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空使いとアルカンシェル  作者: 天瀬 智
第三章 疾風の来訪者
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第二話 嵐の前の静けさ(6)

 午前の座学が終わり、出張店舗が展開されるエントランスは生徒でごった返していた。

 そんな中、ひとつの店舗だけががら空きになっていた。

 正確には、赤毛の少女がひとり、店の前で立ち、真剣な表情をしているのだが……。

「いつまで悩んでるのよ、カーム」

 その後ろで、フィリスは呆れていた。

 さっきから声をかけているが、集中しているのか、まったく反応しない。

 お店の人に何度も頭を下げると、向こうも苦笑していた。

「いい加減に決めなさいよ。お店の人だって困ってるのよ」

 さすがに悩みすぎだろうとその肩を掴もうとしたところで、

「これください」

 そう言って、カームは店に並ぶ『外はカリッと中はふわふわ焼きたて特製メロンパン』を指さすのだった。


「で、そのメロンパンでソラと仲直りすると?」

 並んで歩くカームに、フィリスが核心をつく。

「は、はぁ? そんなわけないじゃない」

 周りからはおおむね沈着冷静と思われているカームの動揺っぷりも、最近では珍しく感じなくなってきた、とフィリスは思った。

「はぁ……あのね、カーム。せめて、私にくらい素直になってくれれば、今回のことだって相談に乗ってあげられたのに」

「なっ……」

「謝りたいんでしょ?」

 声を荒げることなく、むしろ相手を促すように語りかけるフィリスに、

「これじゃあ……駄目かしら?」

 と蚊の鳴くような声でカームが本音を漏らしてくれた。

 だから、フィリスはそれに応えるために、真剣に考えた。

 いや、考えていた。

 よって、すでにフィリスのなかで答えは出ているのだ。

「駄目じゃない。だけど、大事なのは、それよりも――」

 とメロンパンが入った紙袋を指さし、

「こことここよ」

 そこから指を上へ移動させて、カームの胸、そして口を指さした。

「そのメロンパンと一緒に、思っていることを口にするの」

「でも、これは私が一方的に……」

 カームが空いている方の手で制服の胸の部分を鷲掴む。

「大事なのは、理解してもらうことじゃなくて、自分の気持ちを知ってもらうことよ。ソラだって困っているはずよ。一方的に避けられて、口もきいてくれない。そして、その理由が分からない。もし逆の立場だったら、どう?」

 そう言って、フィリスはそこでいったん言葉を切った。

 考え込むカームを見守る。

「それは……辛いわね」

 本当に自分の身に起きたかのように悲しむカームに、やっぱりカームとソラの間には絆があるのだと、フィリスは思った。

「ソラは、東雲風子の肩を持ってるかもしれないけど、あなたを嫌っているわけでも、大事にしていないわけでもない。そこを履き違えてたら、本当に取り返しの付かないことになるわよ」

 滅多に見られない落ち込むカームの肩を叩き、顔を上げさせる。

「しゃんとしなさい。あなたは、カーマイン・ロードナイト。誰よりも強い女でしょ?」

「ええ……ええ、そうね」

 カームの顔つきが変わり、いつもの表情に戻る。

 それは、周りの誰もが思い描くカーマイン・ロードナイトという人物像そのものだった。


            ※


 午前の座学を、風子は長机の端に座っていたソラの隣に無理やり座り込み、通常四人用の長机に五人が座るというすし詰め状態での授業となった。

 授業では、ルイスがせっかく島国出身の風子がいるとのことで、島国についての授業に変更することになったのだが……その内容は、どれも大陸とは違う、まるで別の世界の話を聞いているようで、誰もが興味を惹かれていた。

 島国は、風の国の一部とされているが、島《《国》》と呼ばれていることからも、その島自体がひとつの国として成り立っているのだ。

 風の国の一部とされているのも、島国で最も豊富なエレメントが風だからだ。

 だが、交流自体はほとんどなく、故にその文化すらも伝わっていない。

 本の虫であり、大陸全土の知識が豊富なエラでさえ、何とも要領を得ない曖昧な説明しかできないようで、一部では蛮人と卑下するような呼称もされていると言った。

 実際、ルイスの説明に風子が助言を加える形式での授業も、後半になると、風子へ直接質問するような形式に変わっていた。

 風子の服装から始まり、食事や文化の違いなどが次々と分かり、とても刺激的な一日となった。

 エラに至っては、忘れるまいとノートを必死にとっていた。

 授業が終わると、エラは勿論、ルイスも個人的に興味があるのか、とても名残惜しそうにしていた。

 そんな光景に、ソラは風子が楽しんでいるようで嬉しく感じていた。

 週末に決闘を行う。

 その内容は旅立ちの日、楓から説明されていた。

 あの場にいた誰もが勝敗を決めるだけの勝負と思っている。

 だけど、そうではない。

 この決闘は真剣勝負であり、負けた者は、つまり相手に斬られると言うこと。

 それは、死を意味するのだ。

 そもそも、この決闘は当主の座を決めるためのもの。

 負けたものは、それ自体が恥であり、勝者は情けと称し、相手の命を絶つのだ。

 その決闘の意味を、風子は理解しているはずだ。

 そして、ソラもまたそれを受けた。

 つまり、どちらかの命が、この週末をもって終わることになる、ということ。

(でも……ボクは……)

 そんなことを、できるはずがない。

 それでも、決闘は受けなければならない。

 それが、あのとき楓から刀を受け取ったときに託されたことであり、そして、約束なのだから。

 だから、そのときが来るまでは、風子がいるこの一週間を楽しもう。

 ソラはそう決めたのだ。


「おお~」

 校舎裏の東屋のひとつ。

 そのテーブルを囲むのは、ソラ、レイ、エラ、クリスといつもの四人に加え、風子の五人となっていた。

 テーブルに広げられた昼食を前に、風子が感激の声を上げる。

 風子の前に置かれているのは、おにぎりだ。

 イリダータのエントランスで展開されている出張店舗は、アルコイリスから来ており、そのアルコイリスは四大国の特色が入り交じった都市で、その中には島国の料理を専門に出す店が一店だけあり、その店が出張店舗として時々、来てくれるのだ。

 その店が来てくれる日は、ソラは必ずそこで昼食を買っており、今では店の人にも顔を覚えられるようになった。

 時には話が弾んでしまい、うっかり昼食が終わってしまったこともあり、そんなときは、店の人も笑っていた。

 自分の名前がソラだと説明すると、どこか嬉しそうな顔もしていた。

 きっと、島国にゆかりのある人なんだろうと思った。

 そして、今日はタイミングが良く、その店が店舗を出していたのだ。そこでソラは風子の分を含めた五人分のおにぎりやおかずを買ったのだった。

 そのおにぎりを、風子が両手で掴み、眼前まで持ち上げていた。

「久しぶりのお米だ」

「やっぱり、おにぎりは島国ではよく食べる食事なんですか?」

 風子と同席していることをチャンスとばかりに、エラが質問をする。

「うむ、こうやって握ったご飯に海苔のりを巻くと、手を汚さずに食べることができるのだ。作り置きしておいて、よく特訓の合間に食べていたものだ」

「ちなみに、おにぎりの中には色んな具が入ってるから、それも楽しみにひとつなんだよね」

 ソラが買ってきたおにぎりについて補足する。

「ちなみに具は何が入ってるの?」

 クリスが、並べられたおにぎりを見ながら訊ねる。

 外から見ただけでは、どれも同じであり、食べるまで中身が分からないのが良い、と言うお店側の方針だった。

「えーっとね、おかか、焼き鮭、明太子、昆布、そして……梅干」

「梅干っ!」

 風子が声を上げるのに、四人が四人とも驚いた。

「あぁ、驚かせてすまない。どうにも梅干には目がないもので」

「梅干ってなんだ?」

 ソラの隣に座っていたレイが、顔を近づけ、ぽつりと呟く。

「えっとね、すっごく酸っぱい」

「へぇ~、食べてみたい気もするな」

「そ、そうなんだ……」

 ソラは曖昧に笑って見せた。

「どうした、顔色が悪いぞ?」

「ううん、なんでもないよ」

 決して、一ヶ月前にカームに無理やり梅干入りのおにぎりを食べさせられたことを思い出したわけではなく、そんな体験をしたのに、風子に喜んでもらいたい気持ちが増さり、すっかりこのお店の方針を忘れてしまっていたなど……。

「梅干入りのおにぎりが当たるといいですね」

 クリスの言葉に、風子が意気揚々とおにぎりを選ぶ。

「これにしよう」

 そう言って、風子がおにぎりを手に取ると、四人もそれぞれ選んでいった。

 ひとり二つとしているため、もう一巡分残っている。

 だが、具はランダムで、一巡目で同じ具が二人に当たることもある。

「いただきます」

 おにぎりを手に取ってしまってから気づいた風子が、戻すこともできず、おにぎり片手にぎこちなく手を手を合わせた。

「それも、島国での風習なんですか?」

 クリスを挟んだ隣に座るエラが、ぐいっと身を寄せる。

 クリスは何度か小声で「場所、交代する?」と聞いたが、エラは小さく頭を振り、「隣に座ったら、私、際限なく質問攻めにする自信がある」と言い、クリスを間に挟むことで、己の欲望を抑制していた。

「うむ。これは、自分の糧となった動物や植物に対して、感謝の意を示すものだ」

「そうなんですか。じゃあ、私も早速」

 そう言って、エラもまた、おにぎり片手にぎこちなく手を合わせた。

「いただきます」

 そうして、風子とエラがおにぎりを食べ始めた。

「んっ、これ、食べたことない味」

「どれどれ?」

 風子が顔を向けると、エラは残った具を見せた。

「これは、おかかだな。これも好きな具だ」

「独特の味付けですよね。おいし~」

 舌鼓を打つエラ。

「私は焼き鮭だった。海から離れた場所でも鮭を食べることができるとは」

 別のところで感動する風子。

「梅干じゃなかったですね」

「そうだな。だが、次がある」

 そんな二人に挟まれながら、クリスもまた食べ始める。

「私のは……なんかブツブツしてます」

「それは、明太子だな」

「メンタイコ? 不思議な食感ですけど、美味しいです」

「ちなみに、明太子はたらと呼ばれる魚の卵巣だ」

 その注釈に、二口ふたくちめを頬ばろうとしたクリスが、口を開けたまま止まった。

「どうしたのだ?」

 それを不思議そうに眺める風子。

「もしかして、地の国ではそういった食べ物はないの?」

 ソラが言うと、クリスは口を開けたまま頷いて見せた。

「でも、美味しかったでしょ? 気にしすぎない方がいいよ」

「そ、そうだよね」

 どこか無理やり笑って見せるクリス。

 そして、二口めを頬ばると、やっぱり美味しいものは美味しいのか、最後のひと口を口に入れるころには心からの笑顔になっていた。

「ちなみに、レイは?」

「ソラも早く食べるといい」

 エラと風子に促され、手に持ったままで、風子たちの反応を見ていたソラとレイが、同時にかじり付き、

「~~~~~~~~~!」

「うっ……」

 声にならない声を上げるレイ。

 そして、食べるなり多大なダメージを受けたように項垂れるソラ。

 二人が手に持つかじられたおにぎりから顔を覗かせる具は、赤いそれだった。

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