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空使いとアルカンシェル  作者: 天瀬 智
第三章 疾風の来訪者
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第一話 刀使いの少女(3)

 休息日明けの朝。

 カーマイン・ロードナイトは、姿見に映る自分の姿を改めて見ていた。

 四年生になってから三ヶ月が過ぎ、季節は夏を迎えた。

 イリダータ・アカデミーは、この季節を迎えると衣替えとなる。

 上は白の半袖の開襟シャツで、火の国出身を表す赤い石のループタイもそれに合わせてゆるめに締めている。

 プリーツスカートは同じ黒だが、生地も薄く軽い。

 姿見に映る自分が、夏服である半袖の開襟シャツを着ている。

 その違和感が、まだ拭いきれない。

 カームはかつて、幼い頃に火のエレメントの扱いを誤り、大火傷を負った過去を持っている。

 火傷は胸部を中心に、首下、両腕、腹部に至り、それを人目に晒すことを嫌ったカームは、一年を通して長袖を貫き通し、シャツのボタンも一番上まで留めていた。

 だが今は、その火傷の痕が、カームの肌から綺麗になくなっている。

 それはひとえに、ソラのおかげだ。

 ソラがいたから、今のカームがいる。

 自分の首筋を指で撫で、それから晒された腕も撫でる。

 そこにはやはり、火傷の痕はない。

 何度見て触っても、ないのだ。

「夏服、似合ってるわね」

 その声に、カームは内心でビクッとしつつ、まったく動揺していしないていで声のした方へ視線を向けた。

「フィリス」

 そこに立つのは、洗面所から出てきた同室のフィリス・アークエットだった。

 亜麻色のロングヘアーをハーフアップにしたフィリスの首下には、水の国出身の表す青の石がはめられたループタイが下がっている。

「ふぅ~ん」

 意味深な視線で、フィリスが上から下へとカームを見定める。

「何よ……」

 悟られないように、あくまで冷静なふりをしていたが、

「いえいえ、あのカーマイン・ロードナイトともあろう者が、まさか夏服を着られたくらいで喜んでるわけ、ないわよねぇ」

「と、当然でしょ。たかが夏服くらいで――」

「ソラが見たら、何て言ってくれるかしらね」

「――ッ! ちょっ、なんでそこでソラの名前が出てくるのよ!」

「さぁ? 自分の胸に聞いてみることね」

 じゃあ、お先に――とフィリスは部屋を出て行った。

 ひとりになったカームは、「まったく」と呟きながら、改めて姿見を前に、おかしなところがないか確認すると、軽い足取りで部屋を出るのだった。


            ※


 朝食をとるために食堂を訪れていたソラは、寮が同室のレイ・バーネットと席に着いていた。

 男子の夏服は、半袖の白い開襟シャツに、黒のズボンとなっている。

 レイは水の国出身で青い石のループタイを締めている。

 一方のソラは、ループタイをしていない。

 これは、面倒だからとか暑いからなどと言った理由ではなく、ソラの出身国が明確ではないからだ。

 ソラの母親であるノアは、どの国にも属していない非常に標高の高い高地を拠点とする少数民族で、ノア自身、生まれながらに何かしらのエレメントを使えたわけではなかった。

 そして、ソラ自身も、先天的に固有のエレメントを扱えるわけではなかったが、ノア同様、火を除く三つのエレメントに関しては、驚くほどの吸収量を見せた。

 そのおかげで、ソラは水、風、地の三つをマスターしており、それがまたループタイの色を決められない要因となった。

 だが、そもそもイリダータ・アカデミーはそういったエレメントや出身国などといった垣根を越えて相互理解を深めるための場であるため、ソラはループタイをしないことに決めたのだ。

 そして、ソラは自分のことを空使(そらつか)いと名乗っている。そらとはつまりからっぽを意味し、からの器であるため、どんなエレメントでも覚えることができる。

 そんな意味を込めて名乗っている。

 正式には認められていないが、名乗る分には問題ないとミュールからも承諾を得ている。

「そろそろ本格的な夏到来だなぁ」

 胸の部分をぱたぱたさせながら、レイがぼやく。

「レイは水の国だから、四季を知ってるんだよね?」

「ああ。夏はよく海水浴に行ってたな」

 レイが思い出すように、天井を見上げる。

「海水浴?」

「……って、ソラは海を知らないのか」

「うん。聞いたことはあるけど、実際に見たことはないかな」

 ソラは、ここ――イリダータ・アカデミーに入学するまでの十四年間を、山脈に囲まれた秘境とも言える土地で育った。

 そこには、雪解け水で出来た湖があり、水浴びをしたことはある。

 だけど、海というものはミュールや楓から聞いたことがあるものの、実際に目にしたことはない。

「そうか。見たら驚くぞ? 見渡す限り、全部が水だからな」

 レイは体を使って腕を大きく振り、その大きさを表現した。

「うわぁ~。行ってみたいなぁ~」

 瞳を輝かせるソラに、レイがあっと思い出す。

「そう言えば、ひと月後に一ヶ月間の夏休みだよな」

「うん」

 イリダータ・アカデミーは夏になると、長期休暇バカンスが与えられる。

 期間は一ヶ月。

 その間、生徒たちは故郷へ帰るという。

「ソラは、帰らないんだよな?」

「うん。楓がいるところに戻るのも違う気がするし、それに、ミュ……アルコイリスに知り合いがいるから、そこに泊めてもらう予定なんだぁ」

「そうか……あまり詮索する気はないが、信用できる人なんだよな?」

 そう言うレイの声音は、疑っていると言うよりも心配しているように聞こえた。

「その点は大丈夫だよ。みんなもよく知ってる人だから」

 それが嬉しくて、ソラは笑顔で言った。

「そ、そうか。それならいんだが……それはそうと、俺は実家に帰るけど、なんなら、遊びに来るか?」

 その言葉に、ソラはぐいっと身を乗り出した。

「えっ! いいの?」

「こっちから誘ってるんだから、いいに決まってるだろ」

 ニッと笑って見せるレイに、ソラは大きく頷いた。

「ありがと、レイ。あとで話してみるよ」

「なになに、何の話?」

 二人の間の会話に、女性の声が入り込んできた。

 顔を上げると、ソラとレイの正面に、二人の少女が立っていた。

「おはよう、エラ」

「はよーっす」

「おはよう、ソラ。ついでにレイも」

 ひとりは同じクラスのエラ・グリーン。

 淡い金髪のセミロングで、毛先にゆるいウェーブがかっている。

 同学年で、ループタイの石は緑――つまり風の国出身だ。

「おはよう、ソラ、レイ」

「おはよう、クリス」

「おはー」

 もうひとりも同じクラスで、名前はクリス・ロックハート。

 ブロンドで、ウェーブのかかったミディアムヘアーが、挨拶すると同時に下げた頭と一緒に揺れる。

 エラと並ぶと背が小さく、男子のなかでも背が低いソラと同じくらいの身長である。

 ちなみに、これは後で知ったことなのだが、クリスはイリダータ・アカデミーの全学年で最年長なのだという。

 年齢は二十二歳。

 それを聞いたソラたちは驚いたが、すでに年齢に影響を受けないほどの関係性を築いていたため、知った今でも変わらない態度で接している。

「エラとクリスも夏服なんだね」

「当たり前でしょ」

 エラは苦笑し、薄く軽くなったスカートの端を掴んで少し持ち上げ、

「どう? 私たちの夏服、似合ってる?」

「うん。エラもクリスも、よく似合ってる」

「こういうの、何て言うんだっけ? ……そうだ、馬子にも衣装だっ!」

 そう言って、エラに向かって指さすレイ。

「なんですって?」

 その指を素早い動きで掴んだエラが、曲げちゃいけない方へ指をゆっくりと捻っていく。

「いててててて、痛い痛い、指はそっちには曲がらないんだって」

「もう一回聞くけど、私たちの夏服、どう?」

 指を捻るエラと捻られるレイの顔が近づいていき、間近で見つめ合う。

「似合う似合う似合ってます二人とも最高です」

 早口でまくし立てるレイに、エラがようやく指を解放した。

「私たちの夏服似合ってるって。よかったわね、クリス」

 にこりと笑むエラに、

「あはは……そうだね、エラ。レイも、ありがとう」

「いいえ~、どういたしまして~」

 レイが涙目で指をさする。

「まったく……なんでソラみたいに素直に言えないのかしら」

 腰に手を当てて憤慨するエラに、

「……俺の本音、言ってやろうか」

 ぼそっと呟くレイに、隣で聞こえていたソラは苦笑した。

「ソラ、腕の固定具、外れたんだね」

 クリスが、ソラの晒された肌を見て言う。

「うん。あと一週間でエレメントも使っていいって言われたよ」

「そうなんだ。よかったぁ」

 まるで自分のことのように喜ぶクリス。

 この腕の負傷の原因がクリスに起因しているため、彼女はずっと気にしていた。

 腕が不自由だった間も、自分に身の回りの世話をさせてほしいと頼み込んできたのだ。

 最初は遠慮していたソラだったが、それでクリスの罪悪感が薄まるのならと、クリスの世話になることにしたのだ。

 まぁ……それはそれで大変なことになったのだが……。

「クリス、今までありがとう。すごく助かったよ」

 大変ではあったけど、助かったのも事実であり、ソラは素直に礼を述べた。

 その横でレイとエラが向かい合いながら、

「あれでそんな素直なお礼が言えるって……ソラ――お前、大物になれるぜ」

「本当にね。いくら私でも、ソラの立場だったら一週間も耐えられないわよ」

 と、妙に深刻な表情で話し合っていた。

 確かに災難ではあったが、それのクリスの厚意であり、ソラには無下にすることなどできなかった。

「それで、二人で何の話をしてたの?」

 エラの問いに、ソラが答える。

「ボクが海水浴に行ったことがないから、夏休みにレイの実家にお邪魔させてもらおうかなって話してたんだ」

「レイの実家って、海辺なの?」

 ゆっくりと朝食を咀嚼していたクリスが、ごくっと呑み込んだ後、口を開いた。

「いや、ちょっと内陸に入ったところだけど、それでも目と鼻の先だから、小さい頃は、夏になると毎日海に通ってたな」

 思い出すかのように、懐かしさを込めてレイが呟く。

「そうだ! エラとクリスも一緒に行かない?」

「え?!」

 ソラの唐突な提案に、クリスが声を上げる。

「残念だけど、クリスは私が先に予約済みなのよ」

 エラは、私のものだと主張するように、クリスの腕に抱きついて見せた。

「そうなんだぁ」

「ええ、私の実家に招待してるの。ねっ、クリス」

「うん」

 エラに笑顔を向けられ、クリスが少し照れたような表情で頷く。

 クリスには、帰る場所がない。

 彼女は孤児院出身なのだ。

 幼い頃、クリスの故郷は、村の人々が殺害され、壊滅した。

 今その場所には無数の墓石が並んでいるだけ。

 孤児院も、クリスにとってはいい思い出のある場所ではなく、当初、クリスは夏休みの間、寮で過ごす予定でいた。

 だが、それを聞いたエラが、半ば強引に誘ったのだ。

 今のクリスの様子だと、満更ではないようだ。

「でも、行ってみたいわね。水の国の海は、すっごく綺麗だって聞いているし」

「そうなの?」

 クリスが首を傾げると、「そうなのよ」とエラが相槌を打ち、

「風の国の海は、風のせいで波が荒くて、どこか冷たく感じるのよね」

「その向こうに、島国があるんだよな?」

 レイの呟きに、エラが頷く。

「ええ、そうね。風の国から見ても、島国は独特の文化を築いていて、定期便とかもないから、人々の行き来もないし、交流もあまりないのよね」

「そうなのか?」

「実際、名前だって独特でしょ? ソラの名前だって、あっちでは普通に受け入れられるかもしれないけど、ここだと聞き慣れない言葉で、首を傾げられてしまうわよ」

「確かに、俺も実際に最初聞いたときは、聞いたことない名前だって思ったよ」

「でしょ?」

 三ヶ月前――入学して初めて声をかけてくれた二人との会話を思い出す。

「いまじゃあ、違和感もないけどな」

 レイがそう言って、ソラの肩を叩く。

「いつか行ってみたいなぁ」

「大陸最強のエレメンタラーを生み出した島国。なんか、恐ろしく感じてきたな」

「大丈夫だよ。楓は優しいから。ボクたちと変わらないよ」

 笑顔で応じるソラに、エラが思い出したよう口を開く。

「でも、島国の刀使いって言えば、四大戦争時は有名で、最も恐れられてたエレメンタラーだって言われてたのよ。二大宗家って言われてて、東雲と……あれ?」

 エラが思い出そうと視線を上に、う~んと唸る。

「エラ、ど忘れ?」

「うっ……」

 食事に集中していたのか、早々に皿を空にしたクリスがぽつりと呟いた。

「あとで図書館に行って調べるわ」

「別にそこまでしなくても――」

「私自身が気になって仕方がないだけよ」

「そういえば私、図書館に行ったことない」

「だったら、一緒に行かない? 案内するわよ」

「ホントに? うん、行く」

 いつの間にかエラとクリスの予定が決まり、二人が笑い合う。

 あれから一ヶ月。

 クリスは本当に笑顔を見せるようになった。

 クリスは幼少期から、十年以上も悪夢に悩まされ続けていた。

 その悪夢が一ヶ月前に消え、それからクリスはよく眠れるようになったという。

 眠れることが嬉しすぎると言っていただけあって、よく色んなところで眠っているのを目撃するが、それすらも微笑ましい。

 そんな二人の後ろに、見知った女性が二人、近づいてくるのにソラは気づいた。

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