第一話 刀使いの少女(8)
「え?」
カームは目の前の出来事に、思わず目を見開いてしまった。
そして、一陣の風が吹いた。
手のひらで目を隠しながら、その風が吹く方へと顔を向ける。
そこには、いつの間にか人影が立っていた。
「失礼、人を訪ねたいのですが……」
それは女の声だった。
声音も落ち着いていて、それでいて丁寧だ。
「誰?」
警戒心を丸出しにするように、カームは訊ねた。
「名乗るほどの者ではありません。ただ人を探しているだけです」
「誰とも分からない部外者に、教えるとでも?」
相手は、明らかに部外者だ。
まず、ソラたちを除いた生徒のなかでカームに話しかけてくる者はいない。
そして、声が若い。
ならば教師でもない。
何者かは分からないが、警戒するに越したことはない。
隣をちらと見やると、クリスもいつでも地のエレメントを発動できるような心構えでいる。
「ではせめて、ここにいるかどうかだけでも……」
相手も引く気はないのか、食い下がってくる。
「とりあえず、名前だけなら聞いてあげるわ」
「ありがとうございます。名前は確か……ソラ、だったかと……」
内心に動揺が走る。
カームは、右手に再び火を起こし、その明かりで相手を照らし出した。
全身を照らされ現れたのは、少女だった。
長くまっすぐな黒髪で、右寄りのポニーテール。
服装は見たことのないもので、だが、時々ソラが着ているものに似ている。
と言うことは、風の国、その東の果てにあるという島国の者。
その想像が、すぐに確信に変わった。
なぜなら、少女の左腰にあるものが、刀だからだ。
「ソラという人物に心当たりはあるわ」
「それなら――」
「でも、素性の知れない相手に居場所を教えるほど、馬鹿ではないわ」
少女の表情が少しだけ鋭くなる。
「そうですか。では、あとは私の方で探しますので――」
前へ踏み出そうとする少女の足を止めるように、カームが右手を横へと伸ばす。
その手を覆う炎が少しだけ大きさを増していた。
「これ以上、イリダータへの侵入は許さないわよ」
「どうしても道を譲ってはくれないのですね」
「ええ」
「そうですか」
仕方ありません――と少女が嘆息し、
「……では、押し通すまで」
声はあくまで穏やかなのに、その言葉には力が込められていた。
「随分と乱暴ね」
「私にも事情があるのです」
少女はあくまで穏やかに、そして表情が変わることもない。
それが、カームはどこか恐ろしく感じた。
だが、それでは駄目だと自らを鼓舞し、そんなカームの感情を燃料にするように、右手の火がさらに燃え上がり、炎となる。
睨み合う、カームと刀使いの少女。
その傍らで、クリスが不安げに二人を交互に見ている。
「ここから先には、行かせないわ!」
カームが叫ぶと同時、炎をまとった右手を少女へ突き出すようにして向けた。
「火ノ鳥!」
炎が揺らぎ、翼を生やすと、突き出た嘴を少女へと向け、飛んだ。
火使いが一般的に使用する火球と違い、火ノ鳥はカーム独自の技であり、その特徴は本物の鳥のように自在に動かすことができるというものだ。
「それは先程斬り捨てました」
少女が動く。
左足を擦るように下げ、左手で刀の鞘を、右手で柄を掴むと、体を捻るようにして《《溜め》》をつくり、そして刀を抜き放った。
一閃――刀が斜め上へと火ノ鳥を斬った。
真っ二つに割れた火ノ鳥の間から、カームと少女が互いに顔を見合わせる。
そのカームの表情は、笑っていた。
その表情を察知した少女が、怪訝に眉を寄せる。
直後、斬られた火ノ鳥が、二羽となったのだ。
「炎は刀では斬れないわよ」
カームが両腕を左右に広げると、二羽の火ノ鳥が左と右へ離れるようにして飛び、旋回して少女を挟撃するようにして突っ込んでいった。
「ならばっ!」
少女は素早く納刀し、再び抜刀の構えをとると、体を先程よりも大きく捻り、そして抜刀すると同時に、左足を地から浮かせ、右足を軸に、抜刀の勢いで回転した。
火ノ鳥が少女へ襲いかかる寸前、少女を中心に発生したつむじ風が、火ノ鳥を巻き込み、そして夜空に火の粉を散らせながら舞い上げた。
刀を抜き放った状態の少女が、ふっと笑みを浮かべる。
カームは歯噛み、それでもここを通すわけにはいかないと、再び右手に炎を呼び起こした。
「遅いです!」
「カームさん!」
少女が目の前から消え、そして後ろから声がした。
その声に、クリスの切羽詰まったような声が重なって聞こえた。
振り返ろうとするカームの頬に、ちくりと痛みが走る。
それは、背後に回り込んだ少女が向けた刀の切っ先が当たっていたのだ。
それ以上振り返ろうとすれば、切っ先が頬に突き刺さるだろう。
「どれだけ炎の威力が強かろうと、風を前にしては……無力。今の貴女はまさに、風前の灯火です」
何を言われても、何も言い返せない。
完全に、今のカームは生殺与奪の権利を奪われてしまっていた。
少女が人を殺せるような人物かは分からない。
だが、これが闇の使徒ならば、カームは振り返る間もなく首を刎ねられていただろう。
「風こそが最強なのです。火も水も地も、風を前には無力。なぜなら、最速こそが最強――」
「嘗めるなっ!」
一体の動作なく唐突に、カームを中心に円を描いて囲うようにして炎が舞い上がった。
「くぅ――!」
その炎が少女をなめようと襲いかかるが、風のエレメントによって、少女は素早く後退していた。
だが、はらりと落ちる少女のポニーテールの毛先が、ほののわずかに焦げていた。
炎を挟み、睨み合うカームと少女。
その少女が、カームの顔を見るなり、目を見開いた。
カームの右目――その瞳が、赤よりも濃い色となっていたのだ。
その瞳に見つめられた少女は、一瞬、自らが焼かれるような錯覚に陥った。
「うっ!」
カームが右目を庇うように右手で覆う。
その瞬間、炎が燻り、そして少女もまるで金縛りにあったかのような感覚から解き放たれた。
いつの間にか全身に汗をかき、動悸も激しくなっている。
身体能力――特に、体の柔軟性と肺活量を重点的に鍛えた少女の体は、全力疾走しようとも、呼吸は多少荒くなっても、ここまで動悸が激しくなることはない。
この動悸は、肉体を酷使したために起きたのではなく、精神に負担がかかったからだ。
もし、あの紅い瞳に見つめられ続けていたら、どうなっていたか……。
「カームさん!」
クリスの声に、少女がハッと気づき、すぐに斬りかかろうとする。
カームは右目を押さえ、片膝をついていた。
「覚悟!」
「させません!」
少女の一閃よりも速く、あらかじめ展開しておいたクリスの地のエレメントによる領域の支配が、カームの前に砂の壁を発生させた。
少女の刀が砂の壁に向かって振るわれるも、ただ表面の砂を弾いただけで終わり、砂の壁がそのまま少女を呑み込もうとする。
だが、少女の速度は半端ではなく、瞬く間に後方へ移動し、砂を回避していた。
舞い上がる粉塵が視界を遮り、それが収まるなかで、少女がクリスを見やる。
クリスは、確固たる意志を持って、その視線と向かい合った。
「地のエレメント……にしては、少し異質ですね」
「カームさんには、指一本触れさせません! これ以上、誰かを傷つけようとするのなら、私が相手になります!」
「できますか?」
挑発するように、少女が笑む。
それに対し、クリスは表情を険しくしたまま、膨大な量の黄のオーラを惜しみなく放った。




