正しい関係とは
今日もまた、いつものように学校での一日が始まろうとしていた。
いつもと変わらない日常、つまりはいつの間にか彼女が僕の生活の中心にいる日常。
朝、登校の時間にどこからか彼女が現れ、隣を歩く。教室には隣に彼女がいて、他愛のない話をする。話自体は大したことないのだが、僕からしたら彼女と話すということ自体が大したことだ。しかし、次第に慣れてきてしまった。
それを日常と言ってしまうように。
名前を知らないクラスメイトから、二人は付き合っているのか、と聞かれたときは正直嬉しかった。
彼女は…果たして彼女は同じことを誰かに言われて嬉しいと思うのだろうか。もしかしたら…じゃない。答えは分かり切っている。
僕は彼女の隣に立っていい人間ではない。そもそも立てない。
当たり前だと思っていた日常も、そこにいる僕という存在も、何も間違っていないと思っていた。でもそれは、彼女にとっては、彼女の人生においては間違っている。
他人に迷惑をかけたくない、自分を無害で何もない人間だと勝手に思い込んでいた実態は、一番迷惑を掛けたくない人に甘えて、夢を見ていたに過ぎなかったと今更ながら気づいた。
なんとも滑稽で馬鹿みたいな話だ。なのに笑えない。
彼女なら、僕のことを笑ってくれるのかな。ちょっと話しかけただけで自分のことを好きになっちゃう玩具みたいに…こうやって人の行動を、善意を悪意として受け止めて他人、強いてはその彼女を悪者にする自分が嫌いだ。
僕は彼女と関わるのを控えることにする。控えるなんて甘い言葉を使う自分なんて…と言い出したら切りが無い。もう、卑怯で憶病でもどうだっていい。エゴに浸って、溺れ死ねれば満足だ。
「ねえ、柊くん」
今日はやたらと話しかけてくる回数が多い。それ以外にも、妙にテンションが高いような気がした。
でも、これは彼女にとって必要なことなのだろうか。
「何?」
「今日も―――」
二人で勉強会をする。これは僕にとってはメリットだ。
優秀な人から教えてもらえば、大体のことはわかるだろう。集中できるかどうかは置いておいて、少なくとも勉強をしている時間はその分取れる。何より、彼女の存在が心強い。
彼女から見たら何があるだろうか。そこに残るのは汚点のみ。
僕の存在が彼女に与えるのは、負のイメージだろう。ただ教えてもらって、その上下心があるときた。さながら甘い蜜に誘われてどこからか湧いてきた蛆虫。
つり合ってない、隣にいる資格がないなんてものじゃない。
これは彼女は汚している。
「今日からは家で勉強するから」
「今日は」ではなく「今日から」
これで何かが変わるわけではない。ただのエゴだ。
彼女の返答には間があった。その間も極力見ないように、空白もお構いなしに帰る準備をする。
「うん、頑張ってね」
彼女は今何を考えているのだろうか、どんな表情をしているのだろうか。
果たして、今の声を聞いてもなおこの選択肢が正しかったと言えるのだろうか。
家に帰り、制服を脱ぐ。机の上に教材とノートを広げ、椅子に座った。
手が止まった。いや、もともと動いていなかった。
ベッドに仰向けに倒れる。電灯の光が目に入り、腕で目を隠した。
そのまま時間が過ぎていく。
脳裏には常に彼女で埋まっている。そして、今日のことを思い出す。思い出してしまう。
自分の行動について。
周りを気にし、彼女のためと思い退いた。
もしこの世界に彼女と二人だったなら、関わりを断ち切ろうとするとは思えない。
僕が彼女に関わろうと、魅力的に感じたのは何故か。それは他の人には何かがあったからだ。
中身が空っぽなものを嫌った。しかし、彼女の中に感じたものは特別で…僕に関わるとき、異質な何かを感じた。
それなら、今の自分は。周りのことばかり考えて、これは本当に自分のしたかったことなのか。いや、楽な方に気持ちを流したに過ぎない。
そんなつまらない人間が嫌いで、そんな自分を殺したくて、だから彼女に惹かれたのに。
今の僕の行動は…
彼女への想いも、彼女の想いも、彼女との全てを、彼女の全てを―――否定
考えるよりも先に、答えは出ていた。自分が何をしたのかを今、ようやく理解した。
僕は僕を捨てたんだな、と。いや、そもそも僕は何もない人間だったんだと。
覆っているはずの目はまだ光に刺されているように痛い。
喪失感と自分への失望で、もう全てがどうでもよくなって完全に体をベッドに預けた。
意識が段々と遠くなっていく。早く消えてしまえ、そう思う度に時間がずるずると過ぎて…
(そうか、僕ってここまでつまらない人間だったのか)




