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空白の肯定

 



「いや、雨間さんはただのクラスメイトだよ」


 ずっと、その声が頭の中で再生されていた。本来なら、彼の言葉を頭の中でずっと聞けるなんてどうにかなっちゃいそうなくらい…嬉しくなる?はずなのに…珍しく消えてほしいと思っていた。




 今日もいつものように登校するつもりだった。彼が来る少し前に彼がいつも通る道を遠くから見ながら、通っていくのを待っていた。

 本当は同じ家から登校するのが一番楽ではあるんだけど…私は非常識じゃないから了承無しにそんなことはしない。


 しょうがないので、通り過ぎたのを見たら近づいて話しかけて一緒に登校していた。毎日、彼は大体同じ時間に通るので、私も毎日その決まった時間に通っていることにすれば、ただの生活リズムの一致に見える。だから、つけているとか監視されているとかストーカーだと怪しまれることはないはずだ。


 でも、もし仮に待ち伏せしているって疑われたら…私のこと嫌いになる?いや、彼ならわかってくれるはず。それに、いずれ一緒に住むことになれば関係ないしね。


(…)


 しかし、その時間になっても彼はその道を通らない。これまでの彼がこの道を通った時間のデータの中で最も遅い時間を過ぎた。

 もしかしたら、いつもより早く学校に向かってるとか、寝坊をしているとか、道がいつもと違うとか、それこそ事故にあってるとか…


 そんなに心配するなら電話を掛ければいいじゃないか、と思うかもしれないが、そんなことをする勇気は私にはない。だって、耳元から直接声なんて聞いたら…どうなるんだろう、気になりはする。


 そ、それに、もし仮にもう学校に着いてたら電話なんて掛けたら迷惑だしね!

 と、自分を納得させた。


 彼はもうすでにここを通り過ぎたものとして学校に向かった。

 イレギュラーな出来事だが、そこまで心配しなくていい。そもそも彼とはここで待ち合わせをしているわけではないので、わざわざこんなに彼を気にしているなんてまるでストーカーのようだ。どちらにせよ私の心配することではない、と自分を落ち着かせた。

 気付けば走っていた。


 学校に着き、真っ先に自分のではなく彼の下駄箱を開け、学校に来ているかを確認した。そこには靴が入っていたので、安心して一息吐いた。靴を盗み出したい欲求は抑えた。そんなことして見つかったら…いや、彼なら許してくれるかもしれないが、嫌われるかもしれない要素はなるべく排除したい。

 靴に触る前に伸ばす手を止められてよかった。


 一旦は落ち着いたが、彼が何をしているのかが気になったので、荒くなっていた呼吸を整え終わる前に足早に教室に向かった。


 教室に座っている彼がいるのが見えた。私は、すぐに近づいて話しかけようとしたが、踏み出す前にとどまった。彼の前には女が一人いたのだ。話していた。何を?それまでは聞き取れなかった。

 会話を聞くために教室のドアにしがみついて顔を覗かせ、聞き耳を立てた。その立ち振る舞いは完全に犯罪者のアレだったが、この際にそんなことを気にする余裕は私にはなかった。

 それで聞こえたのは―――


「いや、雨間さんはただのクラスメイトだよ」


 その言葉を聞いた瞬間、走ったときの体中の疲れを全く感じなくなった。私は大きく目を見開いて彼と女の間の宙を見ていた。


 何も考えられなくなって、教室を離れた。




 私は柊と何かの関係にあるわけではない。ただのクラスメイトと説明するのは正しい。それなのに、その言葉を聞いたとき全てを失ったような気がした。埋まったような気がしていた心にまた穴が空いた。


 なんで他の女と話しているんだと思った。でも、付き合ってるわけでもないのに人を束縛するのは間違っている。いや、そもそも束縛することが間違っている。だから、何度も独り占めしたい欲を抑えてきた。これからもそうする。


 だから、彼が誰と話していても私には関係ない。だって、私はただのクラスメイトだから。彼にとっての何者でもないから。

 でも、特別が欲しい。


 私はこんなに彼を想っているのに、彼は私を見てくれない…女と話していた内容は私のことだったけど…

 私だけを見てほしい。そう思うことは罪だろうか。私が彼にとって何でもない存在でも、どうしてもこの気持ちは抑えられない。


 無理無理無理無理

 やっぱり、どこにもいかないようにするのがいいのかな?こんどしゅうくんにもきいてみよ




 予鈴が鳴って教室に入った。

 珍しく遅刻寸前だったので少し目立った。いつものことだが、他人に見られるのは慣れない。


 彼の前に立って話す女はすでに消えていた。

 私は彼の隣の席に座り、机に突っ伏している彼を見た。


(可愛い)


 やっぱり私が守ってあげなきゃ。

 ホームルームが始まったので、寝ているであろう彼の肩を叩いた。


「おはよう」


 先生に気付かれないように小声で言った。


「ん…起きてる」


 折角起こしてやったのに目も合わせないで言われた。

 腹が立ったので、次からは起こしてやらないことに決めて前を向いた。


 先生が話し終わり、次の授業までの準備をし始めた。


「大丈夫?」

「何が?」


 珍しく彼から話しかけられて嬉しかったが、それより先程の態度が気に入らなかったので拗ねた態度をとってみせる。


「いや、今日遅かったから」

「え?いや、う…うん」


 準備していた手を止め彼の方を見たが、彼もまた準備をしていたため、こちらを向いてはいなかった。


(…)


 ちょっと遅れていただけで心配することないのに、わざわざ気にかけてくれた。

 やっぱり、私の気持ちは間違っていなかった。

 私に優しくしてくれる。気にかけてくれる。私だけを見てくれる存在。この出会いは運命で、私たちは特別な関係。

 私に彼が必要なのと同じように、彼も私が必要で。


 さっきのただのクラスメイトっていうのも、絶対そんなはずない。ただの照れ隠しで本当のことを言えなかっただけだ。


 私が守ってあげなきゃ


 私は、蕩けそうになっている顔を隠すために下を向いた。




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