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龍の瞳  作者: MASTER EROS
13/17

寄生虫

その日、浜龍巳は緊張していた。


───どうしてこんな事になってしまったのか───


下の娘が実家に彼氏を連れて来た───だけならまだしも、その挨拶の場になぜか順平も同席していたからだ。



下の子が彼氏を連れて来る、そう妻から聞いたのは2週間ほど前のことだった。

そもそも私はあの子に恋人がいるなんて話は全く聞いていなかったのだが、どうやら妻はそうでは無かったようだ。


「女の子は父親にそういう話はしないんですよ」


そう言いながら妻は嬉しそうに笑っていたが、父親としては寂しさの方が勝っていた。


この時期に恋人を連れてウチに来る理由は、もはや聞くまでも無いだろう。あの子ももういい歳なのだ、そろそろ身を固めても良いのではないか、と思っていた矢先の話だったので、諸々の感情は押し込めて素直に祝福するつもりで今日のこの日を迎えた。



しかし、この日は不運に不運が重なってしまった。

一つ目の不運は、「お父さん達は大事な話があるから、ヨシって言うまでお前は2階で大人しくしとれ」そう伝える前に、息子は珍しく朝から外出しており、伝えそびれてしまった事。

二つ目の不運は、予想以上に道が空いていたらしく、娘達は思ったより早くウチに着いてしまった事。

そして最後の不運は、急な雨に降られて慌てて帰って来た順平と、娘の彼氏が玄関で鉢合わせてしまった事だった。


「つまらない物ですが、お口に合えば…」と、ちょうど手土産を頂いているタイミングで順平が帰って来てしまったため、「何か美味しそうな物をもらったぞ」と認識した息子の視線は、その手土産に釘付けになっていた。


「お前の分はないぞ。気にせんで良いから2階に上がっとれ」


シッシッ、と野良犬を追い払うように息子に手の甲を向ける姿を見て、冗談と思ったかフォローのつもりだったか、「24個入りだったはずなので、宜しければ義兄さんも是非」と笑いながら声を掛ける青年を止められなかったのも、私の落ち度だったかもしれない。


「ジブン、ダレナン?」

「妹さんとお付き合いさせてもらってます、今宮と言います!」

「イモウトノカレシカ、フーン…マア、アガッテ」


などと馴れ馴れしく今宮青年に話しかけながら当たり前のようにリビングまで着いてくるものだから、「2階に上がっとれ」と今更言える雰囲気では無くなっていた。

こうしてリビングの四角いテーブルを挟み、こちら側に私と妻が、相対する側に今宮青年と娘が、そして何故か順平がお誕生日席に鎮座する、奇妙な五者会談が始まった。



───どうしてこんな事になってしまったのか───


順平はレフェリーのように両者を交互に見ていたが、テーブルの中央に置かれた5人分の洋菓子───今宮君の土産に目が留まると、我先にと手を伸ばす。


───頼むから大人しくしといてくれよ───


包み紙を不器用に破り、洋菓子を頬張っては「ンン!…ンン‼︎」と不快に喉を鳴らす息子に眉を顰めながら、コイツが何をやらかすか、気が気では無かった。


「今宮君、と言ったよね。娘とは長いの?」


こちらから口を開く。不安の種が菓子に夢中になっているうちに、早めに挨拶を切り上げたかった。


「はい、娘さんとは3年ほど前からお付き合いさせて貰ってます!」

「あー、ほうやったんか。ちなみにどういった馴れ初めで?」

「そうですね、会社の先輩の紹介で知り合って…」


「イマミヤハ、カシパンスキ?」


そこにお菓子を一つ食べ終わった順平が唐突に割って入る。


───何を聞いとるんじゃバカタレが───


キッと睨み付けるが、今宮君の方しか見ていない順平は全く気付いていなかった。


「…え、菓子パンですか?」


想定外の角度からの急な質問に面食らう今宮青年。その横から、娘が慌てて口を挟む。


「お、お兄ちゃん、まだお菓子あるよ、ほら」


そう言って二つ目の菓子を手渡された順平は、不器用な指先で包みを剥がすのに躍起になっている。


「すまないね、今宮君…それでさっきの話だけど、会社はどこに勤めてるの?」


聞いてみれば、今宮君は私でも名前を聞いたことがある企業の正社員らしい。最近役職も付いたようで、「大変だけどやりがいも感じてます!」と笑顔で語る今宮青年を見ながら、どうやら経済面で大きな不安は無さそうだ、と肩の荷が一つ下りた気分だった。


「クリームパント、クロワッサン、ドッチガ…」

「お兄ちゃん!はいお菓子!」


菓子パンの流れを即座に断ち切り、娘が三つ目の菓子を手渡す。


包み紙を開けるのに苦戦している兄を見ながら、好機と思ったのか娘はさりげなく恋人の脇腹を肘で小突く。今宮君は唾を飲み込み姿勢を正すと、意を決したように口を開く。


「それでですね、今日は娘さんと結婚させてほしいと、お願いに来ました」


───とうとう来たか。分かってはいたが、実際に耳にすると胸に来るものがあるな───


目を瞑り、静かに頷く。


「今宮君、必ず娘を幸せにしてくれるって、約束してくれるか?」


それはもう、答えの分かりきった問いかけだった。それでも私は、彼の口からはっきりとその言葉を聞きたかったのだ。


「はい!必ず娘さんを…」


「…オラモ、ヤシナウンヤデ?」


最悪なタイミングで、最悪な言葉が息子の口から発せられ、一瞬で場が凍り付く。


「…え?」


今宮青年の表情が固まる。冗談にしては度が過ぎてる、笑っていいのかどうなのか…そんな困惑がありありと見てとれた。


「ジブン、ネンシュウナンボナン?」

「お兄ちゃん!」


娘も慌てて割って入る。


「い、今宮君、気にせんでくれ、コイツなりの冗談だから…」

「ほら、順平、お母さんと一緒に2階に戻るよ…」


そう言って妻がリビングから疫病神を引き離そうとするが、順平は尚も口を開く。


「オラハ、ショウガイシャダデ!ヤシナウカクゴガナイナラ、イモウトハヤレン!ジブン、ソノカクゴガ…」

「お兄ちゃんもうやめて!」

「向こうに行っとれバカタレが!」


3人がかりで何とか息子をテーブルから引き剥がし、リビングから蹴り出す。


「すまん、今宮君、アレの事は本当に気にしなくていいから…」

「…い、いえ、楽しそうなお兄さんですね、ははは…」

そう言って力無く笑う今宮青年の目は、全く笑っていなかった。



帰り際、妻と談笑している今宮君から少し離れて、娘に声を掛ける。


「すまん、アレはお父さん達が絶対に何とかするから、お前は心配せんでくれ…」


しかし娘は俯いて黙り込んでいる。


「…お姉ちゃんとも約束しとるんや、こっちで面倒見るって…」

「ありがと…でも、もうダメかも…」


震え声で応える娘の瞳から、大粒の涙が零れていた。



───どういうつもりや、あのバカタレが。妹の幸せをぶち壊しにする兄がどこに居るんや───


娘達を見送ると、龍巳は険しい顔で階段の下に向かった。


「順平!下りてこい!」


しばらくして大罪人がのそのそと降りてくる。


「…ナニ?モウゴハン?」

「飯はまだや、ちょっとこっちに来い」


必死に怒りを抑えながら、息子を座敷に連れて行くと正座させる。


「…お前なんやアレ、養ってもらうってどういうつもりや」

「…」

「どういうつもりや言うとるんや!答えろ!」


怒りに任せて拳骨を落とすと、順平もべそをかきながら口を開く。


「オラノカゾクニナルナラ、オラヲヤシナウギムガアル!」

「あるわけないやろ馬鹿が!毎日働きもせずに妹に養ってもらおうなんて、恥ずかしいと思わんのか!」

「オラヲ、ヤシナエナイナラ、コッチカラ、オコトワリダデ!」

「どの立場から言うとるんや!妹が不幸になっても、お前は平気なんか!」


激昂し、もう一発拳骨を落とそうとした龍巳の腕に、急に立ち上がった順平がしがみ付く。


「なんやお前、急に…おい…おい、離せ!」


身体こそ順平の方が小さいものの、年老いた龍巳にはもう息子を簡単に振り払える力は残っていなかった。


「オラニモ、エラブケンリガアル!」

「あるわけないやろ馬鹿息子が!」


何とか息子を引き剥がすと、互いに肩で息をしながら睨み合う。


「バカムスコデ、ワルカッタナ!」


そう吐き捨てると順平は2階に駆け上がり、部屋に鍵を掛ける。


「降りてこい!順平!」


何度呼んでも2階からの返事は無い。


───私が何とかできなければ、間違いなくアレは娘達を食い物にする。ヒトの形をした寄生虫として、娘達の人生を蝕み続ける───


今まで目を背けて来たその事実を、今日はっきりと自覚した。


帰り際、「またいつでも遊びに来てくれ」と伝えた時の、今宮の虚ろな眼を、薄らと泣き跡の残る娘の頬を、龍巳は思い出していた。


「…ええ、またお邪魔します」


笑顔で応えてくれたその約束は、果たされることは無かった。

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