1地下にひそむもの
ケンサクたちが訪れた村の地下で発生していた“呪い”は、実際は換気不良によるものだった。
村人たちは浄化のために火を使おうとしていたが、それは酸素をさらに消費し、地下に二酸化炭素を溜め続ける危険な行為だった。
ケンサクは原因を見抜いたが、自分の力だけではどうにもならなかった。
その時、ホタルの呼びかけに力を貸したのが、偶然居合わせたゼドだった。
彼は風魔法を使い、地下全体に空気の流れを作る。
人を傷つけることなく、空間だけを変える精密な制御で――ケンサクとリテナ、そして村人たちの命を救った。
村は救われた。
そして、四人の関係は、ほんの少しだけ変わった。
ゼドは本来、拠点へ転移して帰る予定だった。
だが魔力を使い切ったことでそれが叶わず、命の恩人であることを理由に、ケンサクたちと共に歩いて向かうことになった。
――翌朝。
村は、何事もなかったかのように動き出していた。
家の前で水を汲む音、薪を割る音、遠くで交わされる何気ない会話。
昨日の騒ぎが嘘のように、日常が戻っている。
その一角で、あの父娘が村人たちに囲まれていた。
「だから、火を使うと逆に危なかったんだって……!」
父親が身振り手振りを交えながら説明している。
娘も隣で頷きながら、必死に言葉を補っていた。
「空気が……下にたまってて……それで……」
うまく言葉にしきれない部分を、父親が拾う。
「そうそう、空気の流れが悪くてな。それを――」
一瞬、言葉に詰まり、それから少しだけ誇らしげに続けた。
「……勇者様のお仲間の、ゼド様が教えてくださったんだ」
その言葉に、少し離れて見ていたゼドの視線がこちらに向く。
リテナも首を傾げる。
ケンサクは肩をすくめた。
「俺の言葉よりも、その方が通るだろ」
小声でそう返す。
ゼドは何も言わない。
ただ、わずかに視線を細めただけだった。
リテナが小さく呟く。
「名前を借りるなら、せめてケンサクが説明すればいいのに」
「自分たちの言葉で伝えた方が記憶に残る」
短く、それだけ。
やがて、父娘がこちらに気づく。
「あ……!」
慌てて駆け寄ってきて、父親は深く頭を下げた。
「昨日は……本当に、ありがとうございました」
隣で、娘が少し寂しそうに笑う。
リテナの表情が柔らかくなる。
「うん……よかった」
少女の目線に合わせて、しゃがみ込む。
「もう大丈夫だからね」
少女は小さく頷いた。
ケンサクは軽く手を振るだけだった。
「礼はいい。原因が分かれば、あとは対処するだけだ」
父親は少しだけ驚いたように目を瞬かせ、それでも穏やかに笑った。
「……それでも、助けてもらったことには変わりありません」
その視線が、もう一人へ向く。
「あなたも……本当に、ありがとうございました」
ゼドに向けられた言葉だった。
「風で、あの中を……あれがなければ――」
言い切らず、再び頭を下げる。
ゼドは一瞬だけ言葉を選ぶように間を置いてから、
「……当然のことをしただけ」
とだけ返した。
少女も小さく手を振る。
「お兄ちゃんも、ありがとう」
ゼドはそれに、わずかに頷いた。
それ以上は何も言わなかった。
「どうか、気をつけて」
父親の言葉を背に、ケンサクたちは歩き出す。
リテナは何度か振り返り、手を振った。
ケンサクは振り返らない。
ゼドは、一度だけ村の方を見た。
そのまま、森へと足を踏み入れる。
しばらくの間、誰も口を開かなかった。
足音だけが、乾いた地面に続く。
やがて、ケンサクがぽつりと口を開く。
「……ああいうのは、やめろ。死ぬかもしれなかったんだ」
前を向いたままの言葉だった。
リテナは一瞬きょとんとして、それから理解する。
「……でも、あの子を一人にさせたくなくて」
「分かってる」
短く遮る。
少しの間。
「……間に合わなかったら、どうするつもりだった」
責める声ではなかった。
ただ、低く、抑えられている。
リテナは言葉を探すように口を開きかけて――閉じた。
答えられない。
「……ごめん」
それだけが、ようやく出てきた。
ケンサクはそれ以上は何も言わなかった。
沈黙が戻る。
「ケンサク〜……」
その沈黙を、肩の上からの弱々しい声が破る。
「私、まだバッテリー足りてないんだけど〜……」
ホタルだった。
「私も頑張ったのに、感謝されてない気がするし……」
ケンサクは即答する。
「その見た目だと仕方ないだろう、知らない人には虫にしか見えない」
「そうだけどさ……ひどい〜……」
文句を言いながらも、ホタルはケンサクの頭にぐったりとしがみついた。
空気が、少しだけ緩む。
その少し後ろを、ゼドは一定の距離を保って歩いていた。
会話には入らない。
ただ、聞いている。
リテナが振り返って声をかける。
「あの……拠点って、遠いの?」
ゼドは足を止めずに答えた。
「歩けば数日。転移なら一瞬」
「今はできないんだよね」
「そう」
簡潔なやり取り。
やがて、ケンサクがふと足を止めた。
ほんの一瞬だけ。
地面を見る。
踏み跡。風の流れ。土のわずかな歪み。
――何かが、頭の中で組み上がりかける。
だが、すぐに歩き出した。
「……どうしたの?」
リテナが聞く。
「いや、なんでもない」
それだけ。
再び歩き出す。
しばらくして、リテナがぽつりと呟いた。
「なんか、不思議だね」
「何がだ?」
「敵になるかもしれなかった人と、一緒に歩いてるなんて」
少しの間。
その言葉に、ゼドが小さく応じた。
「……別に、敵だとは思っていない」
淡々と。
「最初から」
それだけ言って、また口を閉じる。
誰も否定しなかった。
ただ、三人と一匹は同じ方向へ歩き続ける。
まだ名前のつかない関係のまま。




