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空使いとアルカンシェル  作者: 天瀬 智
第三章 疾風の来訪者
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第二話 嵐の前の静けさ(7)

 校舎から東屋のある広場へと出たカームが、すぐに足を止める。

「ちょっと、急に立ち止まってどうしたのよ?」

 背中にぶつかってしまったフィリスは、訝しげに覗き込んだ。

 グシャ――と、紙袋の縁を掴むカームの手が、強く握りしめられる。

 そして、何も言わずカームは踵を返し、校舎へと戻ってしまった。

「まったく、一体なにを――」

 と言ったところで、目の前の光景に、フィリスも言葉が止まってしまった。

 東屋のひとつ――そこで昼食を楽しんでいる見知った五人。

 そして、そのうちのひとり――今朝知り合ったばかりの風子が、立ち上がってテーブル越しにソラへと手を伸ばし、その指先をソラの口元へと触れさせ、さらにはその指を自分の口へと持っていったのだ。

(あらあら……)

 あんな光景を目の当たりにしてしまっては、さすがのカームも謝る気が失せてしまうのも無理はない。

 だが、それはそれで、カームの不機嫌が続くのもよくない。

(仕方ない。ここはひと肌脱いであげるとしますか)

 テーブルを囲む五人は、一年生という横の繋がりがある。

 その点でいうと、カームとフィリスは、なかなかあの輪の中に入りにくいのだ。

 だから、こういったとき、カームの理解者は自分ひとりとなる。

 だったら、ここはカームの味方をしようではないか。

 溜息ひとつ吐き、フィリスはカームを追うようにして踵を返すのだった。


            ※


「まったく、キミは行儀が悪いな」

「ありがとうございます」

 そう言いながらも、口に含んだそれを噛みしめる風子の表情は、どこか弟を見ているような慈しみがあった。

「この米粒ひとつにも、命は宿っているのだぞ」

「はい」

 笑顔で返事をするソラ。

 おにぎりを食べ終わったところで、風子に「口に米粒がついているぞ」と言われたのだ。

 手探りで掴もうとしたソラに、「私が取ろう」と言うや否や身を乗り出して米粒をとってくれたのだ。

 その米粒を自分の口に含んだのには少し驚いたが、当の本人が気にしていない様子だったので、ソラも何も言わずにいた。

「な、なぁ、今のって……」

「お、落ち着きなさい。ただの親切心よ。そうに決まってるわ」

「でも、いい雰囲気かも」

「こら、クリス。カーマイン先輩に失礼でしょ」

「えっ、やっぱりカームさんって、ソラのことが……」

「これが噂の三角関係ってやつか」

「茶化さないの、レイ。とにかく、このことはカーマイン先輩には秘密よ」

 向かい合うソラと風子の傍らで、指先を唇にあてがって口止めするエラに対し、頷くレイとクリス。

 それがまったく意味のないことなど、本人たちが知る由などなかった。


            ※


 逃げるようにして校舎内の廊下を歩くカーム。

 大人げない、大人げない、大人げない。

 さっきの自身の行動に、自分でも信じられない思いでカームは自分自身を叱咤していた。

 まるで自分が自分じゃないような感覚。

 二人のやりとりを見た瞬間、カームは頭がカッとなって、思考がまったく回らなくなって、だけど目の前の光景をこれ以上見ていたくなくて、気がつけば来た道を戻るように廊下を歩いていた。

 だが、行くあてなどなく。今週に限っては、午後の予定も自主練となっている。

 学長であるミュール・ミラーの提案により、午後の実技で風子が実演を披露し、そしてそれにエレメントが使えないでいるソラも立ち合うことになっているのだ。

 本当は、すぐ近くで風子の実力を改めて見るつもりだった。

 だけど、こんな状況ではそれもできなくなってしまった。

「はぁ……」

 溜息が漏れ、他の生徒がいなくなったところで立ち止まり、壁にもたれかかる。

 今の自分は、あまりに小さい。

 器が小さすぎて、おそらくは何でもないはずなのに、それを特別なことを勝手に決めてしまって、二人から遠ざかってしまった。

 そう、カームは逃げてしまったのだ。

 追求すれば、真実は分かったかもしれない。

 だけど、それをしようともせず、カームは立ち去ってしまった。

 自分は、こんなにも弱い人間だっただろうか。

 誰だって構わず、自分自身を貫いてきたはず。

 それなのに、ソラと出会ってから、こんなにも自分は心をざわつかせるようになってしまった。

 今の自分も嫌いではない。

 だけど、得たものと失ったもの――それを考えると、今の自分よりも、前の方がよかったのではないか、とそんなことを考えてしまう。

「カーム」

 背後から呼びかけられ、カームは肩越しに振り返った。

「まぁ、なんてだらしない顔をしてるのよ」

 両手を腰に当て、大きく肩を上下させて溜息を吐くフィリス。

「あのときの意気込みはどこへいったの?」

「うるさいわね、関係ないでしょ」

「関係なくはないわ。あなたは私に助言を求めた。私はそれに答えた。そして、それに対し、結果を見届ける義務がある」

「そんな大げさな……」

「大げさでもなんでもいいのよ。私はね、これでも応援してるのよ、二人のこと」

「そう……なの?」

「ええ、私はあなたとソラの行く先を見届けたい。私は、あなたが【虹使い】になると宣言して見せたときからずっと、信じているのよ。このカーマイン・ロードナイトならば、必ず実現して見せるだろうって。そしてソラが入学してきて、二人が出会って……私はね、陳腐な言葉になるけど、二人の出会いは運命だって思ってるの。あなたとソラは、出会うべくして出会った。だから、あなたは絶対に【虹使い】になるんだって」

「フィリス……」

「あっ、もちろん、恋愛方面も応援してるわよ」

 真剣な表情から一転しておどけてみせるフィリスに、カームも苦笑するようにして表情をゆるめた。

「まぁ、東雲風子との関係についてはあれだけど、ソラが心置きなく決闘とやらに挑めるように、前日までには必ず二人きりで話しなさい」

「そうね。そうするわ」

 素直に頷くカーム。

「そういえば、午後から風子が実演をしてみせるのよね。カフェテラスから高みの見物と洒落込もうかしら?」

 ニッと笑むフィリスに、カームは仕方がないとばかりに付いていくのだった。


            ※


 午後の実技は、風子による刀使いの技を披露してもらうことになっていた。

 横に広がるようにして生徒たちが立ち並ぶなか、背の低いソラとクリスは、エラとレイの前に立っていた。最前列の真ん中――特等席だ。

 そして、みんなの視線を受けて向かい合うようにして立つ風子は、堂々としていた。服装を、昨日の道着と袴に替え、帯に差された刀が全員の注目を集めている。

「まず、私たち東雲について」

 全員に、ともすれば校舎にいる人たちにも聞こえるくらいに芯のある声が響く。

「東雲が生まれたのは何百年も前で、元々は刀を造る刀鍛冶であった。そのころはまだ風のエレメントもなく、島国の人々は純粋に刀だけを使っていたのだ」

 風子が左手で鞘を掴み、右手で刀の柄を握る。

「これが、その刀だ」

 そう言って、ゆっくりと刀身を抜き、切っ先まであらわにすると、それを上にするようにしてみんなに見えるようにした。

「このひと振りの刀を造るだけで、半月は要する」

 その言葉に、生徒たちがほんのりざわめくのをソラは聞いていた。

「刀を造ることができる者は、東雲のなかでも極一部で、故に、その才能に恵まれた者には、なに不自由ない一生を保証されたと言われている。その代わり、その身を生涯、刀鍛冶として東雲に捧げなければならなかったのだ。それは、その技術が外部へと漏れないようにするため、そして東雲という名を絶対のものにするため。一方で、刀使いの方は、門を開き、才能ある若者を多くつどった。それから長い月日が流れ、人々にエレメントという新しい力が生まれたのだ」

 風子が刀を振り、腕を伸ばして刀を水平に保つ。

「東雲は、いち早くそれを取り入れ、そして、自身に風のエレメントを付与させることで、身体能力を著しく向上させたのだ」

 こういう風に――と風子が言うや否や、

「消えた!」

 と後ろからレイの驚く声が聞こえた。

「消えたのではない」

 風子の声が、後ろから聞こえた。

 全員が一斉に振り返るなか、ソラだけは少し顔を向ける程度で、すぐに前へと戻した。

「こっちだ」

 全員が振り返ったと同時、風子が元の場所へ戻っていた。

 後ろを振り返っていた生徒たちがまた元に戻るまでの間、正面を向いていたソラは、風子と視線を交わしていた。

 誰もが風子の声に振り回されているなかで、ソラだけは風子の動きが見えていた。

 そのことに風子も気づき、フッと口元に笑みを浮かべて見せた。

「と、このように体の移動速度を上げることができるのだ。私が移動しているのが見えたか?」

 レイやクリスが首を振るなか、エラを含めた数名が手を挙げていた。

「あの、風子さんの姿は見えませんでしたが、風のエレメントの痕跡がうっすらと見えました」

「うむ。おそらく、いま手を挙げているのは、出身が風の国の者だろう。先天的に風のエレメントの恩恵にある者は、風の痕跡を感覚的に感じ取ることができるらしい」

「どういう意味だ?」

 レイが身を屈め、ソラの耳元で呟く。

「えっとね」

 と説明しようとすると、クリスも耳を近づけてきた。

「例えばだけど、料理を持って移動すると、最初の地点から料理は消えているけど、匂いはしばらく残るでしょ? その匂いが、風子さんの言う風の痕跡なんだ」

「なるほど……な?」

「そっか」

 首を捻るレイに対し、クリスは何度も頷き、納得している様子だった。

「これによって、東雲はひとつの極致に辿り着いた。それは、今の東雲にとって絶対となった言葉――『最速こそ最強』なのだ」

 風子が刀身を鞘へ戻す。

「火も、水も、そして大地さえも、風の最速には勝てない」

 そして、風子はみんなから見て体を横に向けた。その風子の正面には、立てられた一本の丸太があった。

「今からお見せするのが、大陸最強と言われた【神風かみかぜ】と同じ技。その目で、肌で、大陸最強と言われた理由を味わってもらおう。では――」

 場の空気が変わった。

 風子が柄を掴み、腰をわずかに下ろす。

 足も左を出し、体勢を低くする。

 そして、風子の全身から緑のオーラが溢れ出すと、全員が固唾を飲み見守るようになった。

「我が東雲流抜刀術における一ノ太刀(いちのたち)にして極ノ太刀(きわみのたち)。それが――」

 ふっ、と風子が消えた。

二ノ太刀不要(にのたちいらず)

 そして、別の場所から声がした。

 その方向へみんなが視線を向けようとしたところで、間にあった丸太が斜めに真っ二つに斬れ、上の部分が地面に落ちた。

 そして風子は瞬きするよりも早く、丸太を越え、その向こう側へと移動していたのだった。

 消える前は刀を抜いていなかったのに、移動後には刀を抜き放っていた。

「これが、東雲の刀使いの技だ」

 構えを解いた風子が、納刀し、みんなに向き直る。

「うおおおっー、すげー!」

 ソラの後ろから喝采が響いた。

 レイが両手で拍手をし、大げさなほどに声を上げていた。

 それに釣られるように、他の生徒たちも拍手をしたり、顔を見合わせて「凄い」だの「見えなかった」だのと感想を言い合っている。

「ソラは今の見えた?」

 隣で拍手をするクリスが、前を向きながら訊ねてきた。

「ボクは見えたよ。クリスは感じた?」

 その言葉に、クリスが少しだけ目を見開き、

「やっぱり、ソラはすごいね」

 そう言って、ほのかに笑んで見せた。

「私にはなにも見えなかった。本当に、一瞬だった。でも、感じた。この大地を通じて、風子さんが移動しているのを……」

 クリスは、地使いとしてはその先天的な才能に恵まれており、エレメントの絶対量がずば抜けているのだ。

 そのため、大地の支配領域が広く、おそらくは風子の足下にも浸透させていたのだろう。

 そして、その上を移動した風子の動きを、地のエレメントを介して感じ取ったのだ。

「本当にすごいね」

「うん」

「でも……」

 クリスが首を傾げる。

「それならどうして、四大戦争は風の国の勝利で終わらなかったのかな?」

 そんな疑問に答えられるものは、この場には誰もいなかった。

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