413話:罠
ミランダは七五一レベル。こっちの世界じゃ高い方だけど、一二〇六レベルの奴が俺に手も足も出なかったことは、こいつだって知っているだろう。
死を覚悟してやって来たのは本当か、それとも俺が人を殺さないとタカを括っているのか。まあ、どっちでも構わないけど。
「とりあえず、話を聞くから座れよ」
ミランダが言ったように、俺は覚醒者対策課を監視している奴らを誘い出すために、武明と花蓮と一緒に居酒屋で飲んでいた。覚醒者対策課を監視することを止めさせるためだ。
「ありがとう、助かったわ……ホント、生きた心地がしなかったわよ」
そんなことを言いながら、ミランダは全然緊張した様子がない。俺の隣に座るときに、さりげなくボディータッチして、わざと胸の谷間が見えるような姿勢で座る。
テーマパークに行ったときに、みんなと一緒だったからか、どうやら俺はこっちの世界でも、女好きだと思われているみたいだな。
「ウザいから最初に言っておくけど、俺にハニートラップは通用しないからな。次に同じような真似をしたら、そこで話は終わりだ」
「あら、残念……貴方の見た目は好みだから、あわよくばと思っていたのに。じゃあ、早速本題に……だけど、その前に喉が乾いたから、私も飲み物を注文させて。ねえ、この店はどうやって注文するの?」
タッチパネルを渡して軽く説明すると、ミランダはビールを大ジョッキで注文する。
「日本のビールはビッグで良いわね……うん、冷えたビールは最高ね!」
完全に寛いでいるように見える。腹の中では何を考えているか解らないけど。
「アリウス、単刀直入に言うわ。米国は貴方の世界……国と言うべきかも知れないけど、要は平和条約を結びたいと思っているの」
それなりの数の奴を向こうの世界に連れて行ったから、米国は異世界の存在を信じたってことか。本気で信じていないとしても、俺と交渉するために、異世界の存在を否定しない方針みたいだな。
「そっちが干渉しないなら、こっちも手出ししないって言った筈だ。つまり文書という形で残したいってことか?」
「察しが良くて助かるわ。細かい内容は後で詰めるとして、相互不可侵と有事の際にお互いに協力する方向でどうかしら?」
「相互不可侵は構わないけど、協力するのは無しだ。俺にメリットがない」
「米国が協力すると言っているのに、メリットがないって断るなんて、さすがはアリウスね。だけど、良く考えてみて。幾ら貴方が強くても、個人にできることは限られている。力だけで全て解決できる訳じゃないわ。これからも貴方がこの世界で活動するなら、米国の協力を得るのは大きいわよ」
「何度も言わせるなよ、俺には必要ない。そんなことより、覚醒者対策課を監視するのを止めろ。俺と連絡を取る手段ができれば、その必要はないだろう」
「そうね。貴方と連絡できる段があれば、監視を止めても構わないわ」
「『伝言』をお互いに登録すれば済む話だろう」
「貴方が異世界にいるときも『伝言』が伝わるのかしら?」
「ああ、問題ない。俺が言ったことが嘘だったら、監視を再開しても構わない。その条件でどうだよ?」
「私だけじゃ決められないから、ちょっと失礼するわね」
ミランダはスマホを取り出して電話を掛ける。
「アリウス・ジルベルトと連絡を取る手段を確保したわ。覚醒者対策課の監視を止めることが条件だから、直ぐに部隊を撤収させて。米国の協力は拒否されたけど、相互不可侵条約を結ぶ約束は取りつけたわ」
ミランダが電話を切った直後、俺の『索敵』の範囲内にいる覚醒者対策課の連中を監視していた奴が離れていく。只のポーズかも知れないけど、直ぐに動いたことは評価できる。
「条約の条文は明日までに作るから、そこにいる二人のどちらかに届ければ良いかしら? それとも『伝言』で直接伝える?」
「『伝言』で送ってくれ。俺の問題に、これ以上他の奴を巻き込むつもりはない。あとで改ざんしても、書面に納得しなかったらサインしないからな」
「あら、そんな姑息な真似はしないわよ。条約を結ぶ相手は何て書けば良いのかしら? 貴方の国と、国の責任者の名前を教えて」
「『自由の国』の国王アリウス・ジルベルトと書いてくれ。これでも俺は国王なんだ」
「アリウスが王様なの? それは失礼したわね。それにしても『自由の国』って、素敵な名前じゃない。米国の同盟国にピッタリじゃない。
ハンク・ローランド大佐が――貴方に手も足も出なかった米国の最高戦力の一人だけど、荒野で戦ったって言っていたわ。まさか荒野が国って訳じゃないわよね?」
「勿論。殺る気満々の奴らを自分の国に連れて行くほど、迂闊じゃないからな。米国が本気で相互不可侵条約を結ぶつもりなら、俺たちの国に連れて行っても構わないよ」
「それは是非お願いしたいわね。異世界って言われても、正直、自分の目で見てみないとピンと来ないのよ。できれば、今直ぐにでも行きたいくらいだわ」
ミランダの狙いは、こっちの情報を掴むことだろう。さっきから思惑が透けて見えるけど、本気で隠すつもりはないみたいだな。
「武明と花蓮が良ければ、俺は構わないよ」
俺は二人の方に向き直る。
「二人とも、今日は付き合ってくれてありがとう。話はついたけど、この後はどうする? 二人が構わないなら、俺は今からミランダを向こうの世界に連れて行くけど」
「日本を出し抜ぬいて、米国が条約を結ぶことは遺憾だが、即断即決など日本に真似できることではないな。我々の役目を果たしたなら、異論を挟むつもりはない」
「私も紫堂課長と同じです。アリウスさんのお役に立てたのなら嬉しいですが、私たちに気を遣わないでください」
そう言うなら、言葉に甘えさせて貰うとするか。自分たちが払うと言う二人を、こっちが誘ったんだからと説き伏せて、居酒屋の支払いを済ませる。
店を出ると、俺は『異世界転移門』を発動した。




