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20 囮潜入調査



お兄様に見せてもらった報告書によると、見目の良い孤児がよく姿を消しているそうだ。

そして花街の娼婦も消えているらしい。


高級店ではなく、安価なお店や道端に立ち自分で客を取っている娼婦が消えているらしい。

お兄様の考えでは、これが裏オークションに繋がっているのではないかということだ。


さすがに、孤児になりきるには髪の艶や肌や体形で難しいということで娼婦に変装することになった。


一応、公爵家が裏で経営しているクォーツの高級クラブのお姉さまたちから、ご指導は頂いていた。

けれど自信が無かったので、再度アリアに日々、確認してもらっていた。


学園から帰って毎日そんなことをしていると、あっという間に1週間が経っていた。





その間ベルとお兄様は花街に向かい、手ごろなお店を選びカラスにそこを買い取らせていた。


これはクォーツ側の指示で、未成年の私を潜入させるために、花カラスを数人紛れ込ませるためだった。

このままこのお店は維持して、グロリアの情報を得る場所として今後も利用するそうだ。


わざわざクォーツから人員を送ってくれ、私が客を取らないように責任者を花カラスのお姉さまに入れ替えてくれた。



私が、潜入予定日が明日と迫った日、既にグロリアに入国していた花カラスのお姉さまが挨拶に来てくれた。

私とアリアが対応することにして、お姉さまが待っている応接室に向かった。




応接室に入ると男の人のように短いショートヘアの美女が座ってお茶を飲んでいた。


「ようこそいらっしゃいました。

急がせてしまって申し訳ありません。

わたくし、マグネ公爵家娘、アリアと申します」


「私のためにご尽力いただきありがとうございます。

わたくし、サウス子爵家娘、リユーと申します」


2人で美女に向かって丁寧に淑女の礼をする。

美女は立ち上がって私たちの方を向く。


「お呼びいただきありがとうございます。

わたくし、クラリッサお姉さまの愛弟子。マリアと申します」


ものすごくきれいな淑女の礼だった。

アリアが座るよう勧め、私たちもマリアさんの正面に座る。


「お嬢様方、私に丁寧な口調は不要でございます。

私の事はマリアとお呼びください」


マリアさんの口調もお茶を飲む姿も淑女そのものであるが、なぜか妖艶な姿に見えてしまう。


「マリアお姉さまとお呼びしても?

私の事はリユーとお呼びください」


私の言葉に嬉しそうに少女のような笑顔で

「嬉しいですわ」と言ってくれる。


「私の事はアリアと呼んでください。

それでは今回の任務の詳細をすり合わせましょう」


アリアの言葉にマリアお姉さまは頷く。



「えぇそうですね。

今回は春を売るお店になりますので……。

クォーツからも私以外は経験者。

なおかつ春を売ることを承諾したカラスを連れてまいりました。

いきなり全てスタッフを入れ替えるのはさすがに怪しすぎます。

けれどこれからの事を考え徐々に入れ替える予定です。

そして今回のリユーさんの任務に関する部分ですが、私が店舗の責任者となります。

決してリユーさんの貞操が危険にさらされる状況にはしません。

リユーさんは目立たないように毎日店舗に来ていただき、私がお手伝いをしてそれっぽく見えるようにします」



「それっぽく?」



私の疑問に妖艶に微笑みながら人差し指を唇に当てて

「それっぽくです」

というマリアお姉さまに少しドキッとする。


「毎日、リユーさんに来ていただくのは店舗の営業時間の終了一時間前におねがいいたします。」


「一時間前でいいんですか?」


驚く私に笑いながらマリアお姉さまが答えてくれる。



「えぇ。

未婚のしかも未成年の女の子に長時間、春を売るようなお店に居てほしくないわ。

いくら任務のためとは言えよくないものはよくないから。

リユーさんはただ来て、変装して少し花街を歩いて帰るという日々を送ってもらうつもりです」



アリアは話を聞いて

「よかった……」

とつぶやいていたのでかなり心配してくれていたのだろう。



「人さらいにあったという人物のリストを確認しました。

情報収集の結果どのような人物が狙われるかの傾向もとっていますので……。

数日中には誘拐されることになると思います……」



マリアお姉さまも言いにくそうに話す。

私はアリアとマリアお姉さまに笑顔で

「大丈夫です」と笑顔で答える。


「くれぐれも……。

くれぐれもリユーをよろしくお願いいたします……」


アリアが頭を下げる。

それに驚いたように両手を顔の前で振りながらマリアお姉さまが言う。



「もちろんです。

大切なお嬢様が大丈夫なように、できるかぎりサポートさせていただきます。

漆黒のカラスも数人常にお店に待機する予定です。

リユーさんが攫われても必ず漆黒のカラスがついていきます」



アリアが納得したようにやっと微笑みを見せてくれた。

私が囮潜入の任務をすることが決まってから、なかなか笑ってくれなくなった。

それはお兄様もベルもだ。


アリアの安堵したかような微笑みを見て少し安心した。




マリアお姉さまを見送って部屋に帰る。

明日から始まる任務に

「上手に攫ってもらえるかな?」

という不安を感じる。


それがおかしなことだと気づき一人でクスクスとしながらも眠りについた。





学園が終わり、急いで屋敷に戻り軽く仮眠をする。

深夜、ベルに付き添ってもらって花街まで行くようになって3日経った。


屋敷からは私とベルは少し古いローブを深めにかぶり、花街の娼館の裏口からこっそりと入る。

ベルはカラスの待機室に行き、花街で情報収集しているカラスから情報を受け取る。

そしてその情報を鴉に持たせてを飛ばす。


私はマリアお姉さまに変装を手伝ってもらう。

安っぽいドレス。

裾は少しほつれていたり、汚れていたりする。


髪はあえて水だけで香油を洗い流し、パサつかせるように乱暴にタオルで拭いて乾かす。

その髪を一つで三つ編みに大雑把に結い肩から前に垂らす。


目もとは隈をうっすらと描き、アイラインを垂れ目に見えるようにかく。

口元にほくろを書き唇だけはやたらと真っ赤な口紅を塗る。


初めてこの口紅を塗ったときあまりに驚いてマリアお姉さまに聞いた。


『下層娼婦ほど、口紅は真っ赤に塗るのよ。

上級娼婦は良いお化粧品を使えるけれど、下層娼婦が買える化粧品なんてたかだか口紅で精いっぱいなんだから』


知らなかった知識に納得した。

確かに下層娼婦と思われる女性ほど唇は真っ赤に塗ってある。




「これでよしっ」

マリアお姉さまに準備を手伝ってもらう。

その後、毎日少しだけお話をする。

その時間が私は結構好きだ。

お茶を準備してもらい温かい毛布を肩にかけてもらう。


「ねぇ。いつも一緒に来ている男の子はサウス子爵のご子息?」


「はい。次男のエイベルです」


「リユーは養女なんだよね?

エイベル君のこと、どう思っているの?」


思ってもいなかった質問に思わず目を見開いた。


「やだっ! 何も考えたことないですって顔ね」


声を出しながら笑うマリアお姉さま。

私は何と言っていいか分からず黙り込む。


「少しだけ私の昔ばなし聞いてくれる?」


私はマリアお姉さまを見て頷く。

マリアお姉様は懐かしむように話し出した。


「私は昔、貴族令嬢だったのよ」


その言葉に驚いたと同時に納得もした。

仕草や所作があまりにも綺麗なのだ。

高級クラブのお姉さまたちも綺麗なのだがマリアお姉さまは少し違う。

体にしみ込んだ動きをしているように感じるのだ。


「あら驚かないのね?」


「はい。仕草が体にしみ込んでいる動きなので、おかしくないことだと思いました」


「なるほど。あなたもカラスだものね。……続けるわね」


その言葉に小さき頷きマリアお姉さまの話を静かに聞く。



「昔ね、私は婚約者のいる人が好きだったの。

好きだった……のかな……。

その婚約者の令嬢は仮の婚約者で、私が本当の婚約者だという大人の話を鵜吞みにしていたの。

私は無茶苦茶なことをしたわ……」



悲しそうに眉根を下げて笑いながら話し出すマリアお姉さま。

いつも背筋がしっかりと伸びて堂々とした雰囲気のマリアお姉さまとは違う。

切なそうな、過去を憂う雰囲気が漂っている。



「私は自分の目に映る事実を信じなかったの。

自分の都合の良いように大人の都合の良いように言われた言葉を信じたの。

でも実際はその令息は婚約者の事が大好きで、令嬢は自分が愛されていることをなかなか気づかなかったの。

でもその令嬢は愛されていることにやっと気づいて二人は相思相愛。

私はそれが認められなくて悪いことをしたわ……。

それで罪が暴かれた私は親から捨てられたの。

まぁ私を利用していた大人たちも、罪が公にされて我が家は没落したって話なんだけれど」



吹っ切れているように笑いながら話すマリアお姉さま。

私は何と言って良いか分からず黙り込むしかなかった。



「何が言いたいかって言うと……。

私は搔っ攫えなかったけど、気づかない間に横から搔っ攫われちゃう事もあるよって話。

もしエイベル君にベタベタする女の子が居たらどう思う?」



その言葉に思わず眉間に皺が寄る。

私のそんな顔を見て声を出して笑いながら、私の眉間に指をあててくる。



「ちゃんと考えなさい。

人の気持ちは永遠ではないのよ。

もちろん永遠に続くこともあるだろうけれど……。

掴めるうちにつかまないと後悔するわよ」



私の眉間をぐりぐりしながら言う、マリアお姉さまの笑顔はものすごく綺麗だった。





扉がノックされてベルが顔を出す。


「リユーそろそろ時間だ」


ベルから声が掛けられて、毛布をマリアお姉さまにお返しする。

するとマリアお姉さまがストールをかけてくれる。


「しっかりと巻き付けときなさいね」


毎日そう言って優しく部屋から見送ってもらう。

マリアお姉さまの部屋を出て扉を閉めると、ベルがしっかりと抱きしめてくれる。


「今日も花街の入口で待っているから。

俺の鴉をきちんとつける。

頼むから無理しないでくれ」


ささやくように言うベルに私は、今日はそっと腕を回してみる。

ベルがビクリと一瞬反応する。


「私は大丈夫。いつも準備万端だから」


そう言って離れるとベルは心配そうに緑の瞳を揺らす。

思わず背伸びをしてベルの鼻にキスしようとした。

しかし届かず喉元にキスしてしまった。


「え……? なんで……?」


動揺するベルに私も自分の行動に驚く。


「なんでだろう……?

あっ口紅ちょっとついちゃった。ごめん」


「あっ……いや。うん……」


お互い歯切れが悪い返答になり、無言で裏口に向かって歩いて行った。






花街の裏通りをゆっくりと歩く。


「今日も客つかなかった……」


マリアお姉さまに言われたセリフを言いながら歩く。


『人攫いが狙っているのは、客の取れない幸の薄そうな独り身の女よ。

居なくなっても探す人がいないような人間が狙われているわ』


とのことだったので、マリアお姉さまから教えられたセリフをいろいろ呟いてみる。


「あぁ……そろそろ食べるものも厳しい……」


つぶやいた時、酔っ払いに肩を掴まれる。


「おい。ねぇちゃんいくらだよ」


その瞬間、鴉が酔っ払いに向かって威嚇するようにつつきだす。

これも外れか……。

ベルの鴉がただの酔っ払いや買春目的の者は攻撃をする。


「きゃー」

わざとらしく逃げ出したその時、後ろにいた人にぶつかってしまった。

ずっと気配を感じていた人物だった。


「おや。姉ちゃん娼婦かい? 稼げてないみたいだね」


かかった!! とおもいながらも冷静に答える。


「あぁそうだよ。ぜんぜん稼げてないけどなんだい?」


「いや。姉ちゃん磨けば光る美人なのにもったいないよ。

もっと高く自分を売らないか?」


「痛い事や汚いことはできない」


「そんなことないよ。金持ちの相手をするんだよ」


その言葉に確信をもって私は話に乗る。

鴉もこの男を襲わない。


「なんだい? よさそうな話だね」


「そうだよ。ちょっとあっちで話そうか」


「分かった」


男に誘導され、さらに奥まった道に入ったとき口に布が当てられ何かをかがされた。



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