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空使いとアルカンシェル  作者: 天瀬 智
第三章 疾風の来訪者
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第一話 刀使いの少女(5)

 それはまだ、ソラが楓と二人で暮らしていたころ――。

 地面に膝をつき、手を伸ばして石を掴んだはずの手は、しかしなにも掴んでおらず、空っぽだった。

「惜しかったな」

 その声は、ソラの頭上から聞こえ、顔を上げると、楓が立っていた。

 その手には、ソラが掴んだと思っていた石が握られ、それを宙に投げては掴んで、を繰り返していた。

 まるで見せびらかすような楓の行動に、ムッとしたソラは、楓が石を投げ、宙に浮いた瞬間、その石を奪わんと跳んだ。

 全身に風のエレメントをまとい、目にも止まらぬ速さで掴み取る――はずだった。

「おっと」

 楓の後方で着地するソラは、自分の手がまたもや空手になっていることに、地団駄を踏んだ。

「どうした? もう終わりか?」

 振り返った楓が、意地悪な笑みを浮かべる。

 あまりに安い、安すぎる挑発だったが、まだ十歳くらいだったソラには、それが我慢ならず、性懲りもなく再び石を奪わんと手を伸ばした――が、結局、楓はその場から一歩も動くことなく、日が沈むまで百回を超える奪取に失敗したソラは、

「あっはっはっはっはっ、これで、ん~百勝無敗だな。さすがは私だ」

 そんな楓の声を、疲労が限界に達し、地面に突っ伏した状態で聞くことしかできないのだった。

 楓が笑いながらログハウスへ戻るその途中で、手に持っていた石を後方へ投げた。

 その石は、突っ伏すソラの頭の先に落ちたが、もはやそれを手に取ることすらできないほどに、ソラは死に体となっていたのだった。

 そんな、遊びにもじゃれあいにも見えるような楓の特訓は三年にも及び、そしてその三年間、ソラは楓に対し一度も――


            ※


「今日は、風のエレメントの鍛錬をしましょう」

 場所を障害物のない平地に移動したソラとカーム。

 今日はカームがソラから指導してもらう日だ。

「またいつもの?」

「はい」

 カームの問いに、ソラは元気よく答えると、地面に落ちている石のなかから、比較的大きめの石をひとつ拾った。

「ソラの風のエレメントの鍛錬方法って独特よね」

「そうなんですか? ボクは、楓から教わった方法を、そのまま真似してるだけなんですけど」

 ソラの風のエレメントは、イリダータ内でも独特だ。

 それは、ソラの風のエレメントの師が、あの東雲楓だからだ。

 楓は、刀と呼ばれる武器を使う刀使いで、その風のエレメントの使い方は、一貫して己の速度を高めることにある。

 それによって、四大戦争時代には、目にも映らぬ速さで相手を一刀両断するエレメンタラーとして名を馳せ、敵味方問わず恐れられていた。

 風使いと言えば、まず風を操り、強風やつむじ風を発生させたり、四大戦争時には、風の刃なども生み出すこともしていた。

 だが、楓の血族である東雲一族は、あくまで刀を武器としており、風のエレメントは、抜刀するために己を神速の域まで高めるための手段に過ぎないのだ。

 そんな楓の指導を三年間、一日どころか一瞬たりとも休むことなく受け続けていたソラもまた、風のエレメントを手段として使用することが日常となってしまっていたと言う。

「つまり、私は今、間接的に東雲楓の指導を受けていると思っていいのかしら?」

「間違いではないと思いますよ。ただ――」

「ただ?」

「同じ指導方法でも、楓から直接受けたら、カームさん多分泣いちゃうと思います」

「なっ!」

 その言葉に、カームは驚いた。

「この私が、泣くっていうの?」

「はい」

 即答するソラ。

「私よ? このカーマイン・ロードナイトが、厳しい指導くらいで泣くって言うの?」

「はい」

 念を押すカームに、それでもソラは即答した。

「楓は、とにかく日常の生活のなかで、ずっと風のエレメントを使うように言ってきたんです」

「日常の生活で?」

「はい。それで、本当にちょっとした些細なことでも、とにかく勝負事にするんです」

「……たとえば?」

 考えてみるも思い浮かばなかったのか、カームは首を傾げて見せた。

「どっちが先に家に戻れるか。どっちが先にトイレに入れるか。どっちが先にご飯を食べ終われるか。どっちが先に食器を洗い終われるか。どっちが先にお風呂に入って上がれるか。どっちが先に眠れるか」

「それが鍛錬になるの?」

「ボクも最初はそう思いました。それで、さっきも言いましたが、必ず風のエレメントを使うんです。移動や体の動き――それにエレメントを付与させて、速度を上げるんです。最初は背中を押すみたいな感じで大雑把にしかできなかったんですが、そうやって風のエレメントを使うことを日常化させることで、いつの間にか、腕や脚、最後には指の関節ごとに速度を調整することができるようになったんです」

 そう言って、ソラが右手を挙げ、五本の指を動かして見せる。

「そうすることで、風に押されているみたいな感じがなくなって、自分自身の体がただ速く動作するように感じてくるんです」

「その二つのあいだの違いが、いまいちピンとこないのよね」

 カームは想像しようと懸命に頭を捻るが、こればかりは体感しなければ分からない。

 だが、これを体感できる領域に達することができるまでの道は険しい。

 むしろ、断崖絶壁と言っても過言ではない。

 ソラ自身、他に何もすることのない場所で楓という存在に付きっきりで指導を受けていたから身につけることができたのだ。

「えーっとですね、じゃあ、これならどうですか?」

 そう言って、ソラは手に持っていた石を地面に置き、前を向きながら後ろに下がった。

「いつものように、どっちが先に石を取れるかの勝負で、条件は風のエレメントを使うこと。このとき、風のエレメントを使うという条件で思い浮かぶのが、追い風をつくることだと思います」

「そうね。風が背中を押してくれれば、速く走ることもできるわ」

「そうです。だけど、ここから石を置いたところまで、もしあり得ないほどの強烈な風で一瞬のうちに移動できた場合、手はどうですか? 足は?」

 少しずつヒントを開示していくと、やがてカームがピンときたのか、何か閃いたような表情を浮かべた。

「なるほど。動作が……いえ、意識が追いつかないのね」

「その通りです、カームさん」

 なるほど、とカームは理解した。

「体をただ風で押しただけでは、石を掴むための手も、移動したあとの着地や、姿勢の制御をするための足も、すべての動作が追いつかないんです。そして、その動作が追いつかない理由が、あまりの速度域に、そもそも意識が追いつかないからなんです」

「でも、ソラはあの速度でも意識が追いついているのよね?」

 人がどんなに移動速度を高めることができたとしても、その速度に意識が追いつかなければ、移動中に何が起こっているのか、何が見えているのかも分からない。

 最悪、あまりの速度に耐えきれず、体に多大な負担をかけることもある。

 ソラが今まで見せた、目にも止まらぬ速度も、よく考えてみると、到底真似できるものではないと理解できるはずだ。

「それに慣れるため……慣らすために、日常化させるんです。人の感覚もまた、鍛えることができるんです。速い動きを体が常に行っていると、それに感覚が順応して、速い動作を行っているのに見える風景が、通常の同じようになっていくんです。それで、慣れないと一瞬で過ぎて何も見えなかった世界が、止まって見えるんです」

「止まる?」

 またよく分からない感覚の表現に、カームは眉を寄せた。

「はい。止まるんです……世界が。そこで自分だけが普通に動けるんです。それで、普通に移動した先では、移動前のときからまったく時間が過ぎていないんです」

 ソラの解説に、カームが必死に理解しようと唸る。

「こればっかりは、この領域まで足を踏み入れた人じゃないと分からないと思います。それに、今の話はボクの感覚なので、楓に訊くとまた違うかもしれません」

 そもそも、この領域に達することができるのは、楓のような東雲一族以外にいないだろう。

「そうね。今はただ、そういったものだと理解だけしておくわ」

 苦笑するかのように息を漏らすカーム。

「でもそれで、私でも泣いてしまうことにどう繋がるの?」

「え? だって、カームさんって負けず嫌いじゃないですか」

 何を当たり前のことを、と言う風に首を傾げるソラに、

「……否定はしないわ」

 少しムッとしたような表情を浮かべるカームだったが、

「ボクは楓から三年間、ずっとこの指導を受けてきました。三年間です。しかも、一日のうちにどんな些細なことでも勝負事にされてたんです」

 同じことを、あえてもう一度言うソラ。

「つまり?」

「つまりですね。ボクは三年間、一度も楓に――」

 ソラは、まるで当然のように、

「一度も勝ったことがないんです」

 と満面の笑顔で言うのだった。

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