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神「賢者が魔法を使えるなんて、誰が決めた?」  作者: 源泉
第五章:検索結果が一致しません

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4まものの親子



休憩を終えた一行は、再び勇者の拠点へ向けて歩き出した。


森の道は少しずつ広くなり、木々の密度も薄くなってきている。枝葉の隙間から落ちる光は、さっきよりも明るい。


けれど空気は、まだ湿っていた。


ゼドは先ほどよりも足取りを取り戻していた。

白い外套の裾を揺らし、ケンサクたちより少し前を歩いている。


リテナはその背中を見ながら、小さく息を吐いた。


「少し元気になったみたいでよかったね」


「本人は認めないだろうけどな」


ケンサクが答えると、肩の上のホタルがふわりと浮かび上がり、光った。


「ケンサク〜!私も少し元気になったよ!ほら、みて!」


「じゃあここからは自分で飛んで移動できるな」


「あれ〜、なんだか力がはいらない気がする〜」


ケンサクはホタルをつまみ、呆れた顔で肩の上に戻した。


そんなやり取りをしていると、前を歩いていたゼドがぴたりと足を止めた。


「静かに」


その声に、三人もすぐに立ち止まる。


ゼドは少しだけ顔を上げ、森の奥へ視線を向けていた。


リテナが小声で尋ねる。


「どうしたの?」


「声がする」


ゼドが短く答えた直後、森の向こうから悲鳴が聞こえた。


「だ、誰か!助けてくれ!」


男の声だった。


リテナの表情が変わる。


「行こう!」


言い終えるより早く、リテナは駆け出していた。


ケンサクも後を追う。

ホタルが肩から浮き上がり、ゼドはそれより少し早く、白い外套を翻して前へ出た。


木々の間を抜けると、荷馬車が一台、道の途中で止まっていた。


馬は怯えて鼻を鳴らし、御者台の男が手綱を握ったまま震えている。荷台には布袋や木箱が積まれ、その影にもう一人、若い女性が身を縮めていた。

積荷を運ぶ商人のようだった。


そして荷馬車の周囲には、小型の魔物が数匹いた。


犬ほどの大きさで、丸い背中に硬い毛が生えている。鼻先は長く、土を掘るのに向いた鋭い爪を持っていた。

低く唸りながら、荷馬車の下や車輪の周囲を行ったり来たりしている。


「魔物……!」


リテナが息を呑む。


ゼドは一歩前へ出た。


「下がってろ、この辺りにはよく出る魔物だ」


ゼドの指先に光が灯る。


次の瞬間、荷馬車の周りに薄い輪のような光が走った。


魔物たちの足元に、淡い円が浮かぶ。

踏み出そうとした一匹が、その光に触れた瞬間、びくりと身を引いた。


さらにゼドが手を振ると、風が細い壁のように立ち上がる。


魔物たちは逃げ道を失い、唸り声を強めた。

けれど、ゼドは攻撃しない。


光の輪で距離を制御し、風で近づけないようにしているだけだった。


魔物を傷つけず、荷馬車にも当てず、狭い範囲だけをきれいに区切っている。


ゼドは振り返らずに言った。


「見てないで、あの人たちを下げて」


「わかった!」


リテナがすぐに御者台へ向かう。

男は震えた声で叫んだ。


「た、助かった……!魔法使い様、どうかその魔物を退治してください!

荷台の下にまで入り込んで……!」


「退治はしない」


ゼドは即答した。


男が目を見開く。


「え……?」


「攻撃は勇者様の役割だ。僕は止めるだけ」


ゼドの声は揺れない。


「お前たちが逃げる間くらいは足止めできる。馬車や荷物は、魔物が去った後で取りに来ればいい」


魔物たちは光の輪の中で落ち着きなく動いていた。


「し、しかし…、積荷がないと生活が…」


「魔物に襲われるよりもましでしょ」


一匹が地面を掘るように爪を立て、別の一匹が荷馬車の下を覗き込もうとしている。風の壁に弾かれ、また低く唸る。


ケンサクはその様子をじっと見ていた。


(……妙だな)


魔物たちは人間を見ていない。


御者にも、荷台の女性にも、リテナにも向かっていない。


視線が向いているのは、荷馬車の下だ。


「ゼド」


「なに」


「少しだけ、風を弱められるか」


ゼドが眉を寄せた。


「何のために?」


「確認したいことがある」


「危ないだろ」


「たぶん、あいつらは襲ってるんじゃない」


ゼドが小さく鼻を鳴らす。


「魔物が荷馬車を囲んでる。十分危ない」


「囲んでるんじゃない」


ケンサクは荷台の下へ視線を向けた。


「見てる方向が、人間じゃない」


ゼドは黙った。


ケンサクはしゃがみ込み、地面を見た。


荷馬車の周りの土には、魔物の足跡がいくつも残っている。

だが、その足跡は人間へ向かう形ではなく、荷台の下を中心に行ったり来たりしていた。


さらに、車輪のすぐ横に小さな引っかき跡がある。


大人の魔物よりも、ずっと小さい爪の跡だった。


「リテナ」


「なに?」


「荷台の下、見えるか。小さい何かがいるかもしれない」


リテナは目を丸くし、そっと荷馬車の反対側へ回った。


「気をつけて」


ケンサクが言うと、リテナは頷く。


「うん」


ゼドは不満そうに光の輪を保っている。


「そんなところを覗いたら、魔物が暴れるぞ」


「お前が止めてくれている」


「……僕が手を離したらどうする」


「お前はそんなことしないだろ」


ゼドは一瞬目を丸くしたが、魔法は緩めなかった。


リテナが荷台の下を覗き込む。


しばらくして、息を呑む声が聞こえた。


「……いた」


「何が?」


「小さい魔物……たぶん、子ども」


御者の男が青ざめた。


「こ、子ども?まさか、荷台の下に入り込んでいたのか……!」


荷馬車の下から、小さな鳴き声が聞こえた。


きゅう、と細く震えるような声。


その瞬間、周囲の魔物たちが一斉に反応した。


「グルル……!」


光の輪の中で、親らしい一匹が強く身を乗り出す。風の壁にぶつかり、毛を逆立てた。


リテナが慌てて言う。


「この子、車輪のところに足が挟まってる! 動けないんだ!」


ケンサクはすぐに荷馬車の構造を見た。


右後ろの車輪。

その内側に、折れた木箱の板が入り込み、小さな魔物の足を押さえているらしい。


「なるほど……」


ケンサクは小さく息を吐いた。


「荷台に入り込んだ子を助けようとして、親が離れられなかったんだ」


ゼドの顔がわずかに動く。


「親……?」


「たぶんな」


ケンサクは荷馬車の男に向き直った。


「積み荷の中に、匂いの強いものは?」


「え、ええ……干し肉と、木の実を少し……途中で袋が破れてしまって……」


「それに子魔物が寄った。親が追いかけてきた。人間を襲いに来たわけじゃない」


商人たちはまだ納得していない顔をしていた。


「でも、魔物は魔物でしょう……? 放っておいていいんですか……?」


「そうだな、襲ってくるようなら、そうかも知れない」


ケンサクは否定しない。


「でも今回は、倒す必要がない」



ケンサクはリテナを見る。


「リテナ、その子を出せそうか?」


「足が挟まってるから、このまま引っ張るのは危ないと思う」


「じゃあ板をずらす。ゼド、親魔物が暴れないように抑えたまま、風の壁に隙間を作れるか」


「命令するな」


「頼んでる」


ゼドは不機嫌そうに目を細めた。

けれど、指先の光が少し動く。


風の壁が、荷馬車の反対側だけ薄くなった。


「少しだけだ。変な動きをしたら、すぐ閉じる」


「十分だ」


ホタルがケンサクの肩で不安そうに光った。


「ねえ、ケンサク……今回は私を投げる流れじゃないよね?」


「今回は投げない」


「ほんと?」


「たぶん」


「たぶん!?」


ケンサクは返事をせず、荷馬車の下へ回る。


リテナが膝をつき、小さな魔物に声をかけていた。


「大丈夫。今出してあげるからね。怖くないよ」


小さな魔物は震えながら、丸い体を縮めている。足元に折れた板が噛み、抜けなくなっていた。


「リテナ、押さえててくれ。暴れたら足を痛める」


「うん」


ケンサクは折れた板の位置を確認した。


力任せに引けば、足を傷つける。だが、板は車輪の支えに浅く噛んでいるだけだ。


「てこの原理で少し浮かせる。棒か何か……」


「これ使える?」


リテナが近くに落ちていた木の枝を差し出す。


「助かる」


ケンサクは枝を板の下へ差し込み、ゆっくり力をかけた。


ぎし、と木が鳴る。


小さな魔物が怯えて鳴いた。


同時に、外の親魔物が光の輪にぶつかる。


ゼドの声が飛んだ。


「早くしろ!もうあまり、抑えられない!」


「わかってる」


ケンサクは角度を変えた。


力を入れる場所を少しずらす。枝がしなり、板がわずかに浮いた。


「今だ、リテナ」


「うん!」


リテナがそっと子魔物の足を抜く。


小さな体が自由になった瞬間、子魔物はよろめきながら荷馬車の下から出てきた。


その姿を見た親魔物が、低く鳴いた。

さっきまでの威嚇とは違う声だった。


子魔物も、きゅう、と返す。


リテナは子魔物を抱え上げるように支え、風の壁の隙間へそっと近づけた。


「ゼド、少しだけ開けて!」


「わかってる!」


ゼドが片手を振る。


光の輪の一部がほどけ、風の壁に小さな出口ができた。


親魔物が飛び出そうとする。


だが、ケンサクが短く言った。


「待て」


不思議なことに、魔物は一瞬だけ動きを止めた。


いや、ケンサクの言葉を理解したわけではない。


リテナの腕の中にいる小さな魔物を見て、飛びかかるのをためらったのだ。


リテナはゆっくりその子を地面に下ろす。


「ほら、歩ける?」


小さな魔物は少し足を引きずりながら、親たちの方へ進んだ。


魔物はすぐに近づき、子どもの体を鼻先で確かめる。


それから、もう一度だけ人間たちを見た。


赤い目。

鋭い爪。


間違いなく魔物だった。


けれど、その姿はただ子を守る生き物にも見えた。


やがて親子は、森の奥へ向かった。


他の魔物たちもそれに続く。


ゼドは最後まで光の輪を保っていたが、魔物たちが完全に離れると、ようやく指先の光を消した。


森に、静けさが戻った。


御者の男は腰が抜けたようにその場に座り込んだ。


「た、助かった……本当に……」


荷台の女性も震えながら頭を下げる。


「ありがとうございます……てっきり襲われるものだと……」


リテナはほっとしたように笑った。


「誰も怪我しなくてよかったね」


ホタルも大きく光る。


「私も今回は投げられなくてよかった!」


「そこか」


ケンサクが呆れると、ホタルは点滅しながら訴える。


「最近の私の扱いひどかったからね!」


ゼドは黙っていた。


ただ、魔物たちが消えた森の奥を見つめている。


ケンサクは彼の横に立った。


「魔法ってすごいんだな。あれだけ正確に止められるものなのか?」


「その分、魔力を多く消費することになるけどな」


「それで誰も傷つかずに済んだ。ありがとう、ゼド」


ケンサクからの感謝の言葉に戸惑うゼドの顔をリテナが覗き込む。


「ゼド、また魔法を使って疲れたんじゃない?少し休む?」


「……子ども扱いするな」


ゼドは少しむっとした顔のまま、視線をそらし、森の奥を見た。

さっき魔物たちが消えていった方角だった。


「魔物は、平和を乱すものだ。勇者様がいたら、退治してた」


ケンサクはすぐには答えなかった。


「まあ、そういう時もある」


「今回は違うって言うの?」


「今回は、子どもを助けようとしてただけだ。

退治できる力があるかどうかじゃない。倒す必要がなかった」


ゼドは何も言わなかった。

その顔に、納得はなかった。

けれど、否定もできないようだった。


結果として、誰も傷つかなかったから。


荷馬車の男が、破れた干し肉の袋を慌てて結び直している。

リテナがそれを手伝い、ホタルが横から「もっと固く結んだ方がいいよ!」と偉そうに口を出していた。



「倒す必要がないなら、倒さない方がいい……か」


ゼドはぽつりと呟く。



ゼドは小さく息を吐き、また歩き出す。


「行くぞ。拠点までは、まだある」


その背中はいつも通り少し偉そうで、白い外套もまっすぐだった。


けれどケンサクには、その足取りがほんの少しだけ遅くなったように見えた。

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