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Fated Oath ─血に抗う者たち─  作者: りんごあめ
第二部 壊す者
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第73話 赤い瞳の青年

 ◆レナ視点

 

 街は昼のざわめきに満ちていた。


 広場の噴水の音。露店の呼び声。馬車の車輪が石畳を軽く跳ねる音。


「ちょっと見たいお店あるから、レナはそこで待ってて」

サラが手を振り、人混みへ消えていく。


 レナは小さく頷き、賑わいの端でひとり立ち止まった。


(にぎやかだな……)


 そんなことを思っていた時だった。


 視界の端に、人影が流れ込んでくる。


 金に近いプラチナの髪。

 歩くたびに光を弾くような質感。


 細くしなやかな体躯。

 白いコートが揺れ、襟元がちらりと見えた。


 そして──

 紅玉のような、深い赤。


 青年の瞳が、レナの横をゆっくり通り過ぎていく。


(……え?)


 息がふっと止まった。


 見たことがある気がした。


 角度によってはレオンに似ているようにも見えた。


(……似てる……? いや、でも……)


 青年はレナの前を静かに通り過ぎる。


 すれ違いざま、ほんの一瞬だけレナの方へ視線が向いた。


 赤い瞳が、感情の色を一切持たずに揺らめく。


(……きれい……)


 胸の奥で、謎の冷たい風が吹いた。

 その風は、懐かしいようで、まるで初めて触れた刃のようだった。


「……あの」


 気づけば、レナは声をかけていた。


 青年の足が、ぴたりと止まる。


 振り返るかと思った。


 だが──

 彼は一ミリも体を動かさず、ただ歩みを再開する。


 レナの声など、最初から届いていなかったかのように。

 胸の奥に沈んだ冷たさを押し込むように、静かに息を吐く。


 サラが戻ってくるまでの間、レナはずっと、さっきの赤い瞳を思い返していた。


「──おまたせっ!」


 軽快な声とともに、サラが紙袋を抱えながら戻ってきた。頬には買い物熱の名残がうっすら残っている。


「レナ、待たせたね。……って、どうしたの? 今、誰か見てなかった?」


 レナは一瞬迷ってから、小さく頷いた。


「うん……さっき、変な人が通ったの。変っていうか……」


「変態?」


「違うよ! なんか……見たことある気がして……レオンに似てたの。髪とか、雰囲気とか……違うのは、赤い瞳だった」


 サラは目を丸くして、一拍──

 そして、勢いよく吹き出した。


「ぷっ……ははっ、レオンみたいな美形、この国に何人もいたら困るわよ!」


「いや、でも本当に……似てたんだよ。歩き方も綺麗で……あの目が」


「レオンって青い瞳でしょー? 赤い瞳の超絶イケメンなんて、そんなレア素材が街中にポロポロ落ちてるわけないじゃん!」


サラは笑いながらレナの肩をぽんぽん叩く。


「それに、レオンみたいなのが本当にいたら結構目立つし、すぐ噂になってるって! 勘違いだよ、きっと」


レナは曖昧に微笑み返したものの、胸のざわつきは消えなかった。


(……勘違い、なのかな)


サラは気づかず楽しげに話題を変えていく。

けれどレナの視線は、さっき彼が消えていった通りの先に吸い寄せられたままだった。


誰もいないはずの道。

しかし、レナの背筋にはまだ、見えない視線の名残がひっそりと張り付いていた。


──レオンに似ている?

いや、それだけでは説明できない。


 サラは楽しげに笑い声を上げていたが、ふいに「あっ」と声を跳ねさせ、手を打った。


「そうだそうだ、目といえば思い出した!」


レナが瞬きをする。


「……目?」


サラは身を乗り出して、周囲に誰もいないのを確認すると、声をひそめた。


「最近のレオン、なんか変じゃない?」


「変……って?」


「ほら、あの人って最初から目つき鋭いじゃない? “睨むのが趣味”みたいな顔してたでしょ」


「……そんなこと言ってたら怒られるよ」


「いやいや、事実だから! でもね、最近はちょっと違うの。鋭いっていうより……なんかこう……」


サラは両手で不可思議な円を描き、言葉を探す。


「壊れてるっていうのかな? ガチのやつ?」


レナが固まる。


「……え?」


「うまく説明できないけどさ、目の奥が燃えてる感じなのよ。誰かを追ってるっていうか、標的決めてるっていうか。危うい感じがしてるんだよねー」


サラは冗談めかした笑みを浮かべながらも、瞳の奥にわずかな不安を滲ませる。


「まあ、あんたと一緒だとあの人は落ち着いてるっぽいし、悪いことにはならないと信じたいけどね。……でも、ちょっと気をつけなよ? 」



 ***



 ◆リゼ視点

 

 リゼは巻いていた髪をほどき、無造作に肩へ流した。

 

 濃い香水の匂いが空気に溶け、裏市場に出入りする魔石鑑定師の店に似つかわしくない艶やかさが漂う。


 石壁に埋もれるようなカウンター越し、無精髭の男が古い魔石図鑑を開いている。

 机には、一枚の写真が置かれていた。レオン・ヴァレント――学院の優等生として知られる青年。その首元には、鮮烈な赤が揺れている。


「この石――見覚えがあるでしょう?」


 リゼは指先で写真を押さえ、赤魔石の部分を軽く叩く。


 男は鼻を鳴らし、書類を引き出すと、ページをめくりながら呟いた。


「赤魔石は血が魔力化した結晶だ。色の深度と濃度は血統と加工技術に左右される。年代が浅いほど鮮やかで、透明度が高い。血が新しいってやつだな」


「つまりこれは、最近死んだ誰かの……?」


「ああ。……だが、奇妙だぞ」


 男は写真を覗き込み、眉をひそめた。


「市場に出回る赤魔石とは質が違う。精製過程が一般流通品と一致しない。作り方が古いんだ。普通じゃ扱えない術式が混ざってる。これは……職人芸に近いな」


 リゼは唇をわずかに歪める。


「じゃあこれは、流通してない赤魔石。市場にも記録にもない、存在しない石」


「そういうことだ。……ファウレス家の血が赤魔石の源泉だが、実物はもう市場から消えて久しい。供給元は滅んでる。赤魔石を管理しているのは、ヴァルグレイス帝国のアロイス伯爵家。詳しいことは彼らが知ってるんじゃないか? 確か、セルトリア王国に別邸があったはずだが。最近、そこの若様が来ているって話も聞く」


「ふふ……随分便利な場所に構えてるじゃない」


 リゼは写真を取り上げ、光にかざした。


 楽しげに笑う。

 その笑みは、謎が見つかったことへの興奮と――新しい玩具を前にした獣の眼だった。


(学院の優等生風情が、こんな高価な魔石を持つ? ありえないわ。意図がある。必然がある)


 指先が、赤い宝石の写り込む写真をなぞる。


(その理由を知りたい。彼が手に入れた経路も──どこから来た血なのかも)


 リゼは写真を裏返し、唇に微笑を刻んだ。

 

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