第二章アフター 二人のお世話がかり(1)
朝、目を覚まして体を起こそうとしたソラは、起きられないことに気づいた。
「あれ?」
変だな、と思ったところで、両腕を固定具でがっちりと固められていることを思い出した。
仰向けになっている体を横にして、何とか体を起こす。
「いてて……」
自由に動かしていた腕が、固定具によって重くなり、まるで自分のものじゃないように感じてしまう。
腕どころか、今は全身がぼろぼろで、関節の節々や筋肉が痛いと叫んでいる。
原因は、昨日(夜中から早朝にかけて)のクリス――いや、ベヒモスとの死闘だ。
体中そうだが、特に両腕は、筋肉が断裂してしまい、腕が動かなくなってしまったのだ。
昨日は、心も体も極限状態だったから痛みも麻痺していたが、落ち着いた途端、叫んでもんどり打ってしまうような激痛が腕から全身へと突き刺さり、ベッドの上で悶絶する羽目になったのだ。
忠告は受けていたにも関わらずだったので、自業自得といえばそうなのだが、それでもあの時の全身を襲った痛みは、アビーや楓から受けた特訓でも味わったことがないほどだった。
保健医のコーデイからは、一ヶ月間の腕の使用禁止を厳命され、さらには腕を封印するための固定具がはめられたのだ。
その日はミュールによって休みを取らされ、レイと一緒に寮で大人しくすることになったのだが、これが想像以上に大変だったのだ。
「おっ、起きてたか、ソラ」
二段ベッドの上から、レイが顔を逆さまにして覗き込んでくる。
「おはよう、レイ」
ベッドから下りたレイが、腕を上げてうんと伸びをした。
「よしっ、じゃあ、お着替えでもしますか」
振り返り、腕に手を当ててやる気を出すレイ。
そうでもしなければ、やってられないのだろう。
「えっと、じゃあ、お願いするね」
ソラもベッドから下りると、レイと向き合うようにして、両腕を広げた。
ソラの寝間着は甚平と呼ばれる、楓の生まれ故郷である島国独自の服なのだが、これが両腕に固定具をはめられたこの状況において、好都合だった。
甚平は袖口が大きいため、固定具つきでも容易に腕を通すことができるのだ。
だが、イリダータの制服の袖は通らず、どうしたものかとミュールに相談したら、『浴衣を着ればいいんじゃない』と返された。
そして、ひとりで服を脱ぐことも着ることもできないソラは、こうしてレイに着替えを手伝ってもらうことになったのだ。
レイに甚平を脱がされ、下着姿になるソラ。
「……」
「……」
お互いに無言で、レイが得意の冗談さえも言葉にしないほど、迅速に着替えを終えた。
「ふぅ」
「ありがとう、レイ」
実際には汗などかいていないが、額を拭う動作を行うレイ。
「いいって、これくらい。しかし……あれだな、男が男の着替えを手伝うっていうのは、なんか……」
「うん……何となく分かるよ」
そうして、また二人とも黙り込む。
何とも言えない空気が、早朝の寮部屋に漂っていた。
※
「――ってことがあってな」
食堂で朝食をとるために集まったのは、ソラとレイ、そしてエラとクリスの四人。
溜息を吐くレイに、向かいに座るエラが首を傾げる。
「ただ着替えを手伝っただけじゃない。ソラは腕を使えないのよ? 一体、何が不満だっていうの?」
「それくらい分かってるって。別に不満とかそういうんじゃなくてだな」
そう言って、レイはカットされたフルーツをフォークで差し、隣に座るソラの口へと運んだ。
それを口に含んだソラが、美味しそうに咀嚼する。
「何よ?」
「こういうのって普通、男女でやるものじゃないか?」
「……ああ、そういうことね」
レイの本心に、エラもまた、納得はいかないまでも理解はした。
たしかに、目の前で繰り広げられる男同士での「あ~ん」は、ソラは童顔なおかげでまだアリだが、その相手がレイとなると、どこか不釣り合いに見えてしまう。
「ごめんね、ソラ。私のせいで」
そんなやりとりを見ていたクリスが、ひどく落ち込む。
「クリスのせいじゃないよ」
ソラが心配かけまいと微笑む。
「でも……」
「もう……クリスのせいじゃないって言ってるじゃない。そんなに落ち込んでばかりじゃ、ソラに悪いわよ」
「……うん」
それでもやっぱり納得しきれていないのか、クリスの笑顔にはどこか影が見える。
このままでは、クリスはずっと罪悪感を引きずって生きることになってしまう。
いくら自分のせいではないと言っても、本人がそうだと思っている以上、周りがどれだけ気にしていないと言っても、納得することはできないのだ。
(う~ん)
頭をフル回転させて考えをめぐらすエラ。
(ここはひとつ)
内心でうんと頷き、
「ねぇ、クリス」
「なに?」
「ソラの生活の手伝い。クリスがやってみるってのはどう?」
そのエラの提案に、クリス、レイ、そしてソラも驚くのだった。




