21 囮潜入調査(2)
嗅がされた何かはおそらく睡眠系の薬だろう。
私は人一倍、薬に耐性があったので全く効かなかった。
けれど効いているふりをして倒れこむ。
鴉が飛び立つ音と、音もなく着いてくる漆黒のカラスの気配を感じる。
しばらくすると馬車に乗せられ、ガタゴトと揺れる馬車の荷台で様子をうかがう。
おそらく御者をしているのは、先ほど私を攫った男のようで他には人の気配はない。
寝転びながら、私の上空に鴉が飛んでいるのに気づく。
それを見て安心感を覚えた。
馬車に揺られること30分。
古ぼけた屋敷に到着した。
男に再び抱えられ屋敷の中に連れこまれる。
予想とは違い、男は丁寧な扱いをする。
これは私が大事な商品だからだろうか……。
そのまま階段を降りていき部屋の扉を開け、手を後ろ手に縛られてベッドに寝かされる。
「まぁあと一時間は目ぇ覚まさねぇな」
男が独り言を言って、部屋をでていった。
そしてガチャンというカギが閉められる音がした。
男が部屋から離れていく足音を確認して私は目を開けた。
部屋はほぼ地下で壁の天井近くに柵がはめ込まれた空気穴から月の明かりが見える。
後ろ手に縛られた縄を一旦ほどく。
ドレスの下に隠していた手紙を柵の隙間に投げる。
少しすると鴉がちょこちょことやってきて手紙を咥えて飛んで行った。
ベルに無事であることを書いた手紙を鴉が咥えて飛んで行ったことに安心した。
しばらくすると、鴉が私のガーターベルトを加えて飛んできた。
二羽のカラスが一つずつ柵から落としてくれる。
確認すると手紙が挟まっていた。
『無理するな。そして俺が近くにいることを忘れるな』
と書かれていた。
ベルの字だった。
心に残っていた少しの不安が吹き飛び、私はゆっくりと息を吐く。
一旦、ベッドの下にガーターベルトを隠す。
そして再び自分で自分を後ろ手に縛りベッドに寝転ぶ。
しばらくすると先ほどの男が部屋に入ってきた。
「おい。そろそろ起きたか?」
「頭がぼーっとするんだけど……」
「あぁ少し道を覚えられないように眠ってもらっただけだ。
体に影響はない薬だから安心しろ。
とりあえず、腹減ったろ? 食え。
説明は明日するからとりあえず今日は食ってすぐ寝ろ」
そう言って私を縛っていた縄をほどく。
男はパンと冷めたスープと水差しに入った水を置いて出て行った。
特にお腹はすいていない。
しかしそのまま残しておくと疑われると思い、少しだけ口にすることにした。
パンにもスープにも水にも毒や薬物が入っていないことを確認して半分ほどパンとスープを食べた。
そして早々にベッドに入った。
次の日、昼過ぎごろにまた昨日の男が部屋に入ってきた。
「お前、食が細いのか? もっと食えよ。
とりあえずこれ食いながら話を聞け」
思わぬ心配に驚きながらもおとなしく食べ始める。
「痛いことも汚いこともしないんじゃなかった?」
恨みがましい目で男を見ると笑いながら話し出した。
「やってねえだろ。痛いことも汚いことも。
ベッドもあるし、トイレも連れて行ってやってるだろ?」
「確かに……じゃぁここは私を買った金持ちの家ってこと?」
違うことを分かっていて、あえて口に出した。
「ちげーよ。これからだよ。
二日後にあるオークションでお前のご主人様が決まるさ」
「そのご主人様次第では痛いことも汚いこともすることになるかもしれないじゃない」
私の言葉に男は少し考えるそぶりを見せる。
「それりゃぁそうかもなぁ。
それは俺にはわかんねぇわ。
俺は攫って面倒見るだけだからな」
「私以外にもここにはいるの?」
「おう。ガキが3人と女がお前入れて5人だな」
お兄様が言っていた人数と一致する。
「へぇー」
適当に返事しながら渡されたサンドイッチに口をつける。
「まぁ、オークションまでは丁重に飯も風呂もトイレも俺が面倒見てやるよ。
他の奴らは、俺じゃないやつが攫ってきたやつだからな。
そいつらが面倒見るから、俺はお前の担当だ」
「まぁせいぜい私がいい値で良い奴に買われるように面倒見てよ」
私の言葉に大笑いしながら「そうそう」と付け足す。
「お前好きな色とかあるか?
一応オークションに出る日に着飾ってもらうからな。
ドレスとまではいかねぇが街娘がめかしたくらいの服は準備してやる」
「赤……」
「分かった。赤な。いいじゃねぇか。
いい値で売れてくれりゃそれくらいならすぐ回収できるからな」
そう言いながら「また夕食持ってくるわ」と言って出て行った。
まぁ悪い奴なんだけど、悪い奴ではないな。
扱いも悪くないし、食事に毒も薬物も入っていない。
確かに商品だから傷つけたりはしないだろうと確信できた。
ベッドの下からガーターベルトを取り出し念のため装備しておく。
そしてそこからカラス専用の紙とペンを取り出しベルに手紙を書く。
『二日後のオークション。商品として出品される。私は無事』
それだけ書付けまた柵から紙を投げる。
鴉がその手紙を咥えて飛んで行った……。
ベルと鴉伝いに手紙を数度やり取りしながら二日が経った。
その間、男は食事を持ってきたり、浴室やトイレへ連れて行ったりと意外にもきちんと面倒を見てくれた。
他の誰とも会うことは無かった。
人の気配は感じていたので地下に何人か軟禁されているのだろう。
叫び声や泣き声が聞こえないとみると全員私と同じように丁寧に扱われているのだろう。
そんなことを考えていると男が部屋に入ってきた。
「今日の夜にオークションがあるから、お前の入浴の時間は今からだ。
化粧品とかも準備しといたから自分で準備できるよな?」
私はコクリとうなずいた。
そのまま浴室に連れて行かれ、渡された香油や石鹼で久しぶりに髪や体を洗った。
来た時につけていた下着をつけ、渡されたバスローブを羽織る。
下着は自分で入浴の時に洗っておいた。
下着にも武器を仕込んでいるから今日、着られるようにしておいた。
外に出ると男が煙草をふかしながら待っていた。
「お待たせ」
「攫われた奴が攫ったやつに言う言葉じゃねぇよ」
男はそう言いながら笑い、私の頭を雑に撫でる。
「部屋に服、準備しているから着替えろ。
残念ながら逃亡防止にあっちに着くまで靴は履かせてやれねぇ。
そのスリッパ履いとけ」
「分かった」
私はおとなしく了承した。
部屋に戻るとベッドに真っ赤なワンピースが準備されていた。
あの時に赤と言ったのは失敗したなと思う。
もし暴れることになったときに目立つ……。
でももう取り換える時間もないだろうしと、おとなしく着ることにした。
着てみるとそこそこいい生地のようで軽い。
スカート丈も膝なのでドレスよりも断然動きやすそうだった。
両太ももにガーターベルトを取り付ける。
胸の下から広がっているデザインだったため暗器も目立たないので安心した。
しばらくすると男がやってきて両手を後ろで縛られて連れ出される。
抱えて運ばれるのではなく、腰に回した縄を男が持ってスリッパのまま自分で歩けることにほっとした。
馬車に乗る前に目隠しがされる。
馬車に乗ると人の気配がしたので、おそらくほかの商品になる人も乗っているのだろう。
しかし誰も喋ることもなく馬車のガタゴトという音だけが響いていた。




