第一話 刀使いの少女(6)
放課後になり、ソラとカームの前にクリスが駆けつけてきた。
「お待たせしました」
急ぐために走ってきたせいか、二人の前で立ち止まったクリスは、胸に手を当て、苦しそうに息をしていた。
「クリス、そんなに焦ることないのに」
そう言うソラも、お昼に走ってきたはずだが、カームは余計なことは言うまいと思った
「ええ、私は教えてもらう立場なのだから」
「いえ、そんな……カームさんを待たせるわけには……」
息を整えようとしながら、クリスが大げさに頭を振る。
「クリス――あなたは、私よりも二つ年上なのよ。もう少し、年上としての威厳があってもいいと思うのだけれど……」
「そんな、恐れ多いです。私は、ここでは一年生で、カームさんは先輩なんです。カームさんも、私なんかに遠慮なんてしないでください」
そう言うクリスに、ソラとカームは顔を見合わせ苦笑した。
「相変わらず強情ね」
「そこだけは譲れませんから」
なぜかそこで胸を張るクリスに、カームはまた苦笑した。
そんな二人に、
「じゃあ、ボクは保健室にいって、経過を見てもらってきます」
そう言ってクリスに近づくと、お互いに手のひらを出し合い、パンとわざと音を鳴らすように叩いた。
そのまま歩みを止めず、ソラが校舎の方へと去って行く。
ソラはそのまま寮に帰る予定になっており、ここからは二人だけの時間となる。
カームとクリス――残された二人は、ソラが校舎の中に入るまで見送ると、お互いに顔を見合わせた。
「それじゃあ、今日もよろしくお願いするわね」
「はい。任せてください」
ソラが両腕とエレメントを使えずにいた一ヶ月間。
その間、放課後の特訓はクリスにお願いしていた。
クリスのループタイにはめられた黄の石。
つまり、クリスは地使いだ。
だが、クリスは地使いのなかでも極めて特殊な血族――『恒河沙』の生き残りなのだ。
『恒河沙』の特徴は、砂を操る能力だ。
地使いは通常、大地を操ることができるのだが、大雑把に言えば、それはつまり土の塊を操ると言うこと。
それに対し、『恒河沙』が操る砂とは、文字どおり、砂の一粒一粒を自在に動かすことができるのだ。
【破断】の最高位を冠するアビゲイル・ワイゼンスキーが、地使いの極致とも言える大地を割るという大規模な技を使えるならば、『恒河沙』は、まさにその名の如く、無数とも言える砂を、まるで群体のように繊細かつ巧妙に操ることができるのだ。
それがどれだけ困難――いや、不可能なことか。
水使いの水龍に例えるならば、アビーの大地を割る破断は、巨大な一頭の水龍を生み出すこと。
そして、クリスの操る『恒河沙』は、その水龍を、十頭どころか、千、万、億と、もはや途方もない数を操れと言っているようなものなのだ。
そして、それは教育や実践で身につけられるものではなく、まさに血族に伝わる一子相伝の技であり、クリスしか持ち得ない先天的な能力なのだ。
アビーもまた、クリスと同じ故郷の出身で、そのエレメント量はずば抜けていたが、それでも『恒河沙』の才能が発現することはなかった。
だから、クリスから『恒河沙』を学ぼうとしても、それは無理難題であり、そもそもクリス自身、感覚的に操っているため、どうやったらできるのかなどと聞かれても答えられないのがオチだ。
そんなクリスに対し、ではカームが何を学ぶのかというと……
「それじゃあ、始めましょうか」
「ええ」
二人は、向き合った状態から、後ろへと下がり距離をあけた。
二人の足下に広がるのは、草木のない、乾いた大地。
ここは、地使いがよくエレメントの実践に使う場所のひとつで、放課後ともあり、他の生徒の姿はない。
この時間まで自主練をする生徒は少ない。
時々見かけはするが、毎日この時間になっても特訓しているのは、ソラとカームくらいだろう。
だから、誰もいないからこそ、存分に力を出し切ることができるのだ。
「行きます」
クリスの合図と共に、その足下の固い大地が砂状になっていく。
それでも、クリスの体からはほとんど黄のオーラが出ていない。
つまり、固まった大地を砂状にすることなど、クリスにとっては日常と何ら代わりがないということなのだ。
無意識に唾を飲み込む。
今日まで何度もやってきたことだが、それでも緊張はする。
そして、クリスの全身から産毛のように見えていたオーラが大きくなった。
それと同時、砂状となった足下の砂が、カームへと襲いかかってきた。
「――ッ!」
それはまるで腕のように見え、触手のようにも見えた。
どっちにしろ、自分に向かってくるそれに対し、カームもまた黄のオーラを発生させると大地に手を押し当てた。
それに反応するように、土の壁がカームの前方に迫り上がり、砂の腕を防いでみせたのだ。
「まだです」
クリスの声と同時、今度は二本の腕が左右から同時に襲いかかってきた。
カームは、目の前の土の壁を一度戻そうとしたが、そうではなく、大地に押しつけていた手を引き離すように左右へと伸ばした。
その動きに連動するように、目の前の土の壁が真ん中で割れ、幅が半分になった二枚の壁となり、大地を移動してそれぞれ左右から襲いかかってくる砂の腕を防いだ。
「これは防げますか」
クリスは一歩も動くことなく、今度は巨大な砂の津波を発生させた。
それは、ベヒモスとの戦いでソラたちが使った技と似ているが、違う。
ベヒモスやソラは、あくまで大質量の土を巻き上げたにすぎない。
だが、クリスのそれは、まるで海の波を再現したように形作られており、それが逆にカームには恐ろしく見えた。
この砂の津波に、どれだけのエレメントが含まれているのか。
これを防ぐには、より多くのエレメントをもって、押し負けない質量を含めた壁をつくる必要がある。
砂の津波は、クリスが制御しているのか、ゆっくりと近づき、それに伴って大地の砂を吸収しているのか、どんどん高さが増していった。
焦る気持ちを落ち着かせ、手元に集中する。
この一ヶ月間、ずっとクリスの指導を受けてきた。
相手が一年生だという意識は微塵もなく、カームにとってのクリスは、四英雄のアビーと同等のエレメンタラーであり、その教えは確実にカームを成長させていた。
カームの【虹使い】になる目的に、クリスを半ば強引に巻き込んだ手前、その成果は見せたい。期待を裏切りたくはない。
通常のエレメンタラーは、自国のエレメントを得意としており、それこそ生まれつきある程度は操ることができる。
それは、人間とエレメントが長い年月の間、共生していた結果であり、代々受け継がれてきた結果でもあるのだ。
カームは火使いだ。
だが、カーム自身は、火の国出身だとか、火使いだとか、そんな絶対的な自己は持ち合わせていない。
なぜなら、カームは孤児だからだ。
そして、カームを養子として迎えてくれたのが、あの四英雄のひとり――ルカ・ロードナイトであり、だからこそ、カームはその教えによって、火使いとなったのだ。
養子となる以前の記憶がないカームは、自分がどこの国の生まれで、何のエレメントに適性があるのかも分からない。
火使いになるのでさえ、十年もかかったのだ。明らかに火の国の生まれではない。
しかし、だからこそカームは、自分は【虹使い】になれると思った。
このカームの状況は、つまりどのエレメントでも身につけることができるということであり、世間一般で言われているような、ひとつのエレメントに十年という常識が当てはまらないかもしれないのだ。
たしかに火のエレメントは十年かかったが、イリダータで学んだ三年間、水、風、地に関して、少なくとも火ほど苦労することはなかった。
基本も身につけ、だからこそ、こうしてクリスからの教えも実行していくことができるのだ。
ソラやクリスが凄すぎて霞んでしまいがちだが、初歩的なエレメントだったとしても、すでに四つのエレメントを使うことができるカームは、やはりイリダータきっての才女といえるだろう。
カームが生み出した土の壁は、砂の津波に立ち塞がるようにぐんぐんと伸びていき、そして――
大量の砂の山からようやく這い出ることができたカームは、その山を滑り下りながら地面に転がり、何度か咳き込んだ。
「大丈夫ですか、カームさん!」
慌てた様子でクリスが駆け寄る。
「平気よ。ちょっと砂を噛んだだけ」
制服についた砂を払い落とすも、服の中にも入り込んでしまっているのか、体中に違和感が残って仕方がない。
「今回は、惜しかったですね」
そう言って、クリスが背中や髪についた砂をそっと払う。
「ありがとう、クリス」
「いえ」
「高さを意識したものの、厚みにまでは気が回らなかったわ」
さきほどの砂の津波に対する、土の壁による防御。
今回初めて、砂の津波を防ぐに足る大きさにまで土の壁をつくることができたものの、厚さがまったく足りず、砂の津波の大質量にあっさりと土の壁が砕かれ、その質量を伴ってカームに向かって落ちてきたのだ。
間一髪で避けたものの、大地に落ちた大量の砂が飛び散り、それがカームを呑み込んだのだった。
クリスも同じ被害に遭ったが、直前で砂の軌道を操り、呑み込まれずに済んでいた。
咄嗟の判断でそういうことができるのは、やはり天性なのだろう。
「ふぅ」
ひと息ついたカームは、おもむろに砂の山の斜面に座り込んだ。
「カームさん?」
「大丈夫。ちょっと疲れただけよ」
「じゃあ、私も休憩しますね」
そう言って、クリスが隣に座り込む。
何も語らず、何もせず、ただ隣り合って座り、暗くなっていく空を見つめていた。




