第二章アフター 二人のお世話がかり(3)
午前の座学のため、カームとフィリスの二人と別れ、教室に入るソラたち四人。
いつもは長机に左から、ソラ、レイ、エラ、クリスの順で並んでいたのだが、ソラが両腕を使えないため、教科書を開いたり捲ったりするための補佐を必要としたのだが、その役に買って出たのがクリスだった。
ちなみに、席順は左から、ソラ、クリス、エラ、レイとなった。
「なんで、俺、ソラ、クリス、お前の順じゃないんだよ」
「そんなの……ぼそぼそぼそ(あんたとクリスでソラを挟んだら、二人ともソラにかまって私だけ除け者になっちゃうからじゃない)」
「え? なんだって?」
聞こえないとばかりに耳を向けるレイに向かって、
「なんでもないって言ってるのよ!」
鼓膜を破かんばかりの大声で叫ぶのだった。
「――! ――! ――!」
耳を手で押さえ、悶絶するレイを横目に、エラは隣を見やった。
「今日の授業は、ここからだったはず」
クリスが、ソラの教科書をぱらぱらと捲り、広げる。
そうしていると始業を告げる鐘が鳴り、担当教師のルイス・バンフィールドが教室に入って来た。
「みなさん、おはようございます」
「おはようございます」
教壇についたルイスが挨拶をすると、生徒たちが挨拶を返す。
「まず授業を始める前に、ソラ」
ルイスの視線がソラに向けられる。
「はい」
「今朝、学長から話は伺いました。両腕を骨折したらしいですね」
その言葉に、ソラが「え?」という表情をし、
「いえ、昨日の夜にベ――」
「そうなんです!」
馬鹿正直にミュールが伝えた偽りの情報を正そうとするソラに、隣に座っていたクリスが大声でかぶせた。
「私がヘマをしてしまったせいで、ソラもごめんね」
「う、うん」
あの夜の出来事を、教師および生徒のほとんどが知らない。
そういった人々から見れば、ソラの両腕の怪我は、午後の実技での出来事の方なのだ。
その隣で、やれやれとエラが肩をすくませ、その隣ではいまだにレイが机に突っ伏しているのであった。
「それで、授業中に関しては、ソラのことは、あなたたちに任せてもいいのかしら?」
ルイスの言う『あなたたち』というのは、同じ席に着いているエラ、レイ、クリスの三人を指しているのだろう。
「はい、私にすべて任せてください」
声を張り上げて返事をするクリスに、ルイスは苦笑し、それから授業を始めた。
「では、今日の授業は――」
とルイスが教科書のページ数を告げる。
そのページ数が、事前に開いていたページと違うことに気づいたクリスは、そそくさとページを捲るのだった。
※
授業が終わり、教室を出ると、カームが待っていた。
「カームさん!」
「ソラ、待ってたわよ」
「どうしたんですか?」
歩み寄って向かい合う二人。
そんなソラの後ろから、クリスが近づいてくる。
「カーマインさんはこれからお昼ですか?」
「ええ、そうよ。クリスも、ソラの荷物持ち、ご苦労さま」
「いえいえ、好きでやってることなので」
お互いに笑みを浮かべ合うカームとクリス。
「じゃあ、お昼は私が食べさせてあげるわね。行きましょ、ソラ」
さりげなくソラの背中に手を添えて先へ促そうとするカーム。
「カーマインさん、ソラのお世話は私に任せてくれるはずですよね」
歩き出そうとするカームの前に素早く回り込むクリス。
「ええ。だから、ソラの荷物持ち、ご苦労さま――って」
再び笑顔で睨み合う二人。
そんな二人と間に挟まれたソラを、遠巻きに見守る三人。
「フィリス先輩、止める気は……なさそうですね」
「止めるなんてとんでもない。こんなの一生に一度、見られるか見られないかの大イベントよ」
満面の笑み――というより、どこか意地悪な笑みを浮かべるフィリスに、
「た、たしかに……クリスもこれはこれで可愛いかも……」
「お前もそっち側か」
溜息を吐くレイを後目に、ソラが固定具で固められた両腕を上げて二人をなだめようとする。
「あの、カームさん、クリス。ボク、ちょっと席を外しますので、先に行っててください」
二人の間を、後ずさるようにして後退するソラ。
「どうかしたの? 手伝えることなら遠慮なく言いなさい」
「そうだよ、ソラ。遠慮なんてしないで、なんでも言って」
カームとクリスが同時にソラへと顔を向ける。
「い、いえ、大丈夫です。レイに頼みますので」
そう言って肩越しに振り返るソラに、唐突に話を振られたレイが否定するように頭を振る。
カームとクリスの視線が、ソラを通り越してレイに向けられると、さらにレイは大きく頭を振った。
「ちょ、ソラ。別に俺じゃなくても――」
「ううん、こればかっりは、レイじゃないと駄目なんだよ!」
ぐいっと近づくソラ。
「お願い。実はボク、授業中からずっと我慢してて、もう耐えられないんだ」
ソラが瞳を潤ませ、レイの胸に体を押し当てる。
その光景に、カームとクリスが驚愕し、フィリスは「あらあら」と頬を赤らめ、エラに至っては、目の前の光景が信じられないといった感じで開いた口が塞がらない様子だった。
「どうしても、俺じゃないと駄目なんだな」
真摯に求めるソラに、レイも何かを察したのか、ソラの小さな肩に両手を置く。
「ソ、ソラ、待ちなさい。レイにできることが私にできないはずがないわ」
「わ、私も。全然嫌じゃないから、なんでもするよ」
ソラの背中に向かって、なおも追いすがる二人。
「ごめんなさい、カームさん、クリス」
だが、どれでもソラは頑な首を振った。
「……ソラ」
カームが手を伸ばすが、ソラの肩を掴む前に引っ込める。
「無理言ってごめんね。ソラ」
クリスが申し訳なさそうに顔を伏せる。
「あっ、違うよ。全然迷惑じゃないし、これからも頼らせてほしんだ」
振り返ったソラが、落ち込む二人を慌てて宥める。
「でも、これだけは男同士じゃないと、さすがに……」
「ソラ――あなた、レイに何を頼むつもりだったの?」
フィリスの問いに、ソラは身を縮めるようにして何かに耐えるような仕草をして、
「トイレです」
「……」
「……」
ソラとレイがいなくなった廊下で立ち尽くすカームとクリス。
「まぁ、当然よね」
「はい。とんでもなくおせっかいなことをしようとしていましたね」
「あなたがね」
「いえ、カーマインさんもです」
「あなたたち二人ともよ」
フィリスのつっこみに、二人はそれ以上なにも言わずに黙り込み、ソラとレイが戻ってくるのを待つのだった。




