ」
「付き合ってやる」
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翌朝。
「ん……」
フウカがゆっくりと目を開けた。
「フウカ!」
カタリーニャがすぐに駆け寄る。
「大丈夫!?」
「うん……ちょっと寝てただけ……」
まだ少し眠そうな声。
だが意識ははっきりしている。
「よかった……!」
カタリーニャが強く抱きしめる。
「苦しかったりしない?」
「ううん、平気!」
フウカは笑った。
その笑顔に、全員がほっとする。
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「じゃあ――」
カタリーニャが手を叩く。
「せっかくだし、みんなでご飯にしましょう!」
「賛成です!」
リリーニャの尻尾が楽しそうに揺れる。
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宿屋の一室。
テーブルには料理が並ぶ。
温かい空気。
笑い声。
「こうしてゆっくりするの、久しぶりかもな」
俺が呟く。
「そうですね」
リリーニャは、いつもの装いではなくワンピース姿だった。
柔らかな布地。
落ち着いた色合い。
そして――
「……似合ってるな」
思わず言う。
「えっ!?」
リリーニャが顔を赤くする。
「そ、そんな……!」
その仕草に、リドウが小さく吹き出す。
「意外と女らしいじゃねぇか」
「も、もう……!」
尻尾がぶんぶん揺れる。
(……これは確かに目のやり場に困るな)
俺は視線を逸らした。
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「トオルさんの“趣味”って何ですか?」
フウカが興味津々で聞いてくる。
「趣味か」
少し考える。
「本を読むことだな」
「本?」
「物語だ。特に“推理もの”」
「すいり……?」
「謎を解く話だ」
フウカの目が輝く。
「面白そう!」
「あと、もう一つ」
「もう一つ?」
「不満を書き出す」
「え?」
全員が固まる。
「理不尽とか納得いかないことをな」
「それを文章にする」
「それでスッキリする」
沈黙。
そして――
「変わってるわねぇ」
カタリーニャが笑った。
「まあな」
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「リリーニャさんは?」
フウカが聞く。
「私は……裁縫と、歌うことです」
「歌!聞きたい!」
「えっ、今ですか!?」
慌てるリリーニャ。
だが――
小さく息を吸う。
優しい声が、部屋に広がる。
澄んだ旋律。
全員が聞き入る。
「……すげぇな」
リドウが呟く。
リリーニャは恥ずかしそうに笑った。
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「リドウは?」
俺が聞く。
「あ?」
少し考える。
「筋トレ」
「それは分かる」
「あと……ピアノ」
沈黙。
「……は?」
「昔やってた」
「コンクールで入賞もした」
「お前が?」
「悪いか」
「いや……ギャップがすごいな」
リドウは鼻で笑った。
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「カタリーニャさんは?」
リリーニャが聞く。
「私はねぇ……」
少し遠くを見る。
「家事全般と……フウカと遊ぶことかしら」
優しく笑う。
「あとね、あの子のお父さんとの話も――」
「聞きたい!」
フウカが身を乗り出す。
「ふふ……じゃあ少しだけ」
カタリーニャは語り始める。
異世界から来た、不思議な男の話を。
優しくて、少し変わっていて。
でも――
誰よりも真っ直ぐだった人の話を。
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笑い声が、部屋に満ちる。
戦いの傷も、理不尽も。
この時間だけは、遠く感じた。
だが――
俺は知っている。
この先に、もっと大きな“理不尽”が待っていることを。
それでも。
「……悪くないな」
そう呟く。
仲間がいる。
それだけで、少しだけ強くなれる気がした。
---
(続く)




