4 初めての公爵邸(2)
「さぁリユー行ってらっしゃい」
と何ともない風に言うアイラおば様に驚く。
私は自分を指さし「え?」と言うとアイラおば様の可愛らしいウインクだけがかえってきた。
私は戸惑いつつも先ほどのアイラおば様の様に木の幹に近づく。
すると徐々に木の幹が回転を始めた。
私は木の幹を見据えタイミングを見て中に入った。
襲い来る木剣を先ほどのアイラおば様のように避けていく。
避けながらふと思った。
「私ナイフなんて持ってないじゃん!!」
周辺を見渡し、使えそうな石を拾いながら木剣を避ける。
なんとか、めり込まないかなと思いながら石を丸の中に投げる。
手持ちの石がなくなったので気をつけながら木剣の届かない範囲まで離れた。
アイラおば様とアリアはパチパチと笑顔で拍手して迎えてくれる。
私は少し照れつつ、頬を両手で抑えながらみんなの元に戻った。
お母様は目をキラキラさせながら、私を抱きしめようと手を広げて待ってくれていた。
私はお母様の柔らかい体に抱き着いた。
「さすが私の娘だわぁ。まるで若いころのアイラみたい!!」
「ミレッタ。私だってまだまだ動けるわ!」
私を抱きしめながら頭の上で言い合いを始めるお母様たちをよそに私はベルを目で探す。
ベルは零れ落ちるのではないかというほど目を大きく見開いて私を見ていた。
私と目が合うとベルは顔を真っ赤にして俯いた。
私はお母様の腕から離れてベルに駆け寄る。
「ベル? どうしたの? お腹痛い?」
心配しながらベルを覗き込む私にアリアが私に抱き着きながら
「ベルはリユーがすごく素敵だったから恥ずかしくなっちゃったのよ」
とキャッキャッとはしゃぎ、ベルをからかうように言う。
「うるさいっ! アリア!」
顔を真っ赤にしながら怒るベルに私はさらに心配になる。
私は怒るベルの手を思わずつかんだけれど……。
「……俺……もっと鍛錬して……絶対お前を守るからっ!!」
そう言い私の手を振り払って、ベルは走り去ってしまう。
「あらまぁ」
というアリアの間の抜けた声に私はベルの行動がよく分からなくて首を傾げるしかなかった。
「リユー」「アリア」
と私たちを呼ぶお母様たちの声に二人で、小走りでお母様たちの元に戻る。
「リユー、アイラからお話があるからちゃんと聞いてね」
コクンと頷き、アイラおば様の方を向く。
「リユーちゃん。さっき何故、石を投げたの?」
「えっと……おば様はナイフを投げいてたけど、私は持ってなかったから……」
「真似しなきゃと思って木剣よけながら探したの?」
「はい……。元々、物を投げるのは得意だったから……」
「なるほどね」
怒られるのかと思い恐る恐るアイラおば様に返事をする。
おば様は優しい手つきで私の頭を撫でる。
おば様はお母様に
「じゃぁミレッタ、もうちょっとだけいい?」
と声をかける。
お母様は「もちろんよ」と返事をしていた。
しゃがんで私に視線を合わせたおば様が言う。
「もうちょっとあれで一緒に遊ばない?
ミレッタとアリアはすぐそこの観戦席で待っていてくれるから」
お母様の方を向くと、お母様は私に頷き「大丈夫よ」と合図をしてくれた。
「やりたいです!!」
好奇心が勝って不安もなく元気にうなずいた。
しばらくおば様と、いろんな速さで回ったり、逆回転を急にはじめたりする木の幹で遊んだ。
一緒におば様と飛んだり跳ねたり回ったりしながら遊んだ。
おば様は重そうなドレスを重さが無いみたいにくるくるとダンスのように回る。
もちろん全く汚れていない。
一方、私は何度か転んだり、木剣にかすったりしてしまった。
そのせいで汚れもあるし、服もところどころ破けてしまっていた。
おば様が、木剣の届かないところに移動して、私に手招きするのが見えた。
私も慎重に木の幹の回転から抜けだしておば様の元に行った。
「そろそろ疲れたでしょう?」
私は声にならない声で小さく「ハイ……」と答えることしかできなかった。
アリアが手渡してくれたタオルで顔の汗を拭う。
お母様がくれたレモン水を一気に飲んで息を整えた。
「どうだった? リユーちゃん?」
「楽しかったです!! またやりたい!!」
元気に答える。
私が拭い切れなかった汗をタオルで拭ってくれながら
「よかった」とすごく綺麗な笑顔でおば様は笑った。
汗と砂ぼこりで汚れた体を、公爵邸の客室で浴室を借りて落とす。
手伝おうとしてくれるメイドさんをお母様が断ってくれた。
お湯だけ溜めてもらって一人で入る。
サウス家に娘に迎えてもらってから、お母様とは時々お風呂に入るけれど、それ以外はいつも一人で入っている。
今日は知らない場所なのでお母様が髪を洗ったり、体を洗ったり手伝ってくれる。
私だけ服を脱いでいる状況がなんとなく恥ずかしかった。
「今日は楽しかった?」
「うん!! あんなに動いたのは貧民街に居たとき以来!!」
「貧民街の頃の話は、おばあ様の話しか聞いていなかったけど……。
何か危ないことでもあったの?」
「ん? 悪いことはしてないよ!
乱暴な人から猫を助けたり、人の物を盗んだりした人を下町で捕まえたりしてたの。
でも危ないことは無かったよ」
「……えーっと……あんな動きどこで覚えたの?」
あの頃、最初は変装無しでふらふら下町とか貧民街とか歩いていた。
でもある日、下町のばぁちゃんの薬を良く買いに来てくれるおじさんが
「そんな顔して、ふらふらしてたら危ない」
って変装の仕方教えてくれた。
それからは変装して遊ぶようになって……。
それから、そのおじさんが石の投げ方とか木登りの仕方とかいろいろ教えてくれるようになった。
ばぁちゃんが死んで、私を孤児院に連れて行ってくれたおじさんだ。
そのことをお母様に話す。
「なるほどね……この話アイラにしてもいい?」
別に隠すことでもないのでコクンと頷いた。
お風呂から上がってお母様に髪をタオルで乾かしてもらいながら、ソファでウトウトしていた。
するとノックの音とともに、アイラおば様とアリアが入ってきた。
おば様の手には赤いドレスがあった。
「ごめんね。私のせいでかわいいワンピース汚しちゃって……。
それに穴も開いちゃったわ……。
私が子供の頃に着ていたドレスを出してもらったの。
もしよければこれをプレゼントさせてもらえない?」
「リユーに似合うと思って私が選んだのよ!」
差し出されたドレスは赤に金色の糸で刺繍されたとても高価そうなものだった。
私は受け取っていいのか悩んでいると、お母様が私にニコッと微笑んでくれたので、おずおずと受け取った。
「さぁ着付けしましょう。
まだまだリユーちゃんに似合いそうなドレスいっぱいあるから。
おば様のお古だけど、これからも着てくれるとうれしいわぁ」
手を頬に添え、嬉しそうに私を見て微笑んでくれるおば様に私も嬉しくなった。
「今日は私の我が儘に二人を付き合わせちゃったしね。
リユーちゃんもおめかししたんだから、我が家で夕食を食べて行って。
もちろん男性陣も一緒に」
おば様の言葉に甘えて、私たちは公爵邸で夕食をいただくことになった。