第28話 欲望の対価
◆レナ視点
カリグレア学院・休憩室。
昼下がりの窓から光が差し込み、新聞を広げる三人の顔を照らしていた。
「……学院生、狙われてる?」
サラが顔をこわばらせて紙面を覗き込む。
「前は一般人ばかりだったのにな。今度は六人だ。偶然じゃない」
エリックの声は低い。
「Sクラスまで……」
レナの声は、思わず震えていた。エリックはため息をつき、新聞を畳むと二人を見た。
「Sクラスにすら手を出せる魔術師か。そりゃ学院も『一人で出歩くな』って通達出すわな」
彼の声色には、普段の軽さはなかった。その真剣さに、サラが首を傾げる。
「ねえ……でも、どうして学院生ばかり? ただの誘拐じゃないんでしょ?」
エリックは周囲を見回した。休憩室のざわめきを確かめてから、声を落とす。
「……噂だと、赤魔石のコピー品が出回ってるらしい。で、その原料にされてる、って話だ」
「赤魔石……? コピー品?」
サラが首をかしげる。
エリックは腕を組み、説明する調子に変わった。
「本物はファウレス家が滅んで希少だ。研究者からすりゃ、どうにか再現したくもなるだろ。赤魔石ってのは、とんでもない魔力を秘めた代物だからな」
「そんなにすごいの?」
サラが身を乗り出す。
「すごいどころじゃない。赤魔石は特定の血からしか生成できない特別な魔石だ。中には膨大な魔力が詰まってて……詠唱も、魔法陣もなしで魔法を発動できる。兵器に転用すりゃ、世界の均衡が変わるってレベルのシロモノなんだ」
「無詠唱って……普通はできないの?」
レナが恐る恐る口にした。
「普通は不可能だよ」
エリックは肩をすくめる。
「……でも例外はいる。──つーか、学院に二人いるだろ。レオンと、オルフェだ」
「ああっ! そういえばそうだわ!」
サラが声を上げる。エリックは苦笑混じりにうなずいた。
「そう。詠唱も陣も要らない。ひとりは剣を振りながら魔法を叩き込んでくる。ひとりは、異常な精度で術式を操る。俺からしたら反則だね。……ま、俺らから見りゃどっちも化け物ってやつさ」
レナは小さく息を呑んだ。胸の奥にひやりと冷たいものが広がる。
続くエリックの話に耳を傾ける。
「市場に出回ってるのはほんの僅かな欠片だけだ。本物の大きな赤魔石は国家予算に匹敵する価格で取引される。国家間での密約に使われたり、闇マーケットで高額で取引されてたりな」
「そうね……赤魔石の欠片は魔術用品店で見たことあるわ。本当にちっちゃい欠片だったけど、すごく高価だった」
サラがぽつりと言う。
「だろ? この辺だと、ヴァルグレイス帝国なんかは、赤魔石の確保に躍起だって話を聞くよ」
「あの超大国? 国の規模も財力も桁違いだよね?」
レナが問いかける。
「ああ。あの国には、世界一の魔術師家系まで存在してる。王家ですら彼らに一目置くって話だ。資源も人材も潤沢。それに赤魔石を加えるんだから、軍拡は間違いないよ。うちみたいな弱小男爵家じゃ、到底太刀打ちできない世界の話さ」
「……え? エリックって貴族なの!?」
サラが盛大に二度見する。
「普通に言ったけど!?」
レナも思わず声を上げ、エリックを指差した。
「いや、だから弱小だって。ほんとに普通以下の男爵家だよ。領地は狭いし、城もないし、偉そうな親戚もいないし。家紋? 実家の倉庫に眠ってるよ」
軽く手を振るが、照れ隠しなのは分かった。
「それでも貴族は貴族でしょ! もっと早く言いなさいよ!」
「サラ、声大きい」
サラが肩をばたつかせる中、エリックは新聞を閉じて口を開いた。
「赤魔石はさ、代償が人の命だからこそ、あれほど強力なんだ。……あれは欲望そのものだ。人を狂わせる。模造すら作ろうとする狂人が現れるのも無理はないよ」
サラもレナも黙り込んだ。窓の外では、変わらず鳥が囀っている。
レナはふと、胸の奥を押さえるように手を当てた。
(赤魔石……ファウレス家……)
聞き慣れたその言葉に、心の奥がざわつく。
(この血が、誰かを不幸にするかもしれない──そんな予感は、ずっと前からあった。でも……)
エリックの語った赤魔石は、想像していたものとは違った。
(争いの理由になる。国が、世界が動くほどの……力)
思考が追いつかない。
自分の血が、世界を動かすかもしれない──その現実に、ひどく寒気がした。
***
◆オルフェ視点
学院、中央棟。
廊下に硬質な靴音が響いていた。オルフェ・クライドは、報告書を収めた封筒を手に無言で歩いている。袖には乾いた血の跡がまだ残っていた。
すれ違う生徒たちは、彼の姿を見ると距離を取る。
「……オルフェ」
進行方向の角を曲がった先に立っていたのは、レオンだった。
無言のままオルフェを見据えている。
すれ違いざま、オルフェは足を止め、書類を掲げるようにして言った。
「報告書だ。街の結界異常、原因はほぼ確定した」
「……あのキメラの件か」
「そうだ。核を模造赤魔石にして、人間の身体を素材に繋げていた。……悪趣味で粗雑だったな。構成は乱れていて、術式に一貫性もない」
レオンの眉が動いた。
「……会ったのか。あの男は殺さなかったのか?」
「殺し損ねた、が正確だな。ザイラスはあらかじめ退路を用意していた」
オルフェはレオンの顔を見ず、前を向いたまま言葉を継ぐ。
「ただ、あれだけの規模の設備と素材を、あの一人で賄えるとは思えない。資金と人の流れは、どこか別のところから来ている」
「背後に誰かいるのか」
「推測の域を出ない。せいぜい、どこかが模造赤魔石を試している程度の結論だ」
封筒を軽く持ち上げる。
「赤魔石を兵器として扱うことを前提にしている節はある。失敗作とはいえ、似た波動を量産している以上、何らかの基準点は探しているんだろうが……どこの誰かまでは特定できない」
オルフェはそう締めくくると、ようやくレオンの方を見た。
そのまま二人は、言葉を交わすことなくすれ違う。
互いに背を向けながら、同じ名も知らぬ敵の存在だけは認識していた。




