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Fated Oath ─血に抗う者たち─  作者: りんごあめ
第一部 真贋の饗宴
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第26話 似て非なる者

◆オルフェ視点


 夕刻、オルフェ・クライドは異変の起きた街区へ足を踏み入れていた。


 本来あるはずの結界が意図的に外されている。術式の痕跡は残っているが、組み方は乱雑で、処理も粗い。


 オルフェは小さく舌を打った。


 学院からの依頼で異変調査に来たが、すでに事態は始まっていた。


 路地の先には腐臭と歪んだ魔力が充満し、ぬめる音を立てながら、いくつもの黒い影が蠢いている。魔物と呼ぶにはあまりにも歪で、肉体の一部には人間の形が残り、他は爛れて変質していた。


「……また、こんな無様なものを」


 オルフェが右手で宙をなぞる。


 封印式の刻まれた青い石のペンダントが淡く光り、足元へ魔術構文が広がった。


 ──《灰の境界式》


 発動と同時に、五体の魔物が反応した。それぞれが異なる形に歪んだ身体を起こし、いびつな咆哮を上げる。


「……失敗作の見本市か。醜悪なだけだな」


 一体が突進すると、オルフェの足元から灰色の刃が三本射出された。魔物の身体を貫き、内部の魔力核だけを削り取る。


 巨体がその場に崩れ落ちた。


「魔力操作も分解も、粗雑すぎる。作り手の知能が知れるな」


 別の一体が背後から跳びかかる。


 オルフェは振り返らず、ペンダントに指をかけて右手を振った。


 ──空間がねじれた。


 魔物の頭部が吹き飛び、身体が地面へ落ちる。周囲には赤黒い魔力の残滓が散り、細かな結晶となって光っていた。


 赤魔石の模造品──擬似的な血の核。


「やはり、これが……」


 オルフェは足元の残骸を見下ろした。


(この粒子構成……本物じゃない。赤魔石の構造を真似ただけの、雑な模造品だ)


「君か」


 声がした。


 顔を上げると、崩れかけた民家の屋根に一人の男が立っている。


 ザイラス・カイゼル。


 生体錬成、模造魔石、キメラ製造。一連の事件を引き起こした張本人だった。


(……こいつが、あの赤魔石の模造品を作った男か)


 オルフェの指が、ペンダントを掴む。


「君か。俺の研究を、侮辱してくれたのは」


***


 屋根の上から、場違いなほど陽気な声が返ってきた。


「いや〜、やっぱ怖ぇわキミ!」


 ザイラス・カイゼルが身を乗り出す。相変わらず、異国風の派手な服装だった。


「俺の魔物ちゃん、見事にぐっちゃぐちゃ。ひとつ残らず使い物にならなくなっちゃった。いやぁ、お見事お見事!」


 手を叩きながら笑う顔に、悪びれた様子はない。


 オルフェは答えず、屋根の男を見る。表情に怒気はなかったが、もはや会話相手として扱う気もなかった。


 それでもザイラスは構わず続ける。


「てかさ、学院ってやっぱ怖ぇやつ多いよね。キミもそうだけどさ……もう一人いたよ、金髪の男」


「ほら、公園で俺の可愛いマンティコアちゃんボコボコにしたやつ。金髪で、青い目で、冷たい顔の──あいつ、名前知らないけどさ」


 レオンだ。


 オルフェはすぐに察したが、口には出さない。


「戦い方がね、えげつないのよ。ガンって来て、ズバッて斬って、ズドンって終わり。もうさぁ、何のロマンもないっていうか」


 ザイラスは芝居がかった動作で剣を振る真似をし、肩をすくめた。


「で、キミは真逆。観察して、解体して、必要なところだけを抜き取る。芸術的っちゃ芸術的。うん、俺のツボだわ」


「お前と話をする気はない」


 周囲の音が途切れた。


 術式も詠唱もない。オルフェが右手を動かしただけだった。


 ──《領域干渉:第零相》


 重力と空気の流れが一変し、ザイラスの足元に描かれていた防御陣が砕ける。


 反応するより早く、上空から灰色の斬撃が降り注いだ。


 空間が四重に重なり、斬撃が物質と魔力をまとめて断ち切る。屋根が崩れ、ザイラスの袖が裂けて血が飛び散った。


「ッははっ……なかなか手荒だね、オルフェ・クライド君!」


 ザイラスは怯まなかった。血に濡れた指先で地面をなぞりながら、むしろ嬉しそうに声を上げる。


「君も見ただろう? 模造品とはいえ、赤魔石の反応を! 君は術式の位相合わせに異常なほどこだわってるよね?」


 オルフェは答えない。


「魂と魔力の座標を一致させる、あの式。死者を戻すための基盤なんでしょ?」


 ザイラスは指についた血を舐め取り、そのまま続けた。


「でも、魂を定着させるには完全な媒体が要る。普通の魔石じゃ無理だ。保持できるのは赤魔石だけ」


 言い切った直後、足元の瓦礫が弾けた。オルフェの魔力が周囲を軋ませている。


「君はまだ古い座標理論にしがみついてる。俺は、その先で人間そのものを器にしてる」


 オルフェの眉間に皺が寄った。


「だって事実だろ。君は理屈で戻そうとしてる。俺は作り直してるだけ」


 ザイラスは赤い結晶を掲げ、夕陽に透かした。血色の核には、人間のものと思われる魔力反応が刻まれている。


「要するにさ──死者は計算で戻らない。材料で作るんだ」


 オルフェの足元から塵が弾かれ、周囲へ円状に広がった。


「……くだらない」


 抑えていた怒気が、声に混じる。


「普通の人間を材料にして何の意味がある。本物の赤魔石の構造すら理解していない貴様が……」


 オルフェはザイラスを睨みつけた。


「……下劣な模造品と一緒にするな」


 直後、背後に巨大な円陣が展開された。


 高度な数式魔術を十重に組み上げた、結界収束型の破壊構文。オルフェが明確に相手を殺すと決めたときにしか組まない術式だった。


 ザイラスの笑みが初めて引き攣る。


「……おやおや、君にも、そんな顔ができるんだ」


「黙れ」


 魔力が臨界へ達する。


 次の瞬間、ザイラスの周囲で空間が黒く裂けた。


 亀裂は屋根も瓦礫もまとめて呑み込み、その領域ごと抉り取った。

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