第二章アフター 二人のお世話がかり(7)
ソラがレイとともに寮部屋へ戻るのを見送ったクリスは、すぐに男子寮を出た。
ぽかぽかの体が、少し冷たい夜の空気を心地よく感じている。
(少し、散歩でもしよっかな)
この気持ちを少しでも長引かせたくて、クリスは余韻に浸るように、どこと決めた目的地があるわけでもなく、自然区の方へ歩いた。
夜の自然区は原則的に立ち入りを禁止しているが、柵などで隔てられているわけではないので、実質、誰でも入ることができる。
それでも夜の自然区に入るのは自由だが、遭難した場合は自己責任となる。
そうして歩いていると、小さな丘に辿り着いた。
丘の頂上には大きな樹が生えており、そこに、人影が見えた。
その人影は、赤毛のストレートロングヘアーで身長も高く、すべてが自分は正反対の見た目の持ち主で、
「カーマインさん」
その火使いの少女に、クリスは駆け寄った。
「クリス? どうしてここに?」
「長湯をしてしまって、涼もうと思ってぶらぶらしてたら、偶然ここに……」
「そう」
カームが穏やかな声音で答える。
「あの、隣に座ってもいいですか?」
「遠慮する必要なんてないわよ」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
丘をのぼり、木の幹を背中にして座っているカームの隣に腰を下ろす。
「その様子だと、ソラは満足してくれようね」
「はい。でも……」
と言うクリスに、カームが横目で視線を送る。
「ソラって凄いんだなって、思いました」
「そうね、ソラは凄いわね」
どう言っていいのか分からず、結局は単純な言葉でしか表せなかった。
「私、ソラのことを、絶対に助けたいって思います」
それは、ソラの心の奥で眠る【深淵】のこと。
「でも、私にはそれができません。だから、カーマインさんに託します」
「クリス……」
お互いにわざと正面を向けていた顔を、向かい合せる。
「アビーさんは、命を懸けてソラに地のエレメントをマスターさせたって聞きました。だから、私もカーマインさんを【虹使い】にするために、本気で指導させてもらいます。後輩も先輩も関係ありません。その覚悟を、カーマインさんにもしてもらいたいです」
「ふっ、愚問ね。そんな覚悟、もうとっくの前からできているわよ」
口元に笑みを浮かべるカームに、クリスは目を見開き、それから、同じように笑って見せた。
「それじゃあ、明日から早速。ソラとの朝練はなしって聞きました。その時間を、私との特訓にあててください」
「ええ、願ってもないことだわ。遠慮はいらない。あなたの全力を持って、私を導いてちょうだい」
「はい」
お互いに頷き合い、それからカームが立ち上がった。
「私はそろそろ行くわ。あなたは?」
「私は、もう少しここにいます。なんだか、ここにいると気持ちが安らぐんです」
「そう……。それは案外、気のせいじゃないかもしれないわね」
それだけ言って、カームは丘を下りていった。
「え?」
一体どういう意味なのだろうか?
「ああ、それと……」
丘を下りる途中で、カームが振り返る。
「私のことは、カームと呼んでちょうだい」
「え?」
カームは踵を返すと、また丘を下りて行った。
「カーム……さん」
噛みしめるように呟く。
そんなクリスの頭上で、風に揺れて梢がさらさらと鳴いていた。
――ソラのこと、よろしくね……クリス。
(え?)
懐かしい声が聞こえた。
もう絶対に聞くことはない声。
昔の記憶にしかない声。
だけど、しっかりと記憶には刻まれている、その声。
気のせいだったのかもしれない。
だけど、気のせいだったとしても、声が聞こえてよかった。
「アビーさん……あなたから受けた恩を、ようやく返せそうです」
そう呟くと、そんな必要はない、やりたいことを、思うままに――そう聞こえた気がした。
だったら、やりたいことをやろう。
カームを【虹使い】になる手伝いを、そして、二人と並び立てる存在に――
「私はなる」
誰もいない夜空の下、ひとり宣言するクリスの声を、彼女だけは聞き届けていた。




