第一話 刀使いの少女(7)
「カームさん」
黄昏が終わるころ、クリスが口を開く。
「私、カームさんの役に立てていますか?」
視線をクリスへ向けると、少しだけ不安げな表情が目に入った。
「何を言っているの? この一ヶ月間、あなたのおかげで、私は自分でも驚くほどに地使いとしての能力が上がっていると実感しているわ。それは、あなたのおかげなのよ」
「それなら、よかったです」
「クリス――あなたはまだ、あの時のことを引きずっているの?」
「え?」
視線が交わる。
カームはあえて、何のことかは口にしない。
それは、クリスをただ傷つけるだけ。
例えベヒモスに操られていたのだとしても、クリスはその力を持って、カームを手にかけてしまったのだ。
こうしてカームが生きているのは、一重にカーム自身でも謎に満ちている己の火のエレメントのおかげ。
この身のうちに宿る、不死鳥とも言うべき存在に、カームは二度も救われた。
自身が瀕死の傷を負う度に、その身を炎で焼き尽くされ、あらゆる肉体の損傷を再生する。
それは、肉体を焼かれる痛みを伴い、気が狂いそうなほどの荒療治だ。
カームは二度死に、二度生き返った。
だが、それはカームに屈辱という傷を心に深く刻み込んだ。
自分の不甲斐なさ、力のなさ。
そういったものが露呈されたようで、まるでお前は弱いとでも言われているように感じていた。
イリダータは学舎だが、学ぶ内容は、エレメントに関する知識や扱い方であって、そこにエレメンタラー同士での戦闘方法や、ましてや殺し方などは一切含まれていない。
エレメンタル・トーナメントも、エレメンタラー同士による戦いを目的としているが、あらゆるルールに束縛され、それは一種の遊戯と化している。
カームがもつ【ガーネット】の称号も、いまでは昔ほど輝いているようには感じなくなってしまっていた。
【深淵】の目覚め、そしてベヒモスとの戦闘――あれこそが命を懸けた死闘であり、そういった者たちこそ、エレメンタラーの頂きに存在するに値するのかもしれない。
光と闇は表裏一体、四英雄は最強のエレメンタラーだ。
だが、それと同時に、闇の使徒もまた、最強のエレメンタラーなのだ。
そんな存在をこれからも相手にするかもしれない。
ソラの【深淵】を滅ぼすために、カームは【虹使い】になると誓った。
だが、その前には必ず闇の使徒が立ち塞がるだろう。
そのとき自分は、ソラやクリスのような卓越した力を持つ存在となっているのだろうか。
もしかして、足手まといになっているのではないだろうか。
ソラは自分を、疎んではいないだろうか。
クリスもまた、自分の特訓などに付き合わされて、本心はどう思っているか分からない。
こうして教えてもらっているのも、クリス自身、罪悪感があるからだ。
自分を死に至らしめたベヒモス――だが、そのベヒモスに操られていたのは、クリスだった。
間接的には、クリスがカームを殺したようなもの。
その罪を背負い、クリスは死を覚悟して大地の裂け目へとベヒモスと共に落ち、それをカームは救い出した。
生きる意味を見い出せずにいるクリスに、自分のために生きろと言った。
それが、カームは正しいことだと信じている。
だが、それは同時に、クリスの人生を縛り、カームを中心としたものにしているかもしれないと思うと、やはり悪いと思ってしまう。
「カームさんもソラも、エラやレイも、みんなが気にするなって言います。でも、私はやっぱり、私が許せないんです。私は強くなりたいんです。闇に心を奪われてしまうような、弱い自分でいたくない。それに、カームさんを立派な地使いにして、そして【虹使い】にしたい。そうすれば、私と同じ目に遭ってるソラを助けられるから」
「罪滅ぼしのつもり?」
なるべくやさしい声音でカームは訊ねた。
「いえ、それが私の生きる目的なんです」
カームは瞠目した。
少なくとも、こんなにもクリスが断言するとは思っていなかったからだ。
「私、今までずっと、何のために生きてるんだろうって思っていました。故郷を失って、孤児院ではずっと独りで、厄介者払いみたいにイリダータに入学させられて……私、エラが初めての友達なんです。何もない私に、エラは積極的に話しかけてくれて、色んな場所に付き合ってくれた。クラスの誰も私のことを知らないけど、エラだけは私を呼んでくれた。それからソラやレイ、カームさんやフィリスさんとも出会って、あんなことがあって……私、初めて誰かのために何かをしたいって思えたんです。エラのため、ソラのため、カームさんのため……自分のこの力が嫌で、でも、こんな力でも役に立つのなら、私はそのために力を使いたいんです。自分のためじゃない、大切な人のために……」
心を内を吐き出すように、クリスはずっと言葉を吐き出し続けた。
カームは耳を傾け、ただ聞き手に徹していた。
そこに意見は挟まず、反論もしない。何も言わない。
だってこれは、クリスの心の叫びだから。
クリスはただ、吐き出したいものを吐き出しただけ。
「私も昔、養父から言われたことがあるの」
そう呟き、カームはスカートのポケットから黒い手袋を取り出すと、右手にはめ、指を鳴らす動作をした。
その手をのひらを上に向けると、そこに火が灯った。
「火はとても危険なもので、相手だけでなく、自分をも焼いてしまう。四大戦争で、戦況が泥沼化し、誰が何のために戦っているのかも分からず、火使いの中には精神を破綻させ、敵味方関係なく火を放つ者もいた。目的のない行為は自己を崩壊させる。戦争でも……家族のため、大切な人のため、そういった考えで戦場に赴いた人たちは、何とか正気を保ったまま帰還できた。それでも、心に一生癒えない傷を残して……」
夜の帳が下り、灯る火が、カームとクリスをオレンジ色に照らす。
「四英雄と闇の使徒――お互いに自他共に求める最強のエレメンタラー。だけど、一方は英雄となり、もう一方は闇に堕ちた。この二つの違い、分かる?」
「……いえ」
クリスは少し考え、それから首を横に振った。
「四英雄は、誰かのために、そして守るために戦った。そして闇の使徒は、自分のため、そして殺すために戦った」
自分のためか、大切な者のためか。
守るためか、殺すためか。
それが、二つの勢力となり、そしてぶつかりあい、歴史上最大規模の戦闘となったのだ。
天変地異を引き起こし、その爪痕の多くが、イリダータやアルコイリス周辺にそのまま残っている。
そして、当時は四英雄が勝った。
だが、【深淵】は生き延び、息を潜め、そして今再び、復活しようと目論んでいる。
一度は目覚め、今はまた眠りについているが、何がきっかで目覚めるか分からない。
そのとき、復活した【深淵】や闇の使徒に対し、四英雄は三人となり、大陸に散り散りになっている。
最悪の場合、次は【深淵】が勝つかもしれない。
それは、ソラという存在が奪われることになる。
そして闇の使徒が復活すれば、大陸中が殺戮の場となり、数多の死体が大地に伏すことになるだろう。
平和を謳歌する四大国は、為す術もない。
各国、自衛のためにエレメンタラーに戦闘技術を訓練させているが、公では恒久的な戦争の放棄を宣言しているため、大規模な演習もできず、ただ技術を受け継がせているだけにすぎない。
戦争を経験した者たちが力を失えば、残るは平和な時代を生きた者たちのみ。
そこで、【深淵】が復活したのなら、大陸は闇の時代を迎えることになるだろう。
だから、カームは死に物狂いで特訓をするのだ。
さっきの砂の津波も、実はソラに内緒で、クリスに無理を言ってお願いしていることなのだ。
砂の津波が落ちてきたとき、直撃していたら、あの質量ならばカームの華奢な体など、簡単に砕け散っていただろう。
だが、死と隣り合わな特訓を行わなければ、三度目の死を迎えるかもしれない。
この身に宿る不死鳥にも頼るわけにはいかない。
そもそも、謎が多すぎて、信頼という点では、まったくあてにできない。
生き返ると思って死に至る傷を負い、それで甦らなかったら、それこそ終わりなのだ。
「だから、私は守る力を持ちたい。自分自身を、そして守りたいと思う人たちを」
「私も……」
互いに見つめ合い、頷く。
「さて、そろそろ寮に戻りましょうか」
「はい」
立ち上がり、手に灯した火を放つ。
それは、カームの手から離れると同時に火ノ鳥となって飛び立ち――
真っ二つに斬れた。




