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29 ベルとの初めての喧嘩



部屋で夕食を取る気にもなれなかった。

アリアとケーキを食べすぎたことにして着替えることもなくベッドの上に寝転びでボーっとしていた。


頭の中をぐるぐるするのは先ほど見てしまったベルと知らない女の人の姿。


そしてマリアお姉さまに言われた言葉。


『気づかない間に横から搔っ攫われちゃう事もあるよ』





部屋をノックする音が聞こえ

「リユー?」という今一番聞きたくない声が聞こえる。


返事もせずベッドでシーツにくるまっていると扉が開く音がする。


「寝ているのか? リユー」


そっと私に近づいてくるベルの気配に思わず体がこわばってしまう。

シーツにミノムシのようにくるまっている私を見つけてクスリと笑うベルの声が部屋に響く。


「リユー?」


私にベルの手が触れるその一瞬、私はシーツを勢いよくまくり上げ、ベルの手から逃れる。



驚いたように目を見開くベルに私は思わず

「さわらないで!」と叫んでしまう。



虚を突かれたように驚いたベルはすぐに私の言葉を理解したようだった。

ショックを受けたように驚いたベルの顔が私の目に映り、私の心も思わず痛みを覚える。


そんな自分勝手な感情に思わず苛立ってしまう。

けれどやはりベルの顔を見てしまうと夕方に見た女の人が頭をかすめる。


私はイヤイヤと子供のように首を振りながらなんとか言葉を口にする。


「お願い……今はベルの顔見たくない……」


「なんで……」


お互い絞り出すように言った言葉に、私は涙が出そうになるのをグッと歯を食いしばって耐える。

ベルはその場を微動だにしない。

ただ私に伸ばした腕が力なく体の横に滑り落ちるのが目に入った。


「どうしたんだリユー。急に……。

何かあったなら話を聞くから教えてくれ」


懇願するような目で私を見つめながら言うベル。

そんな初めて見るベルの表情に私の胸は引き裂かれるように痛む。


それでも……こんな理不尽で醜い感情をベルにぶつけたくなかった。

それにベルは実は本当は特別な人が居たことを……。

ベルの口から今は聞きたくなかった……。


「ベルには……ベルにだけは言えない。

お願い今日はベルの顔見られない……」


「…………分かった」


少しの沈黙の後、ベルは部屋からそっと出て行った。

扉が閉まる音と同時に私の目から涙があふれ出た。




そのまま眠ってしまったようで次の日、真っ赤に腫れた目のまま朝食の席に着いた。

お母様もお父様も、ものすごく心配してくれたけれど理由は言えないでいた。


ベルは朝食の席に来なかったが、朝早くに公爵邸のカラスの訓練場に朝練に出かけたようだった。

どうやって顔を合わせようかと思っていた分、思わずホッとしてしまいそんな自分がものすごく嫌になった。


理由を問いただすことなく、お母様は私の瞼を優しく冷やしてくれていた。

そのおかげでなんとか学園に通える状態になり、学園に向かうため馬車に乗り込んだ。

アリアが公爵邸で馬車に乗り込んできたが何も言わずにいてくれた。





学園で変装し気配を極力薄くして生活していたことを今日ほど良かったと思ったことはない。

昼食までに一度だけベルとすれ違ったが、もともとお互い接触を避けていたため話しかけられることもなかった。


それもいつも通りなのに、なぜか今日に限って胸が痛くなってしまった。

ただベルのもの言いたげな視線だけを感じた。

私はどうすることもできず俯いてその視線から逃れた。


アリアと秘密の東屋で昼食を約束していたので東屋に向かう。

アリアは先に着いていて私に気づいて駆け寄って来てくれる。


「リユー大丈夫?」


しっかり変装しているのにも関わらず、私が泣いたことを見抜くアリアに苦笑しつつ昨日の事を正直に話した。


「そっか……街でベルを見たこと言えなかったのね」


アリアの言葉に頷くだけで返事をする。

思わず昨日の事を思い出し泣きそうになる。

そんな私を軽く抱きしめてアリアが優しく言ってくれる。


「私がベルに事情を聞いてもいいんだけど……。

リユーは……それはしてほしくないでしょ?」


私が再び頷くと笑いながら

「頑固なんだから……」と頬を手で引っ張る。


「にゃにしゅるの」


頬を引っ張られているせいできちんと言葉にできなかったけれど、そんな私を見てアリアは声を出して笑う。


「自分でなんとかするってリユーが決めたなら私は見守るわ。

でも私はベルの幼馴染でもあるから、ベルのためを思ってこれだけは聞いて頂戴?」


手を放して私の肩に手を置いてしっかりと私を見るアリアの目を私もしっかりと見る。


「ベルの話もきちんと聞いてあげて?

もしそれでリユーが傷つくことがあれば私はリユーの味方よ?

一緒に泣いて、甘いもの一緒にいっぱい食べましょう?

でも今は一緒に泣いてあげない。

だから早くちゃんと話をしなさい」


アリアの優しさに昨日引っ込んだはずの涙がまた溢れ出してしまう。


「もう泣かないの」

といいながら私の涙を優しくぬぐってくれるアリアの手がほんのり暖かくてまた涙が溢れてしまった。


私の涙が止まるまでアリアは私のそばから離れず、何も言わず、ずっと涙を拭ってくれていた。



その日、ベルの話を聞こうと考えつつもなかなか勇気がもてずにのろのろと帰宅した。

しかしベルは屋敷に帰ってこなかった……。


お母様の話だと、どうやらクリストファーさんのところに泊まるらしい。

顔を見たくないと言ったのは私なのに、いざ避けられてしまうと傷ついてしまう。

どうしようもないこの相反した気持ちをなんとか押し込んだ。


私とベルの間に何かあった事を察しているお母様もお父様もミハエルお兄様も、特に何も言うこともなく普段通りに過ごしてくれた。

夜、就寝しようとしたとき、お母様が私の部屋を眠りに良いお茶を持ってきてくれた。


「私はあなたもベルも愛しているし信じているわ。

私の自慢の子供達だからね」


そう言って子供の頃のように額にキスを落としてくれた。



寝る前にそっと窓を開ける。


部屋の前の大きな木にはベルの鴉が止まっている。

こんな時にも私にカラスをつけてくれているベルに嬉しい気持ちとなぜ? という気持ちが入り乱れる。



そっと鴉を呼び寄せ、足に着いた筒に手紙を入れて鴉を飛ばした。



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