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神「賢者が魔法を使えるなんて、誰が決めた?」  作者: 源泉
第五章:検索結果が一致しません

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6しろい旗の村



湿った谷道を抜けるころには、空の色が少しずつ変わり始めていた。


森の影は深くなり、枝葉の隙間から見える夕空には、薄い橙色がにじんでいる。足元の土も、昼間より冷たく感じられた。


ゼドは少し前を歩きながら、道の先を指した。


「もう少し行けば村がある」


リテナが顔を上げる。


「村?」


「拠点の手前にある村だ。ここを過ぎれば、勇者様の拠点までは半日くらい」


「じゃあ、もうすぐなんだね」


リテナの声には、少しだけ緊張が混じっていた。


勇者の拠点。


その言葉を聞くだけで、空気が少し変わるような気がした。


ケンサクは前を歩くゼドの背中を見ながら尋ねる。


「今から向かえば、夜には着くのか?」


「着く頃には真っ暗だろうな」


ゼドは振り返らずに答える。


「夜道を歩いてまで急ぐ必要はない。今日はその村に泊まる」


「ずいぶん慣れてるな」


「何度も来てるからね」


ゼドは当たり前のように言った。


その声には、ほんの少しだけ得意げな響きがあった。


やがて、木々の間から村の灯りが見えてきた。


それまでの小さな集落とは、少し雰囲気が違う。


道は比較的整っていて、街道沿いには低い柵が並んでいる。村の入口には簡素な木の門があり、そのそばには白い旗が立っていた。


旗には、光をかたどったような紋様が描かれている。


リテナがそれを見上げた。


「あれ、勇者様の印?」


ゼドが短く頷く。


「そう。拠点に近い村には、よく掲げてある」


ホタルがケンサクの肩で小さく光った。


「へえ……思ったより、ちゃんと組織っぽいね」


「感想が軽いな」


「でも本当にそう思ったんだよ。勇者一人が歩き回ってるだけじゃないんだね」


その言葉で、ケンサクはこの世界へ来る前の神との会話を思い出した。


『勇者は、魔王を倒したあとも、平和な世界を作ろうとしている』


神が平和のために創った勇者。

その勇者を中心にした仕組みが、この世界にきちんと根を下ろしている。

ホタルは、それに少しだけ安堵しているようにも見えた。


(ホタルにそんな感情があるのかは知らないが……)


ケンサクは改めて村を見た。


整った道。

白い旗。


門の前でこちらに気づいた村人が、すぐに姿勢を正す。


村の入口にいた中年の男が、ゼドの姿を見るなり目を見開いた。


「ゼド様……!」


男は慌てたように頭を下げる。


「お疲れさまでございます。今日は勇者様はご一緒ではないのですか?」


ゼドは慣れた様子で答えた。


「別行動だ。今日はこの人たちと泊まる」


「かしこまりました。では、宿にお伝えいたします」


リテナは少し驚いたようにゼドを見る。


「ゼド、有名人なんだね」


「当たり前だろ。勇者様の仲間なんだから」


ゼドは胸を張る。


ホタルがすかさず光った。


「小さいのにすごいね!」


「子ども扱いするな」


「小さいって言っただけだよ?」


「それが子ども扱いだろ」


ゼドがむっとする。


リテナは小さく笑ったが、ケンサクは村人たちの視線を見ていた。


親しげではある。


だが、どこか丁寧すぎる。


ゼドを心配しているようでもあり、同時に、勇者側の者として扱っているようでもあった。


村の中に入ると、何人かの村人がゼドに気づき、次々に頭を下げた。


「ゼド様、お戻りでしたか」


「お疲れでしょう」


「今日は勇者様はご一緒ではないのですね」


ゼドは短く頷くだけだった。


リテナは少しそわそわしていた。


「なんか……すごいね。みんな、ゼドにすごく丁寧」


「僕にというより、勇者様への尊敬の気持ちだろう」

ゼドは当然のように言った。


それが誇りなのだと、ケンサクには分かった。


村の中央には小さな広場があり、井戸と掲示板があった。


掲示板には、拠点からの知らせらしき紙がいくつか貼られている。

魔物の出没、街道の修理予定、祈りの日程。

字は整っていて、村人が何度も見に来ているのか、紙の端が少し擦れていた。


その一方で、掲示板の下の木枠だけが新しかった。


打ち直したばかりなのか、そこだけ木の色が明るい。

ケンサクは一瞬だけ目を留める。


(最近、直したのか)


だが、村人たちは誰もそこを気にしていないようだった。


広場の端では、子どもたちが数人、石を並べて遊んでいた。


そのうちの一人がケンサクたちを見て、思わず声を上げる。


「ゼド様だ!」


子どもたちが駆け寄ろうとした、その瞬間。

近くにいた女性が慌てて腕を伸ばした。


「静かにしなさい。ゼド様がいらっしゃるんだから」


子どもたちは、びくりと肩を跳ねさせた。


そして、誰に言われるより先に頭を下げる。


「……ごめんなさい」


ただ騒ぎかけただけだった。


それなのに、広場の空気が一瞬だけ固まった。


ゼドはそれを当然のように受け流している。


「別にいい。走るなら道の端にしろ」


「は、はい」


子どもたちは小さく頷き、少し離れた場所へ戻っていった。


リテナはその背中を見て、眉を下げる。


「……なんか、悪いことしたわけじゃないのに」


ケンサクは答えなかった。


村は整っている。


道も清潔で、家々の灯りも温かい。


だが、どこか静かすぎた。


やがて、一行は宿に着いた。


街道沿いに建つ、二階建てのしっかりした宿だった。

馬小屋もあり、旅人用の水場も整っている。


宿の主人は、ゼドを見るなり深く頭を下げた。


「ゼド様。お疲れさまでございます。お部屋は伺っております。いつものお部屋と、皆さまの分を二部屋、ご用意しております」


「食事も頼む」


「はい。ただいま」


主人が奥へ下がろうとしたとき、ゼドがふと思い出したように聞いた。


「変わったことは?」


主人はすぐに振り返った。


「ありません。何も。村は平和です」


返事は早かった。


少し、早すぎるようにも聞こえた。


ケンサクは、ほんの少しだけ目を細める。


主人はすぐに柔らかな笑顔へ戻った。


「拠点に近い村ですから。皆、勇者様にご心配をかけぬよう、きちんと暮らしております」


「そう」


ゼドはそれ以上聞かなかった。


宿の裏手へ荷物を運ぶ途中、ケンサクは新しい木の匂いに気づいた。


柵の一部だけが、打ち直されている。


そこだけ木の色が白っぽく、まだ雨に馴染んでいない。足元の土も、他の場所より乱れていた。


ケンサクは何気なく宿の主人に尋ねる。


「最近、ここを直したのか?」


主人は一瞬だけ柵を見る。


「ええ。古くなっておりまして」


「そうか」


「旅人の馬が驚かないように、早めに直したのです」


主人は穏やかに笑った。


その笑顔に不自然なところはない。


だが、ケンサクは柵の下に残る土の乱れを、少しだけ長く見つめていた。


夕食は宿の食堂で取ることになった。


木のテーブルが並ぶ広い部屋には、何人かの旅人と村人がいた。

拠点へ向かう者、拠点から戻る者。話し声はあるが、大声を出す者はいない。


食事は温かいスープと焼いた肉、黒いパン、それから先ほど商人にもらった干し果物も少し加えられた。


リテナはスープを一口飲んで、ほっとしたように息をつく。


「おいしい……」


ホタルがすかさず光った。


「ケンサク〜、私にも供物を〜!」


「さっきから食べ物のときだけ神になるな」


ケンサクが呆れると、ホタルは堂々と言った。


「神は食事の場に宿るものだよ」


「便利な信仰だな」


ゼドは向かいの席でパンを小さくちぎっていた。


リテナが、少し迷ってから尋ねる。


「ねえ、ゼド」


「なに」


「勇者様の拠点って、どんな場所なの?」


ゼドはパンを持ったまま少し考えた。


「静かな場所だ」


「静か?」


「訓練場があって、礼拝堂があって、薬を作る部屋があって、報告をまとめる部屋がある」


ケンサクが反応する。


「拠点というより、施設だな」


ゼドはむっとした。


「勇者様が世界を守るための場所だ」


「報告が集まるなら、判断する仕組みもあるのか?」


「ある」


ゼドは短く答える。


「各地から、魔物や争いの報告が来る。病や災害も。従者や、礼拝堂にいる者たちがまとめて、必要なら勇者様に伝える」


「勇者は全部見るのか?」


「全部じゃない。でも、大事なことは見る」


「その“大事”は、誰が決める?」


ゼドは少しだけ黙った。


「役割ごとに見る者がいる。見回る者、癒す者、祈る者、戦う者。報告を整理する者もいる」


リテナが目を丸くする。


「そんなにたくさんいるんだ」


「勇者様一人で全部はできないからな」


ゼドは当然のように言ったあと、すぐに付け足した。


「でも、最後に世界を守るのは勇者様だ」


その言葉だけは、迷いがなかった。


ケンサクはスープの湯気を見つめる。


「ゼドの役割は?」


「見回りと報告。それから魔法での補助」


「危険要素の確認か」


「平和を乱すものがあれば、勇者様に知らせる」


ゼドは淡々と言った。


ケンサクは光の化身の祭りの村や、荷馬車の魔物を思い出す。


ゼドは魔物を制御した。

傷つけず、正確に、見事に。


けれど、最終的な判断は自分では下さなかった。


止める。報告する。勇者に委ねる。


それが、ゼドの役割。


リテナが少し不安げに尋ねた。


「勇者様は、今は拠点にいるの?」


「いる時もある。いない時もある」


「どこに行ってるの?」


「平和を乱すものがある場所」


ゼドは迷わず答えた。


「魔物、争い、病、災害。勇者様が必要な場所なら、どこへでも行く」


ホタルが小さく光を揺らした。


「勇者は忙しいね」


「勇者様は休まない」


ゼドは誇らしげに言った。


ケンサクは顔を上げる。


「人間なら、休む必要がある」


ゼドはすぐに返した。


「勇者様は特別だ」


その言い方は、あまりにも自然だった。


勇者を人間として数えていないようにも聞こえた。



食堂の端で、子どもが椅子を少し倒した。


がたん、と音が響く。

ただそれだけだった。


けれど、食堂の空気が一瞬止まった。


子どもは青ざめ、すぐに椅子を起こした。


「ごめんなさい」


母親らしき女性が、慌てて子どもの肩を抱く。


「申し訳ありません。騒がしくしてしまって」


その謝罪は、ケンサクたちに向けられているようで、ゼドに向けられているようでもあった。


ゼドは少しだけ顔を向ける。


「別に、椅子が倒れただけだろ」


それだけ言うと、またパンに視線を戻した。


母親はほっとしたように頭を下げた。


リテナは膝の上で手を握っていた。


「……ここ、安全そうなのに」


小さな声だった。


ケンサクは聞き返さない。


リテナは続ける。


「なんか、みんな緊張してるね」


ゼドが少し不機嫌そうに言う。


「拠点に近い村だから、みんなちゃんとしてるだけだ」


「ちゃんとしてる……」


リテナはその言葉を繰り返した。


ホタルは何も言わない。


さっきまで食事に口を出していたのに、勇者の話になると、どこか言葉を選んでいるようだった。


食事が終わるころ、宿の主人が追加の水を持ってきた。


ケンサクはふと思い出して尋ねる。


「困ったことがあれば、拠点へ報告するのか?」


主人は穏やかに頷いた。


「ええ。もちろんです」


「それなら安心だな」


「はい。けれど、些細なことで勇者様のお手を煩わせるわけにはまいりませんから」


その言い方は、感謝というより、言い訳に近かった。


「村のことは、村で。平和に。静かに。そう心がけております」


主人はそう言って微笑んだ。

ケンサクは何も返さず、静かに頷いた。


夜が深まり、食堂の人影も少なくなっていく。


宿の主人に案内され、ケンサクたちは二階の部屋へ向かった。


廊下は磨かれていて、窓の外には村の灯りが整然と並んでいた。


リテナは窓の外を見ながら呟く。


「きれいな村だね」


「そうだな」


ケンサクは短く答える。


整っている。


安全そうに見える。


それでも、どこか息苦しい。


ゼドは廊下の先で振り返る。


「明日は早い。拠点まで半日だ」


「ああ」


ケンサクが頷くと、ゼドは自分の部屋へ入っていった。


その背中は、村人たちに頭を下げられていた時より、少しだけ小さく見えた。


ホタルがケンサクの肩で小さく光る。


「勇者の拠点、か」


「どうした」


「ううん。近づいてきたなって思っただけ」


ホタルの声は、いつもより少し静かだった。


ケンサクは窓の外を見た。


白い旗。

整った道。

静かすぎる食堂。

新しく打ち直された柵。

早すぎる返事。

村は平和です。


その言葉が、頭の奥に残っていた。


拠点に近づくほど、勇者の影が濃くなる。


ケンサクはそんなことを思いながら、夜の村を見下ろした。

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