表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Fated Oath ─血に抗う者たち─  作者: りんごあめ
第二部 壊す者
81/82

第80話 紙片と銀貨

 ◆レナ視点


 掲示板の奥、資材室の前。

 夕方の光が差し込まないその一角で、ひそひそと声がした。


「……この辺に貼れば、明日一番で目に入るよね」


 少女の声に、レナの足が思わず止まる。


(……今の声……)


 胸の奥が、嫌な予感でざわついた。

 聞き覚えがある。

 昨日も、今日も、遠くから自分を見ていた声。


 レナは息を殺し、柱の陰からそっと覗いた。


 そこにいたのは、Eクラス隣のクラスの女子生徒――マリーだった。数人の取り巻きを従え、古い作業机の上に白い紙を広げている。


(……うそ)


 視界が、かすかに揺れた。


 あの文字だ。

 掲示板に貼られていたものと同じ筆跡だった。


 マリーは楽しそうに笑っていた。


「第一弾、結構効いたみたいじゃない?」

「今日なんて、先生からも呼び出されてたでしょ」


「調子に乗るからよ。地味なくせに」

「Sクラスと関わるから、勘違いするのよ」


 軽い笑い声と冗談の延長のような口調。

 だが、その一言一言は、レナの胸を正確に切り裂いていく。


 気づけば、レナは一歩、前に出ていた。


「……やめて」


 自分の声が、思ったよりも震えていた。


 マリーたちが、はっと顔を上げる。


「……え?」


 次の瞬間、マリーの目が細くなる。


「なに、盗み聞き?」

「趣味悪いんだけど」


 レナは唇を噛み、拳を握りしめた。


「……あなただったの? 掲示板に、あれを書いたの」


 否定してほしかった。

 だが、マリーは肩をすくめただけだった。


「何言ってんの。みんな思ってることを書いただけじゃない。事実でしょ? 男に取り入って、特別扱いされて」


「違う……!」


 レナは思わず声を上げる。


「そんなこと、してない。お願いだから……やめて。これ以上……」


 マリーと取り巻きは鼻で笑った。


「今さら何言ってるの?」

「もう噂、広がってるし」


 その時、レナが机の上の紙に手を伸ばした。


「……これ、貼らせない」


 マリーが顔色を変える。


「ちょっと、触らないでよ!」


 二人の手がぶつかり、紙がずれる。

 勢いで、マリーが一歩後ずさった。


 その拍子に――


 ちゃり、と乾いた音がした。


 床に転がったのは、銀貨。

 それと一緒に、小さく折りたたまれた紙の欠片。


 空気が、凍りつく。

 

 取り巻きの一人が、息を呑んだ。

 さっきまで笑っていた口元が、半端な形のまま固まっている。

 別の少女が、マリーと床の銀貨を見比べ、わずかに一歩退いた。


「……なに、それ」


 レナの視線が、落ちた紙に吸い寄せられる。


 拾い上げると、そこには箇条書きの走り書きがあった。


《Eクラスの孤立者》

《Sクラスと関係があると強調》

《金・身体・特別扱い》

《教師の耳にも入るように》


 ぞっとするほど、冷静な言葉。

 誰かの指示を、忘れないように書き留めたものに見えた。


 マリーの顔が、明らかに強張った。


「……返しなさいよ」


 その声は、さっきまでの余裕を失っていた。


「これ……誰に、もらったの」


 レナの声は震えていたが、逃げていなかった。


 マリーは一瞬、視線を逸らす。


「……関係ないでしょ」


 否定しない。

 それだけで、十分だった。


 レナは、紙と銀貨を握りしめた。


 逃げない。

 もう、見ないふりはしない。


 ここが――

 噂の、出処だった。


 

 ***


 

 張り詰めた沈黙の中、足音が近づいてきた。


「……やっぱり、ここか」


 低く抑えた声。


 レナが振り向くより先に、マリーがびくりと肩を跳ねさせた。


「え……?」


 現れたのは、エリック・ハーヴィルだった。

 いつもの柔らかさはなかった。

 その目を見ただけで、エリックがもう状況を理解しているのだと分かった。


「第二弾、準備中ってわけだな」


 エリックの視線が、机の上の紙、床に落ちた銀貨、そしてレナの手に握られた紙切れへと移った。


 マリーの顔色が、一気に青ざめた。


「ち、違うの! これは――」


「言い訳は後でいい」


 エリックは短く言い切った。

 指先が、軽く空を切る。


 取り巻きの一人が、反射的に廊下の出口へ目を向けた。

 そのとき資材室の扉と廊下の出口に、淡い術式の光が走った。

 逃げ道を塞ぐには十分だった。


 エリックはレナの手元を見た。


「それ、見せて」


 レナは一瞬だけ躊躇ったが、ゆっくりと紙を差し出した。

 エリックは内容を一目で読み取り、眉間に深い皺を刻む。


「……完全に指示書じゃねぇか」


 声に、怒りが滲んだ。


「噂の方向性、狙う弱点、教師への波及まで指定済み。これ、学生の思いつきじゃない」


 マリーが後ずさる。


「ち、違うってば! ちょっと頼まれただけで……!」


「誰に?」


 即座に返された問いに、マリーは口を噤んだ。


 沈黙が、答えだった。


 エリックは紙を折りたたみ、銀貨も拾い上げる。


「……十分だ」


 そして、レナを見る。


「レナ、行こう」


「……どこへ?」


 声が震えた。


「証拠を保全できる教師のところだ。握り潰されない形にする」


 その言葉に、マリーが慌てて声を上げる。


「ちょ、ちょっと待って! そんな大事にしなくても――」


 エリックは振り返り、冷たく言った。


「もう“大事”なんだよ。退学示唆まで出てる時点でな」


 マリーは言葉を失った。


 エリックが、レナの隣に立った。


「今回は、ちゃんと大人を巻き込む」


 その声に迷いはなかった。


 レナは、ゆっくりと頷いた。


「……うん」


 二人は並んで歩き出す。

 背後で、マリーの取り巻きたちがざわめくのを感じながら。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ