性犯罪
警察がウチに来た。
嫌がらせのハガキ、そして空き巣に続く3度目の来訪であったが、今回は少し様子が違った。被害者としてではなく、加害者として順平に厳重注意に訪れたのだった。
「おたくの息子さん、SNSで女性に何度もセクハラしてるらしくてね、もう毎月のように苦情の電話がかかって来てるんですよ」
2人の警官のうち若い方───佐々木と名乗った警官は、苛立ち混じりに龍巳に告げる。
「浜さん、ご存知なかったんですか?」
「…いや、何かよくスマートフォン弄っとるなぁとは思っとったんですけど、何をやっとるかまでは…」
「息子さん、スマホ取り上げた方が良いかもしれませんね」
佐々木がボソッと呟く。
───分かってる。それが出来ればどんなに楽だろうか───
龍巳は心の中で応える。
───佐々木さんね、アレからインターネットを取り上げると、ダンゴムシみたいに部屋の隅で一日中丸まりよるんですわ。もう40歳にもなろうという息子のそんな情けない姿、見とれんのですよ───
それは声にならない悲鳴であった。
警官は順平のスマホを操作しながら、SNSのメッセージ画面を撮影している。その場に息子とともに立ち会った龍巳も、そのメッセージの内容を知ることになったのだが、それはもう酷い内容だった。
───スカートにかけたい、お詫びにシコシコ、お礼に犯したい───
警官が画面をスクロールする度に、目を塞ぎたくなるような気色の悪いメッセージが次々と露わになる。龍巳は顔を真っ赤にし、まるで自分の恥部を晒されているような気分でその場に立ち尽くす。
───痴漢したい、中に出したい、ガン突きしたい、体調整えて犯したい───
とても正気とは思えないやりとりが、延々と続いてゆく。
───なんやこれ一体、頭おかしなるで!───
卑猥なメッセージがあまりに多く、全てを記録するのは不可能と判断した警官は、2時間ほどで切り上げる。最初の数十分で早々に離脱してしまった息子の代わりに、龍巳は眩暈に耐えながらその2時間を耐え抜いた。
「浜さん、ちょっと言いにくいんやけどね、おたくの息子さん明らかにおかしいよ」
年配の方の警官が眉を顰めて言う。
「どうも、あのセクハラで相手が喜んどると思っとる節があるんやけどね、もうそれは性犯罪者の典型的な考え方なんですわ」
「性犯罪者…」
「何とかできるとしたら、今のうちだよ、浜さん」
タイムリミットは、すぐそこまで迫って来ていた───
最後に息子とともに改めて注意を受け、2人の警官を玄関前から見送る。気がつけば時計はもう18時を回っており、空には月が輝き始めていた。
「あんな事やっとったらいかんよ?言っとくけど何件も通報きとるんやからね、全部バレとるよ」
そう順平に言い残すと、2人はパトカーに乗り込み、帰って行った。順平はずっと口を閉じていたが、その表情には不満の色が現れていた。
パトカーが見えなくなった頃、遠巻きで見ていた隣の家の婆さんが心配そうに寄ってくる。
「…なぁ、タツさん。また何かあったんかいね?」
龍巳は何も答えられなかった。
「…何やあれ、頭おかしいんかお前?」
家に入ると、そそくさと2階に戻ろうとする息子の首根っこを掴み、和室に連れてゆく。
「お前…あんな事しとって、恥ずかしいと思わんのか!」
思わず怒声が上がるが、順平はキョトンとしている。
「オトサン、オチツイテ」
「落ち着けるわけあるか!」
「ダイジョウブ、アレ、アンチダカラ」
「…はあ?アンチ?」
息子が何を言っているのか全く理解できなかった。
「ソソソ、アンチ。ツウホウシタッテコトハ、アンチッテコト」
「アンチだったら何なんや」
「アンチハ、ネカマダカラ、ダイジョウブ」
───ネカマ、つまり女のふりをした男だから、セクハラしても大丈夫って、そう言いたいのかお前?───
「何が大丈夫なんや、もし本当に女の人やったら、お前どうするつもりや!」
「ヤカラ、オトサン、オチツイテ」
父親の怒声も意に介さず、なぜか順平は薄ら笑いを浮かべていた。
「オンナヤッタラ、ガチコイユウコトヤ、ヨロコンドルニキマットル」
───ネカマならセクハラしても問題ない。ネカマじゃなかったら自分のファンだから、セクハラしても喜ぶはず。そう言いたいのかお前───
それは滅茶苦茶な理屈だった。だが理屈の破綻よりも、息子がもはや人の心を失っているのではないか───その不安が龍巳の頭の中を支配していた。
「オラハ、ゼンブオミトオシダデ、アッアッア」
ポンポン、とドヤ顔で龍巳の肩を叩くと順平は2階へ戻って行く。龍巳は唖然として、階段を上る息子の後ろ姿をただ無言で見ているだけだった。
「もうそれは性犯罪者の典型的な考え方なんですわ」
警官の声が、まだ耳の奥に残っている。
───教えてくれ───
「何とかできるとしたら、今のうちだよ、浜さん」
───どうすればいいのだ!教えてくれ!───
誰も居なくなった階段を見上げる龍巳の瞳に、ただ暗闇だけが広がっていた。




