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龍の瞳  作者: MASTER EROS
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小説家、浜裕平

息子がインターネットで小説を書き始めた。


ここ数日のアレは、スマートフォンをポチポチしながら「プシィッ!プシィッ!」と野生動物のような奇妙な笑い声を上げている。また悪さを始めたのか、と不安になりパソコンで調べてみたところ、どうやら小説を書き始めたようだった。


ペンネームは浜裕平、作品名は「オラと女神の成り上がり配信劇」。

およそ2週間ほど前から投稿を始めたらしく、初日は「あのsyamuが小説を!?」と一定の注目を浴びていたようだが、数日もたたず読者は離れてしまい、今ではアレの言うところの“アンチ”達の書くスピンオフ小説の方に話題がシフトしているようだ。

そこまで調べたところで一旦パソコンの前から離れ、台所からコーヒーと洋菓子を持って戻ってくる。


───なるほど、これがアレの理想の世界と言うわけか───


その小説は、親の目から見ても酷いものだった。まるで幼稚園児の語る支離滅裂な夢物語をそのまま文章に落とし込んだような、幼さ故の純粋さと醜い自己顕示欲がそこには入り混じっていた。

物語は、筆者を自己投影した主人公“土佑”のうだつの上がらない日常から始まる。その導入こそ今後の展開への期待感が見られたものの、エピソードを重ねるにつれて加速度的にリアリティは失われ、第5話の時点で既にアレの欲望を満たすだけの展開しか見られなくなっていた。


ただ一つ、これだけの長文を綺麗な日本語で書き連ねることができる点には感心したものだが、実際は生成AIに書かせていた事を後に知り、唯一の長所すらも消え失せた。


この小説は───


左手のコーヒーカップを机に置き、ゆっくりと目を瞑る。


───相当きついな。


この調子で土佑の物語はまだ10話以上続いてゆく。安易に読み始めてしまったことを、早速後悔し始めていた。



読み進めて行くうちに気づいた事が何点かある。

まず何より気になったのは、極端に都合が良すぎるストーリー展開だった。土佑が何もしていないのに、勝手に財閥の令嬢や有名アイドルが5人も10人も集まってきて土佑を持ち上げてくれる。そして何のきっかけもなく土佑を慕ってくれる弟キャラ、勝手に内乱を起こして自滅してゆく敵組織…その全てが土佑のためだけの舞台装置として描かれていた。


───何もしてない無職男性がなぜか人間の王を名乗ってタワマンの司令室に居座り、それを若い美女達が奪い合う。おかしいと思わないのかあの馬鹿は───


そしてバーチャル空間で繰り広げられるサイバードラゴンとの戦い。敵の攻撃はおそらくアレが実際に受けたであろうアンチのコメント、「土佑消えろ」「ロリコン野郎」「働け無職」などであったが、その罵詈雑言とは無関係なはずの美女達がなぜか多大なダメージを負い、そして土佑本人が不在の中でも土佑の代わりにアンチのコメントと闘い続けるのだった。


───他人を物としか思っていない場合です。


ふと、あの日の医師の言葉が蘇る。

小説のキャラクターの台詞に、その事実が明確に表れていた。


『私はあなたのガチ恋リスナーよ。あなたは私を使用する権利があるわ』

『ツッチーのガチ恋リスナーだよ。私を所有して』

『私はあなたの剣よ。私を情報源として使いなさい』


登場する美少女キャラクター達は悉く土佑に利用されることを望み、望まれるがままに土佑は利用する───いや、利用してやっている。そして彼女達は土佑に利用されることに、無上の喜びを感じている。

それは、現実には絶対にあり得ない、歪んだ妄想の世界であった。


───少なくとも彼女達に人としての感情があったなら…そして土佑に人間の心があったなら、絶対にあり得ない───


そのあまりにご都合主義なストーリー展開が、筆者の独りよがりな価値観を如実に物語っていた。



そしてもう一つ気になったのは、今回アレの小説を読んだ目的の一つでもあるのだが、主人公の家族に関する描写だ。

作中では妹と父についての描写が見られ、妹については現実に近い辛辣な発言の裏で、実は兄を慕っているという現実とは真逆のキャラクター設定で描かれている。

そして父、つまり私に関する描写としては、息子へ頭を下げ謝罪するシーンや「私は父親失格だ」と猛省する姿が描かれていた。


───そうか、順平。お前は私に頭を下げさせたかったのだな───


作中でも土佑は何もせず、それでいて妹からの尊敬を、そして父からの謝罪を欲していたのだ。少なくとも、そこには今まで迷惑をかけ続けてきた家族への罪悪感など、欠片も存在していなかった。


───そうか。それがお前の世界か───



大きなため息をつくとブラウザを閉じ、残りのコーヒーを一気に飲み干す。空っぽになったカップと皿を持ち台所へ向かう途中、リビングに横たわりスマートフォンを弄っている小説家、浜裕平に目が留まった。


「プシィッ!プシィッ!」


どうせまたAIに小説の続きを書かせているのだろう。いつもの不気味な鳴き声をあげながら、アレは歓喜に頬を歪めていた。


───周囲に不幸をばら撒きながら、妄想の世界で王になるのがそんなに楽しいか?なあ、順平───


その問いをかき消すように、人間の王の不気味な鳴き声はいつまでも鳴り止まなかった。

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