第27話 狙われる生徒たち
◆オルフェ視点/市街地
爆裂した魔術の余波で、建物の屋上が崩れ落ちる。
瓦礫の向こう側にいたはずのザイラスの姿は消え、そこには“転位陣”の残滓だけが揺らめいていた。
「……逃げるのだけは、うまいな」
崩れかけた外套の裾を払いつつ、オルフェは静かに吐き捨てる。
咄嗟の判断と転移地点の選定、相当の理論をザイラスは理解しているということだ。
(だが、模造魔石しか作れない。本物には届かない)
彼の脳裏をよぎったのは、あの結晶の中心で“人間の魂”がわずかに震えていたことだ。赤魔石の模造に、犠牲者が出ている。それが、何人分なのか──もはや、数える意味もなかった。
空に残った、魔力汚染の痕跡。オルフェは両手を前に出し、式を組む。
《再構築術式:重畳型結界構文 発動》
街を覆う空間が、わずかに振動する。元々、簡易型の防衛結界が設置されていたが、それは“学院からの制御下”にある緩やかなものだった。
オルフェはそれを“上書き”した。
式盤が拡張される。四方の街路、建物の基礎構造、魔力の流れ。街そのものを“防御対象”とした再定義。
「……このままじゃ、あの男の実験で街が壊滅する」
指先から放たれる青紫の魔力が、光の筋となって空を縫う。
外壁に近い区域では“高位魔物”が召喚されていた形跡があり、魔力濃度も通常の二倍を超えていた。完全な“実験場”として街を使っている。オルフェは即座に理解した。
《結界補強:完成》
術式が収束し、空気が澄んでいく。
風が静かに通り抜けるとともに、街全体に張り巡らされた“魔術の繭”が静かに展開される。
それは、誰にも見えない結界。
「……これで侵入は防げる」
オルフェは小さく呟いた。
脳裏に、屋上で笑っていた男の顔がよぎる。
底知れぬ軽さの奥に、明確な殺意の構造。
「問題は……既に“中”にいる場合だ」
ざらりと胸の裏が冷える。
(既に侵入している術式や魔物は、結界では排除できない)
結界を張り終え、焼けた街の一角で、オルフェはわずかに息をついた。
地に伏した融合体キメラは、まだ微かに蠢いている。
ザイラス・カイゼル。
臓物まみれの研究施設、狂った血の応用理論。
その全てが“生”を軽んじ、“魔”にすがっていた。
あの男は、まず街で実験し、一般人で試した。
(それならば次に狙われるのは──学院だ)
魔力を持つ生徒たち。
若く、未熟で、無防備で、──だが、素材としては“優秀”。
オルフェの紫の瞳が冷たく細められる。
「……レナ・ファウレスも、いる」
彼は静かに立ち上がり、結界に最後の印を押す。
***
◆レオン視点/学院塔
夕刻。学院塔の最上階、風の止んだ静寂のなかに、それはあった。
レオン・ヴァレントは、外套の裾を翻しながら、高所から街を見下ろしていた。
その碧眼は、はるか遠く──街の結界の“歪み”を見抜いていた。
「……修復されている?」
けれど、それは本来の構造式ではなかった。
学院による認証式とは違う……いや、むしろ高度すぎる。個人による術式上書き。しかも、極めて精密で、空間干渉のレベルに達している。
(この魔術構文は──オルフェ・クライド)
レオンの目が細められる。
学院は彼に壊れた街の結界修復を命じたはず。
だが今、結界は“修復”ではなく“防衛特化”に強化されている。
まるで──戦闘があった痕跡を覆い隠すように。
(……何かが起きたな)
***
◆ザイラス視点/地下研究室
濃密な鉄錆と臓腑の臭いが充満する地下の研究室。
「はぁ〜……あー、疲れたわマジで。ったく、あの銀髪野郎……俺を殺す気かよ。いや、殺しに来てたんだっけ?」
ザイラスは苦笑を交えながら、背中を壁に預ける。柄シャツの右肩は裂け、そこから赤黒い焼け跡が覗いていた。血が止まらないのか、滴り落ちる雫が床に音を立てる。
「いやー、それにしても、すごいね。あいつ。マジで、魔術だけでここまで来るか?」
言葉の端に、ほんの僅かな“焦り”と“興奮”が混じる。
「俺の構造式、見た瞬間に読み解いて“上書き”された。理解速度が異常すぎるんだって。あれ、もう人間じゃねえよ」
その口元には笑みが浮かんでいた。
皮肉と快楽と、破滅へのカウントダウン。
「でも、いいや。いいね、ああいうタイプ。俺とは違う狂った感じでさ。見応えがあるね」
そのときだ。
作業台の隅に転がしてあった黒い石片が、低く脈打つように光を放った。内部に走る紋が淡く浮かび上がり、空気がわずかに歪む。
──通信石。
「……っと」
ザイラスは片手で石を拾い上げ、指先で軽く叩く。
ひび割れた石の中に、揺らぐ影がひとつ、形を成した。
『ザイラス・カイゼル』
くぐもった低い声が、石の内側から響く。
その声音には、感情の起伏はほとんどなかった。
「はーい、聞こえてるよ。ご依頼主さま」
『“血の魔石”の研究は、うまく進んでいるだろうな? 兵器として、使えそうか』
ザイラスは口元に指を当て、少しだけ考えるふりをした。
「血の魔石、ねえ……。まあ、ぼちぼち。模造魔石の安定性は五分五分ってとこ。魔力量が足りないとキメラが暴走するし、魔力が強すぎると逆に制御できない」
そう言いながら、手にしていた魔石の欠片を光にかざす。
赤黒い結晶が、かすかに鼓動のように脈動した。
「それにさあ、結界。銀髪野郎に強化されて、魔物が召喚しづらくなったんだよね。ま、いくつか“種”はばら撒いてあるから、それを使おうとは思ってるけど」
『使えそうな魔力保持者は、まだ残っているのか?』
「うーん……」
ザイラスは天井を見上げ、わざとらしく唸る。
「もっと“濃い”奴が欲しいなあ。今の一般人じゃ、データが薄い。……たとえば、学院の連中とか。上位クラスなら、ちょうど良さそう」
『学院生は監視が厳しい。手を出すなら、痕跡は最小限にしろ』
「分かってるって。俺、仕事はちゃんとこなすタイプだよ?」
ザイラスは口角を吊り上げると、愉快そうに指を鳴らした。
「ね、そろそろ“教材”を変えてみようよ? 一般人と学院生の比較実験、やりたいんだよね。魔力素質ごとの赤魔石変換率、とかさ」
通信石の向こう側は、しばし沈黙した。
『……結果が出るなら、方法は問わない。ただし、こちらに飛び火だけはさせるな』
「はいはい。“関係ない顔”はちゃんと保ってあげる。俺はただの、外注の変態研究者でいいんでしょ?」
笑いながら、ザイラスは通信石をくるりと指先で転がす。
「じゃ、次のサンプルは──学院の“魔力持ち”から、かな」
その笑顔は、まるで子供の遊戯の延長線だった。
石の光がふっと消え、地下の空間に、再び不気味な静寂だけが戻る。




