第二章アフター 二人のお世話がかり(5)
地使いとして最初の特訓は、大地を支配するための領域の押し合いだった。
しゃがみ込み、大地に手をつくカームに対し、クリスは立ったまま。
それだけで、地使いとしての力量の違いが如実に現れている。
エレメントを使用するとき、イメージというものは思っている以上に重要なのだ。
大地に手を触れさせるというのも、『肌に直接、大地に触れている』という感覚が、よりエレメントの扱いやすさに直結するためだ。
だから、靴越しに、しかも何かを操作するという観点で足からエレメントを大地に送り込むという行為は、想像よりも難いのだ。
それを容易にやってのけるクリスだが、彼女からしてみれば、それは最初からできたことで、ソラと同様、先天的な才に恵まれた存在なのだ。
それでも、そんなクリスであっても、本気を出す場合は、無意識に大地に手を当てると言い、やはりエレメントの操作は、直接が一番ということになる。
カームは自分を中心に広げたエレメントの支配領域がクリスのそれとぶつかるのを感じた。
見えない力で押し合う特訓。
意識していなければ、誰もエレメントの支配領域など気にしない。
何となくで大地を操っている程度なのだ。
だが、それでは駄目なのだ。
これができるかできないかで、より遠くの距離までエレメントを伸ばし、操ることができるようになるのだ。
最強の地使いであり、【破断】の最高位を冠するアビゲイル・ワイゼンスキーは、その領域が尋常ではなく、それによって大地を割るという驚異的な技を使うことができるのだ。
「クッ……」
支配領域を広げようとするカームだったが、中間より先へ押すことがまったくできなかった。
クリスを見上げるも、彼女はただ立っているだけで、何かをしているという雰囲気さえも見せつけない。
その余裕が、カームの闘争心に火をつける。
(押せ! 押せ! 押せぇぇぇ!)
心の中で叫び、まるで踏ん張るように踏み込む。
それに反応するように、領域が少しだけ動く。
(やった!)
と思った瞬間、一気に押し返され、むしろ領域が狭まってしまった。
「カーマインさん、その程度ですか?」
ぴくっ、と頬がひきつったのをカームは感じた。
「そんな安い挑発に、乗るとでも思っているの!」
挑発を受けて力を発揮させることで押し返すことはできる。
だが、それは自分のコントロール下で行ったことではなく、いわゆる火事場の馬鹿力だ。
必要なのは、常時保つことができる力。
故に、常に冷静でいなければならず、その精神下で出せる力を高めなければならない。
クリスも、そのためにあえて挑発したに違いな――
「私が勝ったら、ソラのお風呂の世話は私がします!」
「なっ!」
動揺を突かれたように、急激にクリスの支配領域が押し上げてきた。
何とか押しとどめるも、すぐ目の前まで迫ってきていた。
「急に何をっ! 卑怯よ!」
「だったら、私に負けないでください!」
その言葉に、カームは手のひらへ意識を集中させた。
「負けて、たまる、もの、ですか!」
少しずつ、少しずつ、クリスの支配領域を押し返していく。
支配領域の力は、エレメンタラーを中心に、遠ざかれば遠ざかるほど弱くなる。
今の状態はつまり、クリスの弱い力とカームの強い力が押し合っている状態で、とてもじゃないが、カームが納得できるものではなかった。
「もっと、もっとです、カーマインさん!」
「く、うぅ――」
「出し切ってください! 出して、出して、出して、出し切って、そこからまたさらに出すんです!」
「また、無茶を、言う……」
頭がガンガンと鳴り、ドクドクと血が流れるのを脳が直接感じている。
両腕が悲鳴を上げ、軋むような奇妙な感じがする。
これが、ソラの腕が負傷した原因。
つまり、クリスのこの力に押し切られた瞬間、カームの両腕は使いものにならなくなることになるのだ。
傍から見れば、何をしているのかと思われるような地味な押し合い。
だが、これこそが地使いの基礎にして極地への最もまっすぐな道なのだ。
だから、ここが限界だと決めつけず、超えるのだ!
今日が一歩なら、明日は二歩、そうやって一歩ずつ前に進めば、それはいつか百歩や千歩にまで進めるのだ。
「こ、のぉぉぉぉぉぉ!」
カームの体からわずかだけ湧き出ていた黄のオーラがほんの少しだけ大きくなる。
それを見たクリスは、
「これを、防いでみてください!」
と叫び、前方から大地を膨れ上がらせ、砂状の津波をつくり出したのだ。
(でかいっ!)
まるで地中で爆発が起きたかのように巻き上がる砂群。
それが空中で広がり、そして、カームに向かって落ちてきたのだ。
「カームさん! 壁をつくって!」
遠くからソラの声が聞こえた。
その声に反応するかのように、カームはイメージを手のひらから大地へと送り、そして『お願い』した。
その瞬間、カームの前方から土の壁がせり上がったのだ。
それはカームを飲み込もうとする砂の波と同じ高さで、防ぐには十分な面積だった。
「行きますよ、カーマインさん!」
「来なさい、クリス!」
矛と盾が激しくぶつかり合う。
そして、大量の土砂が地上へと降り注ぐのだった。




