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空使いとアルカンシェル  作者: 天瀬 智
第三章 疾風の来訪者
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第一話 刀使いの少女(9)

 それにはさすがの少女も驚き、警戒をあらわにする。

 クリスは、一瞬にして大地の支配域を広げ、その部分を砂状にした。

 その変化に気づいた少女が風のエレメントをまとい、真上に跳んだ。

 その直後、足下の土が砂へと変わり、そして、砂状の手が四本、少女を追いかけるように真上に伸びていったのだ。

 少女の跳躍の勢いが止まり、そのままゆっくりと落下していく。

 その瞬間を、クリスは逃すまいと砂状の手で少女を拘束しようとする。

 逃げ場のない空中。

 だが、少女は落下する直前、体を上下反転させて頭を下にすると、そこで抜刀の構えをとったのだ。

 驚くクリスに、少女がさらなる衝撃を与える。

 少女は、膝を曲げ、伸ばした瞬間、まるでそこに見えない地面があるかのように空中を蹴り、元々の落下速度を加えた勢いで落下し、砂状の手に一瞬で間合いを詰めたのだ。

 油断、というよりも反応する間もなく、砂状の間を少女が通り過ぎる。

 地面に着くなり砂の上を滑るようにして速度を落とす少女は、すでに刀を抜き放っていた。

 そして、四本の砂状の手が輪切りになったのだ。

 さらに風のエレメントによる風圧で弾き飛ばされる。

 砂の雨が降り注ぐ中、それでもクリスは拘束するために新たに砂状の手を伸ばした。

 次々と地面から生えてくる砂状の手を、少女が縦横無尽に動き回り、たくみに避ける。

 だが、それは適当ではなく、明らかに少女は感じ取っていたのだ。

 避けては斬り、避けては斬る。

 だが、一方の砂状の手も、尽きることのない足下の砂によって際限なく襲いかかる。

「やりますね」

「そっちこそ」

 言葉を交わす余裕などないはずなのに、いつの間にか少女は笑みを浮かべていた。

 それに釣られるように、クリスもまた、少女から一瞬たりとも目を離すことなく、しかし口元には笑みが浮かんでいた。

 どうすれば少女を傷つけることなく拘束できるか考えなければならない。

 それなのに、こうして自分と渡り合える存在が前触れなく現れたことに、クリスはどこか浮き足立っていた。

 もっと続けたい。

 もっとこの少女とぶつかり合いたい。

 そんな、今まで味わったことのない感情が、クリスの心をたぎらせる。

 だけど、今の自分には、カームを守るという使命がある。

 長引かせるわけにも、まして負けるわけにもいかない。

 だから、これで――

(終わらせる!)

 後退する少女に、砂状の手が前方から生え、少女の顔に掴みかかろうとする。

 少女は臆することなく、まっすぐにその手を見据え、抜刀の構えを取った。

(今っ!)

 少女が抜刀する直前、砂状の手が爆発するように弾けた。

「くっ、目つぶし!」

 少女が左腕で両目を庇う。

 だが、細かい粒子が目に入り、少女は一時的に視力を奪われ、そして気を逸らされた。

「捕まえました」

「くっ……」

 少女が諦めたように膝を付く。

 その両足が、砂によって覆われ、固められていた。

「風は速いです。でも、地に足をつけている限り、そこは私の領域です」

 クリスが少女に近づく。

 少女がその位置で抜刀したとしてもぎりぎり届かない距離だ。

 平均よりも身長が低く、少女よりも年下にしか見えないクリスが、膝を付き、そこから動けずにいる少女を見下ろす。

 その圧倒的な力の差に、左目で黙って見ていたカームは思い知らされた。

 これが、『恒河沙ごうがしゃ』という圧倒的なまでのエレメントを、特訓での成果ではなく、感覚として扱う者の強さなのだと。

「そこまでよ」

 その場にいた三人の誰でもない、凜とした声。

 その声に、三人ともが同じ方向へ顔を向けた。

 そこに立っていたのは、イリダータ・アカデミーの学長にして、四英雄のひとり――ミュール・ミラーだった。

「学長……それに――」

 ミュールの隣に寄り添っている小さな影。

 それは、ソラだった。

「夜の自然区に火が灯っているのが見えたのよ。そしたらソラが、『あれはカームさんの火です』っていうものだから何事かと思って来てみれば……」

 ミュールの視線が、カームからクリス、そして少女へと向けられる。

「ソラ……キミがソラなのか?」

 少女が抜刀する構えのままでずっと掴んでいた柄から手を離す。

「刀……もしかして、楓の知り合いなんですか?」

 ソラが前に出ると、その表情はどこか嬉々としていた。

「――! 楓伯母様を知っている……。ならば、やはりキミが、伯母様の言っていた愛弟子で間違いないのだな?」

「愛弟子? かどうかは分からないけど……うん、ボクは楓から風のエレメントを教えてもらってたよ。それで、あなたは?」

「私は――」

 立ち上がろうとし、足を砂で掴まれていることに気づいた少女が、クリスを見やる。

「目的は果たしました。もう手は出しません。解放していただけると、ありがたいのですが……」

「でも……」

「クリス。大丈夫だよ。だって、楓を知ってる人なんだから」

 無邪気に言うソラに、クリスが頷くと、砂が意思を失ったかのようにさらさらと地面に落ちていった。

「ありがとう、少年」

 少女が立ち上がり、ソラとミュールへと向かい合う。

「それで、あなたは何者なの? 私は、ここの学長として、楓の知り合いだとしても、野放しにはしておけない立場なの」

「失礼しました」

 少女が腰からまっすぐに頭を下げた。

「私の名前は、東雲風子(しののめふうこ)と申します。楓は、私の母の姉に当たります」

「じゃあ、あなたも東雲流抜刀術を?」

「はい。私は母から教わり、今年で十八となりました」

「たしか、東雲一族は、十八で成人扱いとなるのよね」

 思い出すように、ミュールが語る。

「はい。そして、私は当主の証を賜るため、伯母様を探し、秘境の地にてようやく見つけたのです」

「よくあの場所が分かったわね」

「風が、教えてくれました」

「そう」

 納得するミュールだが、カームにはまったく分からなかった。

 クリスも首を傾げている一方で、ソラはうんうんと頷いていた。

「ですが、伯母様は、それをすでに弟子に託したと言い、私にここ――イリダータ・アカデミーへ向かうよう助言をいただいたのです」

「当主の証?」

 ソラが首を傾げる。

「ソラ――あなた、何か預からなかったの?」

 カームが問うと、

「ボクが旅立つ当日の朝に託されたのは、刀だけです」

「刀?」

「それだ!」

 カームの横から、風子が身を乗り出す。

「その刀こそが、当主の証」

「あれが、そうだったんだぁ」

 まるで緊張感のないソラの言いように、仕方ないとばかりにミュールが嘆息する。

「じゃあ、風子さんは、それを取り返しに来たということなんですか?」

 明らかに風子よりもクリスの方が年上だろうが、彼女の性格から、相手を呼び捨てにすることなどできないのだろう。

「うむ。だが、伯母様がそれをキミに託した以上、認めたくはないが、東雲一族の現当主は、ソラ――キミということになる」

「ボ、ボクが?!」

 驚くソラの横で、ミュールが額に手を当て、「あの馬鹿……」と頭を振って溜息を吐いていた。

「そして、現当主からその座を受け継ぐための方法は二つ。託されるか、奪うか」

 そう言って、風子が手を伸ばす。

「キミは、私にそれを託す気があるか?」

「あれを……」

 その差し出された手のひらを、ソラが見つめる。

「ごめんなさい」

 そして、ソラは考え抜いた後、そう答えた。

「ボクは正直、当主になったつもりはないし、それに関しては、興味もありません。でも、楓から託されたあの刀だけは渡せません。ボクにとってあれは、大切なものだから……」

 ぎゅっと握った右手を、胸にあてがう。

「そう……か」

 伸ばした手を引っ込め、

「ならば、残された選択肢はひとつ――ソラ」

 名を呼ぶと同時、刀を抜き放った風子が、その切っ先をソラへと向けていた。

 瞬く間の出来事。

 カームとクリス、そしてミュールさえも動揺する中、ソラだけは、まるで見えていて、それでいて風子が寸止めすると分かっていたとでも言うように、涼しい顔をしていた。

 そして、風子自身も、そんなソラの反応が当然とでもいうような表情をし、

「キミに決闘を申し込む」

 そう宣言したのだった。

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