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神「賢者が魔法を使えるなんて、誰が決めた?」  作者: 源泉
第五章:検索結果が一致しません

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55/60

5知らない草の名



魔物たちが去ったあと、一行は再び勇者の拠点へ向けて歩き出した。

せめてもの礼にと、商人は馬車の積荷から食料を少し分けてくれた。


森の道は、少しずつ湿った谷筋へと変わっていった。


片側には木々の根が張り出した斜面があり、反対側には浅い沢が細く流れている。足元の土は水を含み、踏むたびに柔らかく沈んだ。


ゼドは先ほどと同じように、ケンサクたちより少し前を歩いていた。


白い外套の背中はまっすぐで、足取りにも大きな乱れはない。


けれどリテナは、時折その背中を見ていた。


「ゼド、大丈夫かな」


先ほどの魔法で、また大きく魔力を使ったはずだ。

小さく呟いたリテナに、ケンサクは前方を見たまま答える。


「また平気だって言うだろうな」


「うん。言いそう」


リテナは困ったように笑った。


ホタルはケンサクの肩の上で、ふわふわと光っている。


「まったく、子どものくせに素直じゃないよね」


「お前は何もしていないくせに偉ぶるな」


「私にとってはあの子もケンサクもリテナも、みんな可愛い子どものようなものだよ」


「じゃあ次からは食べ物を選ぶのは一番最後だな、大人なんだろ?」


「そ、それは神が優先だよ!大人より子どもより神!!」


そんなやり取りを聞いていたのか、前を歩くゼドが振り返らずに言った。


「……騒がしい」


「確かに子どもらしくないよなあ、ゼドは」


ケンサクが返すと、ゼドはむっとしたように肩を揺らしただけで、それ以上は言わなかった。


道はさらに細くなっていく。


斜面側の木々は、どれも少しだけ同じ方向へ傾いていた。根元の土が濡れて黒ずみ、ところどころ細い亀裂が走っている。


ケンサクは、ふと足を止めた。

最初は、ただの景色だった。


斜めに生えた木。

道端に転がる新しい小石。


岩肌からにじむ、濁った水。

草の根元に走る細い割れ目。


どれも、特別なものには見えない。


けれど、どこかが引っかかった。


「ケンサク?」


リテナが振り返る。


「どうかしたの?」


その問いが耳に入った瞬間、ケンサクの中で、ばらばらだった景色が言葉の形を取り始めた。


何が引っかかっている?


問いが立つ。


すると、目の前の情報がひとつずつ意味を持ち始めた。


傾いた木は、地面の内側が動いている証拠。

新しい小石は、斜面から落ちたばかりのもの。

濁った水は、土の奥が緩んでいる可能性。

細い亀裂は、表面だけでなく斜面全体がずれかけている兆候。


それらが並んだ瞬間、答えが短く浮かんだ。


崩れる。


ケンサクは顔を上げた。


「道の端に寄れ。斜面から離れた方がいい!」


ゼドが眉を寄せ振り返る。


「何かいるのか?」


「いるんじゃない。崩れる」


「崩れる?」


リテナが斜面を見上げた。


「この斜面が?」


「たぶんな。今すぐ離れた方がいい」


ゼドは一瞬だけ疑うようにケンサクを見たが、すぐに小さく舌打ちした。


「……反対する理由はないからな」


そう言って、ゼドは斜面から離れた。


リテナも慌てて沢側へ寄る。ケンサクはホタルを肩に乗せたまま、全員が離れたのを確認した。


その直後だった。


ぱら、ぱら、と小石が落ちた。


次に、濡れた土がずるりと滑る。


斜面の一部が崩れ、さっきまで四人が歩いていた場所へ、黒い土と草の根が流れ込んだ。


大きな崩落ではなかった。


けれど、その場に立っていれば足を取られ、転んでいてもおかしくない量だった。


リテナが息を呑む。


「本当に崩れた……」


ゼドも黙っていた。


ホタルだけが、ケンサクの肩の上で小さく光を揺らしている。


リテナが崩れた斜面を見ながら尋ねた。


「ケンサク、どうして分かったの?」


「木が斜めに傾いていた。斜面から落ちたばかりの小石があった。水も濁ってたし、地面に亀裂もあった」


ケンサクは自分で説明しながら、少しだけ違和感を覚えた。


説明はできる。


理由も並べられる。


けれど、それをどうやって一瞬で結びつけたのかが、自分でも曖昧だった。


見たものを思い出したわけではない。

誰かに教わった記憶を引き出したわけでもない。


問いになった瞬間、景色が条件に変わった。

条件が並び、答えが返ってきた。


「……似てるな」


ケンサクは思わず、声には出さずに呟く。


何に似ているのか。

そこまでは、まだ言葉にならなかった。


「ケンサクって、地面まで読めるの?」


リテナが素直に感心したように言う。


「読んでるわけじゃない。見てるだけだ」


ゼドが横から少し皮肉っぽく言った。


「賢者っていうのは、そういうことも分かるものなの?」


「俺が聞きたいくらいだ」


ケンサクがそう返すと、ゼドは冗談だと思わなかったのか、少しだけ黙った。


ホタルも何も言わなかった。


いつもなら、そこですぐに「さすがケンサク!」とでも騒ぎそうなのに、ただ小さく光を揺らしている。


ケンサクはホタルを見た。


ホタルは、気づかないふりをするように、崩れた斜面の方へ光を向けていた。


「少し迂回した方がいい。まだ上が緩い」


ケンサクはそう言って、崩れた道を避けるように歩き出した。


ゼドが半歩遅れてついてくる。


「それも見れば分かるのか?」


「今度は見れば分かる」


「さっきと何が違うんだよ」


「さっきより分かりやすい」


「意味が分からない。賢者ならもっと分かりやすく説明してよ」



ケンサクに質問をぶつけるゼドの少し子どもっぽい一面に、リテナが小さく笑った。


ほんの少しだけ、空気が和らいだ。

斜面を避け、沢沿いの細い道を進む。


そこは湿気が強く、足元には見慣れない植物がいくつも生えていた。

細く銀色がかった葉が、地面から扇のように広がっている。葉の裏には淡い青い斑点があり、根元には小さな白い花がついていた。


ケンサクはその草に目を留める。

見たことはない。


前の世界にあった植物とも違う。


けれど、リテナがふいに声を上げた。


「あ、それ踏まない方がいいよ。たしか村のおばあちゃんが、触るとかぶれるって言ってた」


「かぶれる?」


ケンサクは足を止め、草を見下ろした。


この植物は何だ?

そう思った瞬間、また問いが形を取った。


そして、答えが浮かぶ。


「……ミズヨケ草」


無意識に口からこぼれた。

その瞬間、ホタルの光がぴたりと止まった。


リテナが不思議そうに振り返る。


「ケンサク、それ知ってるの?」


ケンサクは、道端の銀色の葉を見下ろしたまま眉を寄せた。


「いや……知らないはずなんだけどな」


ゼドが少し呆れたように言う。


「知らないなら名前は出ないだろ。ミズヨケ草はこの辺りじゃ普通にある。

葉に触るとかぶれるけど、根は乾かすと湿気避けになる」


その言葉を聞いた瞬間、ケンサクの中で、さらに情報がつながった。


「根を乾かして粉にする。倉の床に撒くと湿気を抑える。虫除けにもなる。ただし、火に近づけると煙が目にしみる」


ゼドが目を細めた。


「……知ってるじゃないか」


「今、出てきた」



ケンサクは自分のこめかみに触れる。


「名前を口にしたら、続きが出てきた」


リテナはぱちぱちと瞬きをしたあと、ぱっと表情を明るくした。


「そっか。ケンサク、賢者だもんね。そういう知識が出てくるのかも!」


「……賢者って、そういうものなのか?」


ゼドが少し考え込む。


「俺も詳しくは知らないけど……そういうものなのかもしれない」


「僕が昔会った賢者は、色んな魔法を使ってたけどな」


ゼドはケンサクの頭の上を見た。


「でも、お前も賢者って出てるし……」


ゼドはまだ納得しきっていない顔だったが、否定もしなかった。


「まあ……魔法使いにも色々いるし。そういうことがあってもおかしくないのか」


その横で、ホタルだけが黙っていた。


いつもなら一番に騒ぎそうなのに、何も言わない。


リテナが首を傾げる。


「ホタル様も、そう思う?」


ホタルの光が、一拍だけ遅れて揺れた。


「……うん。ケンサクは、賢者だからね。とっても賢いのは、間違いないよ!」


声はいつも通り明るくしようとしていた。

けれど、ほんの少しだけ弱かった。


ケンサクはホタルを見る。


「ホタル?」


「ほら、湿った道は危ないからね! 早く行こう!」


ホタルはそれ以上、その草の話に触れなかった。

ケンサクはミズヨケ草を見下ろす。


見たことのない植物。


知っているはずのない名前。

けれど、今は用途まで分かる。


採れる季節。

似た毒草。

乾かし方。

倉での使い方。


それらが、知識としてそこにある。


賢者の力。


そう言われれば、そうなのかもしれない。


そう思ってしまえば、今はそれ以上考えなくても済む。


けれど――。


疑問を言葉にすると、答えが返ってくる。


それは、記憶を思い出すのとは少し違う。


目の前のものを見て、問いを立てる。


すると、どこかから返ってくる。


「……似てる」


今度は、声にならないほど小さく呟いた。


何に似ているのか。

その答えだけは、まだ浮かばなかった。


「ケンサク?」


リテナが心配そうに呼ぶ。


ケンサクは顔を上げた。


「いや、なんでもない。行こう」


ゼドはまだミズヨケ草を横目で見ていたが、すぐに白い外套を翻した。


「もう少しで中継地点の村がある。遅れるなよ」


「はいはい」


ケンサクが返すと、ゼドは少しだけ不満そうに前を向く。


リテナはミズヨケ草を踏まないように避けながら進み、ホタルはケンサクの肩の上で、いつもより静かに光っていた。


湿った谷道を抜ける風が、草の葉を揺らす。


ケンサクは歩きながら、もう一度だけ考える。


問いにすると、答えが返る。


前の世界の知識だけではない。


この世界の知識まで、返ってくる。


それが何なのかを問おうとした瞬間だけ、何も浮かばない。


まるで、そこだけが空白になっているようだった。


ケンサクは答えのない違和感を抱えたまま、勇者の拠点へ続く道を進んだ。

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