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空使いとアルカンシェル  作者: 天瀬 智
第三章 疾風の来訪者
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第二話 嵐の前の静けさ(5)

 午前の座学が始まるのを待つソラたち。

 担当教師のルイス・バンフィールドが来るまでの間、いつもなら会話で盛り上がっているところだが、今日は違っていた。

 その原因は、ソラが落ち込んでいることだった。

 エラとクリスも心配そうに視線をソラへと向けるも、かける言葉がないとばかりにお互いに視線を交わし、黙っていようと結論づける。

 そして、隣に座るレイですら、腕を組んで黙り込んでいた。

 ソラが落ち込んでいる原因――それは、朝食をとるための学食での出来事だった。


 ソラとレイ、そしてエラとクリスの四人でテーブルを囲み、朝食をとっていたところ、いつものように後からカームとフィリスが現れた……のだが、

「あれ?」

 ソラが首を傾げる。

 それもそのはずで、カームが同じテーブルではなく、通路を挟んだひとつ向こうのテーブルに座ったからだ。

「え? カームさん?」

 困惑するソラが立ち上がろうとするところを、フィリスがその肩に手を置き、座らせた。

「フィリスさん?」

 いつもカームが座るソラの隣に、フィリスが腰を下ろす。

「あ、あの、フィリスさん。カームさんは、どうしてあっちに座ってるんですか?」

「ええ、私も非常に遺憾ながら、それを伝えるためにキミの隣に座ったわけ」

 フィリスは朝食をのせたトレイを置き、そして、ひと言だけ告げたのだった。

「ソラ、落ち着いて聞いてね。カームはしばらくの間、キミと話したくないと言ってるの」

「……え?」

 ソラはそのままの表情で、ぽつりとひと言だけ声を漏らし、そのまま硬直した。

「ソ、ソラ、大丈夫?」

 エラが心配そうに覗き込むが、当の本人は反応しなかった。

「放心してる……」

 クリスの声にすら反応せず、隣に座るレイがソラの顔の目の前で手をかざしてみせても微動足りしなかった。

「すげー、まったく反応しねー」

 驚くレイが顔を覗き込むが、表情を動かすどころかまるで呼吸すら止まってしまっているようだった。

「ソラ……ソラ……」

 フィリスが心配げに肩を掴み、そっと揺さぶる。

 それに連動するようにソラの顔がかくかくと動く。

「あらあら、よっぽどショックだったようね。ねぇ、カーム」

 フィリスが鋭い視線でカームを見やるが、カームは黙々と朝食をとっていた。

 だが、その顔は若干ながら反対側へと向けられていた。

 意識していないようにしようとしているが、気になって仕方がないのだろう。

「あ、あの、フィリスお姉さま」

 心配げな声音で声をかけてくるエラ。

 何を聞きたいのか分かっているフィリスは、

「心配しなくていいわよ。ただの、ヤ、キ、モ、チ――だから」

 そう言って意味深に笑むフィリスに、カームが無言でわざと椅子を引きずる音をたてて立ち上がる。

「いくわよ、フィリス」

「はいはい、仰せのままに」

 このまま放っておけばあることないこと言われることを嫌ってか、わざわざ声をかけてくるカームに、フィリスは相変わらずニヤつきながら立ち上がった。

「ソラ、今週いっぱいまでは我慢しなさい」

 そう言ってソラの肩を少し強めに叩き、フィリスもまた去って行った。

「カームさん……」

「ソラ、大丈夫?」

 目に見えて落ち込んでいるソラに、クリスが声をかけるが、

「どうして……」

 ソラはまるで聞こえていないかのように、ただた落ち込むのだった。


            ※


「ちょっとカーム、いくらなんでも大人げないわよ」

 食堂を出て教室に向かうまでの廊下で、カームに追いついたフィリスは、不機嫌な表情をする彼女にそう言った。

 だが、カームは何も言わず、そのまま歩くだけだった。

「はぁ……これは重症ね。お互いに……」

 溜息を吐きながら、仕方がないとばかりにフィリスはついていくのだった。


            ※


「おい、ソラ、いいかげんに戻ってこい」

 ソラの肩を揺さぶるレイ。

 だが、ソラの思考は、どうしてカームに無視されたのかで頭がいっぱいだった。

 原因として考えられるのは、前日の夜。

 保健室での話し合いしか考えられない。

 だけど、ソラにはいくら考えても原因が分からなかったのだ。

 カームは、風子との唐突な戦闘により、彼女のことを危険、もしくは信用できない人物と認識している。

 それについては、ソラも理解できる。

 分からないのは、そこでソラもまたカームの機嫌を損ねることをしてしまったことだ。

「一体どうしちまったんだ、ソラ」

「昨日、何かあったのかしら?」

 事情を知らないレイとエラが、自分のことを気にかけてくれている。

 心配かけないようにしたかったが、その余裕がないほどに、ソラは自分でも驚くほどに落ち込んでいた。

 カームに無視されたことが、これほどまでに心を抉られるものなのだと、ソラは身を持って実感した。

 胸が痛すぎて、辛い。

「ソラ……カームさんの件なんだけどね」

 レイとエラを挟んだ向こうで、クリスが顔を向ける。

「私、多分なんだけど、心当たりがあるの」

「え?」

 その言葉に、ソラは顔を上げ、レイとエラを挟んでクリスを見やった。

 自分たちが邪魔だとばかりに、レイとエラが背中を反って顔をどかす。

「保健室でカームさんが、風子さんを引き渡した方がいいって言ったとき、ソラが擁護ようごしたでしょ?」

「うん」

「そのとき、ソラは風子さんのことを何も知らないのに、風子さんがソラの育ての親の東雲楓さんと同じ東雲の人間だからって理由で信用したでしょ?」

「うん」

「それが、カームさんには許せなかったんだと思うの」

「え?」

「……ううん」

 少しだけ間を空け、クリスが頭を振る。

「許せない、とは違うかな。あれは……そう、食堂でフィリスさんが言ったように、嫉妬……なんだと思う」

「カームさんが、風子さんに……?」

「うん。だって、私から見て、ソラとカームさんの間の絆って、すごく固いものだって思う。でも、それってすぐにできたものじゃないでしょ?」

 そう言われて思い出すのは、入学してからの一ヶ月。

 あの一ヶ月間で、ソラとカームとの間に絆が結ばれ、そして互いへの信頼も生まれた。

 クリスの言う通り、一朝一夕でできるものではない。

 お互いを知ろうとし、そして理解することで初めて、最初の一歩が踏み出せるのだ。

「でも、あのときのソラは、風子さんに対し、何の根拠もなく悪い人じゃないって、擁護した」

「でも、それは――」

「カームさんは、自分に攻撃してきた相手に対して、自分よりも相手を擁護したことが悔しかったんだと思う」

「……」

「だって、カームさんは、誰よりもソラのことを信頼してる。そんなソラなら、誰よりも自分のことを分かってくれて、同意してくれるって信じてたんだと思う。だけど、ソラは、カームさんじゃなくて、相手を守った。ソラが相手を信用しているかどうかじゃなくて、ただカームさんは、自分を一番に考えてくれなかったことが、ショックだったんだと思う。でも、カームさんは、性格がああだから、そんなこと口にはできない。だから、保健室での風子さんに対して、あんなにもキツく当たったんだと思う。それで、自己嫌悪に陥って、ソラに顔向けできなくて、自分を許せなくて、でもやっぱりソラのことも許せなくて……そうやって、色んな感情が、今のカームさんを悩ませてるんだと思うの」

 まるでカームの心の中を見透かしているような、クリスの言葉。

 カームに無視されてからずっと悩んでいたソラだったが、今の話を聞いて、カームは昨日からずっと悩んでいたのだと知り、自分の浅はかさに頭を抱え込んだ。

 もちろん、風子を擁護したことに対し、後悔はしていない。

 だけど、もっとカームのことを考えるべきだった。

 カームからすれば、得体の知れない相手が現れ、イリダータに対し、侵入を試みた。

 それが人捜しであっても、カームにとっては、その言葉を信じることなどできず、ましてや通すことなどできるはずがない。

 カーマイン・ロードナイトという女性は気高く、強い意志を持っている。そんな彼女が、イリダータを、そして生徒たちを守ろうとした。

 その行為を、ソラは間接的とはいえ、否定してしまったのだ。

 クリスは、カームと共に風子と一戦を交えた。

 だから、カームの気持ちが分かるのだ。

 クリスもまた、同じ気持ちで力を振るったのだから。

(ああ、ボクはなんて馬鹿なことを……)

 頭を抱えたまま、長机に突っ伏す。

「ソラ、大丈夫か?」

「ううん、大丈夫じゃない。自己嫌悪中……」

「そ、そうか……」

 それ以上、声をかけるのは悪いとばかりに、レイが伸ばしかけた手を引っ込める。

「クリス、どういうことなの?」

「えーっとね……」

 エラの問いかけに言い淀むクリス。

 そこにレイが追い打ちをかける。

「なぁ、クリス。そのさっきから名前が出てきてる風子って、誰なんだ?」

「それは、その……」

 視線を逸らすクリスだが、無言でじーっと見つめるエラとレイに、観念するように溜息を吐くと、

「実は、昨日ね――」

 とクリスが事情を説明しようとしたその時、

「みなさん、おはようございます」

 ドアが開かれ、そこから一年の座学担当であるルイス・バンフィールドが入室してきた。

 今年からの新任教師で、年齢も若く、そして初々しい。

 夏が近づいているため、生徒たちの衣替えに合わせて、ルイスも半袖のブラウスに、膝下のフレアスカートという服装だった。

 スカートも通気性がいい夏物にしているのか、生地が薄くて軽く、教壇へ歩くたびにふわっと揺れていた。

 そして、そのルイスのあとに続くようにして歩く人物が教室に入ってきた瞬間、教室内がざわついた。

「わぁ……」

 クリスもまた、声を上げる。

 そして、ソラもまた、視線が釘付けになってしまった。

「みなさん。突然ですが、今週限定の体験入学という形で、新しいクラスメイトを迎えることになりました」

 そう言ってルイスが横に立つ風子を促す。

「初めまして」

 風子は一歩前に出て、全員を見渡すように少し顔を上げ、挨拶をした。

 右に寄せた、まっすぐに伸びる黒髪のポニーテールが揺れる。

 生徒たちと同じ制服を着ており、ループタイの石は緑。

 そう、ソラとクリスが驚いたのは、風子がイリダータの制服を着ていることだった。

 まさか、一日の猶予すらなかったというのに用意するとは思っていなかったのだ。

 だが、道着に袴ではイリダータ内で浮いてしまうのもまた確かだ。

 ソラとクリスは、風子のことを知っているが、レイやエラを含めた他の生徒たちが驚いたのは、その人物が右手に持っているものだろう。

「風の国――その東の果てにある島国から参りました、東雲風子と申します」

 そう言って、風子は背筋をぴんと伸ばし、腰からまっすぐに頭を下げた。

「えー、東雲さんは、あの四英雄のひとりである【神風かみかぜ】――東雲楓様の姪御さんに当たります」

 ルイスが、風子に関する情報を説明していく。

 そうして、風子の体験入学が始まったのだった。

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