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空使いとアルカンシェル  作者: 天瀬 智
第三章 疾風の来訪者
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第二話 嵐の前の静けさ(2)

 ミュールの介入により、目的であるソラとの会合を果たした東雲風子。

 カームとクリス、それと風子に怪我がないか確認するため、一同は保健室に集っていた。

「まずは、先程の無礼を謝りたい」

 すでに診察を終えたクリスと、コーデイに右目を見てもらっているカームに向かって、風子が頭を下げる。

カームの右目の診察は、ソラには砂が目に入ったためだと伝えてある。

 ソラには、紅い瞳のことはまだ秘密にしてあるのだ。

「他意があったわけではないのです。ただ、いてしまい……」

 カームは診察中なためか、口を閉ざしていたため、代わりにクリスが応えた。

「少なくとも、私は気にしていません。私も、あのときは熱くなってしまっていて、少し冷静さを欠いていたかもしれません」

「謝る必要なんてないわよ」

 クリスの発言に、カームが横やりを入れる。

「不法侵入に襲撃。アルコイリスの自警団に引き渡すべきでは?」

 至極まっとうなことを言うカームに、反論したのはソラだった。

「待ってください、カームさん。確かに、風子さんはカームさんとクリスを危険な目に遭わせたかもしれないけど、それでも悪い人じゃありません」

「会ったことない相手のことを、キミはどうしてそう言い切れるの?」

 カームはコーデイの方を向いたまま、ソラやクリス、風子たちに対し、背中を向けた状態でいる。

「それは……」

 ソラが風子を見やる。

 その視線に気づいた風子が、ソラへと視線を返す。

「風子さんが、同じ刀使いだからです」

 その言葉に、風子が目を見開く。

「そう……」

 短く、カームが首肯し、

「なら、好きにしなさい」

 それっきり、カームは口を開かなかった。

 場の雰囲気が少し重くなる。

 それを破ったのは、ミュールだった。

「それで、東雲風子――あなたは、ソラと当主の座をかけて、決闘を申し込みたいとのことなのよね」

「はい」

 ミュールが椅子に座り、ソラやクリスがベッドの縁に腰かけているなか、風子はソラたちとは違うベッドの上で、正座をしていた。

 刀も今は脇から外しており、傍らに置いている。

 風子の正座は様になっていた。

 背筋が伸び、頭から腰まで一本の芯が通っているように感じる。

 それでいて重心も偏っておらず、もし敵襲があったとしても、即応できる座り方となっている。

 刀の置き方も、同じく敵襲の際、コンマ一秒すらも無駄な動きなく刀を掴み、そこから抜刀への最短をゆけるような配置にされている。

 その姿勢、心構え、刀の扱い方――何から何まで楓の教えと同じ。

 細部に至れば、師の独自の教えが差違を生むが、これが東雲一族の教えであることは最早疑いようがない。

「ソラ――あなたは、当主の座に関係なく、楓から託された刀だから、渡したくはない……そうね?」

「うん」

 大きく頷くソラ。

「ソラは、決闘自体は受けるつもりなの?」

 そのミュールの問いに、ソラはすぐに答えた。

「楓に言われたんだ。この刀を求める者が現れたら、その決闘は絶対に受けなければならない。そうやって、この刀を守るんだって」

「じゃあ、ソラは決闘を受けるの?」

 隣に座るクリスが、心配そうに覗き込んでくる。

「うん。楓との約束だから、守らないわけにはいかない」

 クリスにそう言ってから、風子へと体を正面に向ける。

「風子さん、その決闘の申し込み、受けます」

「本当か! では、早速――」

「ちょっと待ちなさい」

 刀を手に取って立ち上がろうとする風子を、ミュールが止めに入る。

「ソラ――あなた、忘れたの? 腕は自由に使えても、エレメントはまだ使ってはいけないのよ」

 ミュールの言葉に、傍目でコーデイが頷くのが見えた。

 正直、忘れてしまっていた。

「そうなのか、少年?」

「ごめんなさい、忘れてました」

 苦笑するソラに、ミュールが溜息を吐き、クリスも釣られるようにして曖昧な笑みを浮かべていた。

「決闘するにしても、今週の終わリ――休息日ね」

 ミュールが言うと、風子が考えるような仕草をする。

「つまり、五日後というわけですね」

「まさか、五日も待てないなんて言って、完全な状態じゃないソラと決闘して勝とうなんて腹じゃないでしょうね?」

 唐突に挟み込まれたカームの言葉に、誰もがぎょっとした。

「失礼な。そんな卑怯な真似はしない。この決闘は神聖なもの。そんな言葉で貶めるのは止めていただきたい」

 その言葉に、ふん、とカームが鼻であしらう。

「とにかく、五日後。場所は……そうね、円形闘技場コロッセウスにしましょう。あそこなら、人目も気にしなくていいし、決闘というならば、お似合いの場ね」

 話を進めるミュールに、誰も口を挟むことはない。

 異論がないのは勿論だが、イリダータで行う以上、その最高責任者であるミュールが決定したとなれば、それが覆ることもなければ、たとえ反論したところで、おそらくはねのけられてしまうだろう。

 とは言っても、ミュールの信頼は厚く、そもそも異論など出ないのだ。

「じゃあ、それまでの五日間、風子にはイリダータのことを知ってもらうために、体験入学をしてもらいましょうか」

 突然のミュールの提案に、誰もが驚いた。

 コーデイさえも、『何を言っているんだこの人は……』と驚きを通り越して呆れていた。

「体験入学? ですか……」

「ええ、そうよ。あなたもソラと同じで、どうにも世間の常識が抜けていそうだから、ここでひとつ、世界というものを体験してみなさい。楓も言っていたわ。確か、『井の中の蛙、大海を知らず』……だったかしら?」

「それってどういう意味なんですか?」

 クリスが訊くと、答えたのは風子だった。

「井戸の中が世界の全てで己が唯一だと思っていた蛙は、井戸の外の世界の広さを知り、自分がその他大勢と同じだということを知る――という意味です」

 風子のクリスに対する態度が、さきほどの戦闘の影響か、カームやミュールと比べてほんのわずかだが軟化しているように感じた。

「あなたの行動が、少し自分本位が過ぎるのも事実よ。五日間でいいから、集団生活というものを体験して、相手のことを考える、ということについて学びなさい」

 ミュールに言われては流石の風子も言い返せないのか、少し唸るように考え込んだ。

「風子さん、ここはすごく楽しいですよ。ボクも、ここに来るまではほとんど人と接することがなかったけど、ここに来て、色んな人に出会って、今は毎日が楽しいです。その楽しさを、風子さんにも感じてほしいです。だから、是非!」

 押してくるソラに、風子も観念したのか、「分かった」と首を縦に振った。

「やったぁ!」

 喜ぶソラに、ミュールが「だったら、せかっくだし、ソラやクリスと同じ一年生のクラスに入れましょう。ルイスにも言って、特別授業にしてもらうわ」

「本当に? うわぁ、楽しみだなぁ」

 まるで自分のことのように、いや、実際に自分も楽しもうとしているのだろう、ソラがどんどん上機嫌になっていく。

 そんなソラの声を背中に受けながら、とっくに診察を終えていたカームが、誰にも聞こえない小さな溜息を吐くのだった。

「風子。明日、またここに来なさい。担当のルイスに事情を説明しておくから、あとはそのルイスに従いなさい」

「承知しました。何から何まで、感謝します」

 ベッドから下りた風子が、腰からまっすぐに曲げて頭を下げる。

「では、私はこれで失礼します」

「寝る場所はあるの?」

 ミュールに呼び止められた風子は、しかしドアを開けながら、

「大丈夫です。ここに来るまでずっと野営をしていました。森の中をお邪魔させて頂きますが、ご了承ください。では」

「野営?! ちょ、風子、待ちなさい!」

 ミュールの呼び止めも聞かず、風子はドアを閉めて出て行ってしまった。

 残された者たちが一様に視線を交わし合う。

「野営ってつまり……」

 クリスが恐る恐る呟くと、

「野宿ね」

 とカームが全員を代弁して、はっきりと告げるのだった。

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