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空使いとアルカンシェル  作者: 天瀬 智
第三章 疾風の来訪者
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第一話 刀使いの少女(1)

 ソラがイリダータ・アカデミーへ旅立つ日の前日。

 星が瞬く夜空の下、大自然が広がる中でぽつんと佇む一軒のログハウス。

 その中で、ソラと楓が向かい合いながら、一緒に寝る最後の夜を迎えていた。

「いよいよ明日か」

 腕を枕にしながら小さく呟く楓に、

「うん」

 とソラが静かに応える。

「私が伝えることはすべて伝えた。あとは、ソラ――お前次第だ」

「ボク次第?」

「ああ。心技体しんぎたい――伝えるべき『技』は伝えた。あとの『心』と『体』は、お前が成長しながら自分自身で獲得しなければならないものだ」

「ボクにできるかなぁ?」

 不安そうに視線を逸らすソラに、楓は手を伸ばし、頭に触れた。

「お前はまだ十四歳だ。それに、イリダータに行けば色んな人間に出会う。驚くぞ? 自分とはまったく違う考えや信念を持ち、行動する者がうじゃうじゃいる。そういったものに触れ、そして、そこから自分というものを確立する。焦ることはない。ゆっくりでいい。気の合う仲間をつくって、楽しく過ごせ。だけど、鍛錬は怠るなよ? いつか抜き打ちで見に行ってやるからな」

「本当に?」

「ああ」

「分かった。ボク、楓が来るまで、絶対に鍛錬を怠らないよ」

「その意気だ」

 両手で拳をつくって意気込むソラの頭をわしゃわしゃと撫でる。

「ソラ。イリダータに行く前に、お前に託すものがある」

 楓の声音が、少し真面目なものになるのを、ソラは感じた。

「それって――?」

「明日、旅立つ前に渡す」

「……うん。分かった」

 ここで訊いてもそれ以上は無駄だろうと思い、ソラは頷いて見せた。

明日になれば、自ずと分かるのだから。

「ソラ、私の故郷にはな、妹の椛と、その一人娘の風子がいる」

 何の前触れもなく語り出す楓に、ソラは耳を傾けた。

「風子は十八になる。私の一族は島国のなかでも特殊でな、十八で大人として認められるんだ。そして、十八になった者には、東雲一族の次期当主となる権利も与えられる。当主になるには、東雲に代々伝わる宝刀を授かる必要がある。そして、その方法は二つだ。ひとつは、当主自身が、宝刀を次期当主に託すこと。そして、もうひとつが、当主に対し、決闘を挑み、勝つこと」

「そんなことしていいの?」

「東雲一族の当主の条件は、『最速』であることだからな。『最速こそが最強』――それが、東雲一族の信条だ」

「じゃあ、今の当主は楓なんだね?」

「ああ、誰も私には追いつけない。だが、ひとりだけいた」

「楓よりも速い人が?」

 それは、純粋な驚きだった。

 大陸全土を探しても、楓よりも速い人間はいないと断言できる。

 そう思ってしまうほど、楓は速いのだ。

 そして、それは楓自身も自負している。

 その楓が、自分よりも速い人物がいるというのだ。

「そいつは、私やアビー、ミュール、それにルカの四人を束ねて、ひとつにした。自分で言うのもなんだが、よくもまぁ私たちみたいな一癖ひとくせ二癖ふたくせもあるような奴等をまとめあげたもんだ」

 その声音には、懐かしさが含まれているようにソラは感じた。

 皮肉を込めて言っているのは、そこに、相手に対する愛情があるからだ。

「そいつは、私たちにとって光だった。光は何よりも速い。追いかけようとしても届かない。あっという間に引き離されて、この手をすり抜ける。そして、いなくなる」

 楓が、自身の手を握っては開きを繰り返し、静かに見つめている。

「ソラ……お前は速い。私の自慢の息子で、愛弟子だ。だが、いつかお前の前に現れることになる。お前の速さに追いつこうと必死にもがく存在に。そのとき、お前は決断しなきゃならない。託す(生かす)か、奪う(殺す)か」

「……(たく)すか、(うば)うか」

 楓の言葉を、記憶に刻みつけるかのように反芻する。

 だが、そのときのソラは、楓の言ったことの本当の意味までは計れなかった。

「ああ。まだ十四のお前にこんなことを託すのは気が引けるが、今のこの平和な時代に必要とされているのは、新しい風だ。私たちの時代は終わった。だから、次はお前たちのような若い世代に託したい。何にも囚われずに、好きなように生きろ。時代とは築くもの。そして伝統とは覆すことだ。忘れるな」

 楓に頭をぽんと触れられる。

 慈愛に満ちた表情。

 アビーはよくこういった表情を見せてくれたが、楓がこの表情をするのは珍しい――どころか、初めてではないだろうか。

「うん」

 だから、ソラは素直に頷いて見せた。

「だけど、楓だって、まだ若いよ」

 嘘偽りない本音を言ったつもりだったが、楓は驚き、そして吹き出すように笑った。

「ソラ――お前は本当にいい子だ」

 いつもの調子に戻った楓が、二人の間を詰め、遠慮なしに抱きついてきた。

「わっ、楓、ちょっと、苦し――」

「このぉ、可愛い奴め。もっとぎゅっとさせろ~」

 そうやって最後の夜まではしゃいで、別れの悲しさを忘れて、二人は疲れ切って眠るのだった。

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