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空使いとアルカンシェル  作者: 天瀬 智
第三章 疾風の来訪者
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第二話 嵐の前の静けさ(1)

 就寝時間の寮部屋で、レイの寝息を確認すると、ソラはそっとベッドからおりた。

 そのまま床に正座し、ベッドの下に手を伸ばす。

 そこから取り出したのは、薄汚れた布で包まれた細長いものだった。

 それが二つ。

 布の口を縛っている紐を外し、中身を取り出したソラは、それを手に取り、太股の上に置いた。

 それは、刀だった。

 鞘は漆黒で、柄も黒を基調としている。

 これは、楓から風のエレメントを習得する際、練習用としてもらったものだ。

 この刀で三年間、ソラは楓に挑み続けた。

 そして、もうひとつの布の紐もほどき、ひと振りの刀を取り出した。

 それは、素人が見ても、練習用の刀とは比較にならないほどの圧倒的な存在感を放っていた。

 見た目は同じなのに、こうして目の前にするだけで、底知れぬ威圧感を与える。

 ソラは口を開かないように注意し、旅立つ日の朝に楓から託された刀をゆっくりと抜いた。

 部屋に差し込む月明かりが刀身に当たる。

 すると、刀身が淡い緑色を放った。

 それと同時に、体からエレメントが抜ける感じがする。

 そして、刀身の緑色がほんのりと濃くなった。

 それを見つめながら、ソラは思い出していた。


『これをお前に託す』

 楓の言葉が甦る。

『でも、これって、楓の刀……』

『私の刀というよりは、東雲の刀だな』

『だったら、なおさら――』

『お前は、私の愛弟子であり、息子だ。そして、これは餞別せんべつだ。これを見て、時々でいいから私を思い出せ』

 思い出してほしい、ではなく、思い出せ、と強要する楓に、ソラは苦笑し、

『分かった。大事にする』

『そうしてくれ』

『じゃあ、代わりにこれを楓に託すよ』

 そう言って、ソラは練習用に使っていた二振りの刀のうち、ひと振りを楓に渡した。

『それを毎日使って、ボクのことを忘れないようにしてね』

『ばかっ、忘れるわけないだろ』

 そう言って、楓はソラの頭を乱暴に撫で回した。

 文句を言うソラの視線が外れている間、楓は表情を微笑ませていた。

『ソラ。この刀は、ただの刀じゃない』

『え?』

『抜いてみろ』

 そう言われ、ソラが刀を抜くと、妙な脱力感に襲われた。

『どうだ?』

『なんか……怖い感じがする』

『いい表現だ』

『これって……』

『この刀は、東雲一族に代々伝わる宝刀だ』

『宝刀……』

『私達の故郷の島国で一番風の吹き荒ぶ場所。そこで途方もなく長い年月をかけて風に吹かれ続けた天然の鋼によって造られた刀だ』

 そう言われると、よりいっそう、目の前の刀に凄みが増す。

『人とエレメントが長い年月をかけて共生したように、エレメントと自然もまた共生している。その鋼は風と共にあったため、鋼自体に風のエレメントを宿すようになった』

『じゃあ、この感じは……』

『その刀の鋼は風と共にあった。だが、刀という型にはめたために、本来の特性を失ってしまった――が、風のエレメントを送り込むことで、その鋼は力を得、帯刀する者に絶対的な速さを与える』

『だけど、これは……』

『ああ、誰にでも扱える代物じゃない。半端なエレメンタラーであれば、ものの数秒でエレメントを強制的に吸い上げられ、干からびるだろう。いまお前がそうやって刀を抜いてなお立っていられるだけでも、十分な量の風のエレメントを有し、且つこの宝刀を抑えるだけの素質があるということだ』

『えっ、じゃあ、もしかして試されてたの?』

 驚くソラに、呆気らんとした表情で楓が笑う。

『そうだが、お前ならまったく問題ないと確信していたからな』

『どうして?』

『あ? 決まってるだろ、お前が私の息子だからだ』

 何の根拠にもなっていないはずなのに、それがソラにとっては凄く嬉しかった。

『覚えておけ、ソラ。この刀の名前を――そして、その意味を……』

『意味?』

『そうだ。その意味を忘れず、心に刻め。この刀の名は――』


 刀を正面に、切っ先を天井に向けるようにして立て、刀身に自分の顔を映す。

「……『千鳥ちどり』――そして、またの名を……あっ!」

 刀を前に喋ってはいけないことを思い出したソラは、そこで口をつぐむのだった。


            ※


 寮部屋でくつろいでいたフィリスは、部屋に戻って来たカームを見るなり、思わず眉を寄せた。

 そのまま浴室へと向かおうとするカームの背中に、

「一体どうしたのよ、そんなに不機嫌な顔して」

 その言葉に、カームが足を止め、肩越しに振り返る。

「私の顔、そんなに不機嫌かしら?」

「ええ、『私は不機嫌です』って顔に書いてあるわよ」

 カームは両手で顔を覆うようにして隠すと、まるで獣のようにウゥゥゥと唸り、行き場のない感情を吐き出すように、そのまま顔を乱暴にこすり始めた。

「ごめん。ちょっと頭を冷やしてくる」

「そう……」

 これ以上触れると爆発しかねないので、フィリスは、文字どおり頭を冷やすのであろうカームの背中を見送った。

「ふむ……」

 両腕を組み、右手を顎に当て、考える仕草をするフィリス。

 カームは、良くも悪くも感情を露わにする。

 特に、嫌いな人間に対する態度があからさまで、愛想すら浮かべない。

 黙っていればいいことも、カームは口に出して自分の意見を言う。

 それは、まっすぐな人間であるという美点でもあるが、集団生活をするイリダータでは欠点でしかない。

 だが、カームはそれを気にしない。

 イリダータでのカームは、独りだったからだ。そんなカームにも、今は大切な存在ができた。

 ソラだ。

 あの少年は、確実にカームにとって大切な存在となっている。

 単に同じ目標を目指しているとか、そんなものではない。

 二ヶ月前の闘技場での出来事。

 闇に囚われたソラを、カームの炎が浄化し、二人は特別な関係となった。

 それをきっかけに、人間関係というものがカームにも築かれ、そうして人と接するうちに、彼女の物腰は、本人が気づかない微々たる変化を持って、少しずつ柔らかくなっていた。

 感情を抑制することは、火使いにとっては基本的なことだが、何よりも、カームはよく笑うようになったのだ。

 四年生になるまでの三年間。

 誰よりもカームの傍にいたフィリスは断言できる。

 この三年間、カームは一度たりとも笑顔を見せたことがなかった。

 そして、それを引き出したのは、間違いなくソラだ。

 カームは変わった。

 心に余裕ができた。

 ちょっとしたことでも不快な表情をすることもなく、むしろ相手を気遣うように、微笑みを持って対応するようになった。

 それに、一年生のソラと一緒にいることが多いせいか、他の一年生からの支持が異様に多いのだ。

 これは、単に今の一年生が、それまでのカームの態度を知らないからだろう。

 むしろ、今の二年や三年、それどころか四年の生徒まで、カームの目に見えて分かるほどの変化に、戸惑いを隠せないでいる。

 どうやって、あのカーマイン・ロードナイトを籠絡ろうらくしたのか。

 あのソラという少年は、一体何者なのか。

 いや、そもそもカーマインは年下が好きなのでは?

 そんな噂さえ流れていた。

 だが、それはカームという存在に人間味が増したということで、それが、フィリスには素直に嬉しかった。

 そんなカームが、だ。

 隠すことなく不快な感情を露わにしていたのだ。

 一体、何があったのか。

 これは聞き出す必要がある。

 そのためには、カームに口を開かせなければならない。

 フィリスは立ち上がると、すぐにお茶の用意にとりかかった。

 ここから先は、とにかくカームのために尽くす。

 カームを徹底的にくつろがせ、聞き手に徹し、心も体も弛緩しかんさせ、そして本人の意志で愚痴りたい気持ちに持って行かせ、そして原因を聞き出すのだ。

 これが、フィリスが後輩から慕われる術のひとつ。

 聞き上手といえばそれまでだが、フィリス自身が、どうにも困っている相手を放っておけず、相談に乗ったりしてしまうのだ。

 そんな自分の性分も嫌いではない。

 部屋を照らすロウソクも、芳香作用のある特別なものに変え、本数は抑えて少し暗くする。

 明るさは目を刺激してしまうため、こうやって暗めにして、心を落ち着かせるのだ。

 そうして準備万端でカームの待ち構えるフィリス。

 そんな準備をされているとも知らず、シャワーを浴び終えたカームが、部屋へと戻ってくるのだった。 


            ※


 イリダータ・アカデミーは、その広大な敷地のほとんどを自然区に当てている。

 そのすべてがエレメントの実践を行う場であり、また憩いの場としても生徒から利用されている。

 それがイリダータの最大の売りなのだが、難点を上げるとすれば、完全には管理体制が整っていないことだろう。

 人を雇って巡回させるわけにもいかず、そもそも夜は外出禁止であるため、生徒もいない。

 危険を承知で逢瀬おうせをかわす男女の生徒もいるかもしれないが、それ以上に、そもそも夜の自然区は光源が一切用意されていないため、遭難する可能性があるのだ。

 間違って進めばイリダータからどんどん離れていき、最後には自分がどこにいるのかすら分からず、イリダータの校舎すら見えないほどに離れてしまうと、すでに手打ちとなる。

 そんな、誰ひとりとしているはずのない自然区――その中の森林地帯に、小さな火が灯っていた。

 乾いた枝を寄り合わせるようにして積み、焚き火がおこされていた。

 そして、その火の明かりに照らされているのは、東雲風子だった。

 木の幹をに背中を預け、土から盛り上がった根っこの根元に肩を預ける。

 腰に差していた刀を抱くようにし、風子はただ暖をとっていた。

 季節は夏だが、今日は涼しい。

 だから、暖をとることにした。

 と言うものの、理由はもうひとつあり、火がないと落ち着かないのだ。

 島国を旅立ち、楓がいた秘境の地、そしてイリダータに来るまでの間、風子はずっと野宿をしていた。

 そこは人間ではなく、野生の獣の領域で、それらを近づけさせないようにするために、火は欠かせなかった。

 だが、ここはイリダータの敷地内で、獣はいない。

 それでも、長い時間をかけて染みついた習慣は抜けず、こうやってそうするのが当たり前のように、気がつけば火を熾し、そしてそれを見て落ち着いていた。

 ぎゅっと刀を抱きしめるように身を縮める。

 そうして、さっきまでの出来事を思い出す。


 五日後――それが、ミュールを仲介とした、ソラとの決闘までの日数だった。

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