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空使いとアルカンシェル  作者: 天瀬 智
第二章 大地の呼び声
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第四話 大地狂騒(7)

 闇のベヒモスと共に落下していくクリス。

 砂の質量をもって押しているが、それでも闇に触れているせいか、意識が奪われそうになる。

『やめよ。我は、汝の血の繋がった父親であるぞ』

 まるで最後の抵抗とばかりにゆさぶりをかけようとする。

 だけど、そんな言葉など、もうクリスには何の効果もなかった。

「私のお父さんは、誰よりもお母さんを、私を愛してくれた。あの時のお父さんはもういない。闇に心を奪われた瞬間、死んだんだ。だから今のお前はもう、私の父親じゃない!」

 クリスから発せられる黄のオーラがさらに輝きを増し、それは黄から白へ変わっていく。

『諦めぬ。我は決して諦めぬぞ。必ずその器、その力を我が手に――』

 黄のオーラは光へと代わり、クリス自身の視界すら覆い尽くす。

 あまりのまぶしさに瞼を閉じ、そして再び開いたとき、目の前の闇――ベヒモスは、跡形もなく消えていた。

(終わったんだ……)

 全身から溢れ出ていたオーラが消え、視界が真っ暗になる。

 あとはただ、落ちるに身を任せるだけ。

 すぐに底につくと思っていたのに、想像していたよりも深い亀裂だった。

 これほど深ければ、行き着く先は冥界だろうか。

 なるほど。人を殺した自分には相応しい終着点だ。

 ………………

 …………

 ……

 だけど――

(私は……)

 やっぱり――

(私は……)

 こんなにも――

(生きたい!)

 せっかく、これからなのに、こんなところで終わりたくない。

 もっと生きたい。

 生きて、エラたちと学校生活を過ごし、そして一緒に卒業したい。

 生きたい!

 もっと、もっと、ずっと、これからも――ただ生きていたい。

 もはや小さな光にしか見えぬ裂け目。落ちる視界が滲み、涙の粒が上へと昇っていく。

 その裂け目からの光を求めるように、手を伸ばす。

 そのとき、ふと気がついた。

 その光が大きくなっていることに。

(――え?)

 そもそも、今は夜だ。

 日中でもないのに、裂け目から光が見えるはずがない。

 だったら、あの光は――なに?

「クリスッ!」

 近づく光。

 そしてその声に、顔に、伸ばされる手に、クリスは驚愕した。

 なぜなら、それは自分が殺してしまったと思っていた相手で――

「カーマインさん!」

 落ちる自分に向かって近づいてきていたのはカームだった。

 そして、その姿は普通ではなく、裸体だった。

 だが、この暗闇のなかで、そもそもカームを認識できること自体がおかしい。

 だがそれは、カームの背中から生える一対の燃えさかる炎の翼と、彼女自身から発せられている光がもたらしているものだと分かった。

 カームの近づく手が、クリスの伸ばした手を掴もうとする。

 だが、クリスはその手を引いてしまった。

「クリス、手を伸ばしなさい!」

「でも、私、カームさんを殺してしまったはずなんです。これは、幻なんです。掴めるはず、ありません」

 それは言い訳のようで、だけど、あの時、カームは確実に死んだ。

 それは、大地を通じて確かに感じていた。

 それなのに、カームがこうして目の前にいる。

 その異常さに、頭がついていけなくなっていた。

「あれくらいで、私を殺せると思っていたの? 私は死なない。生きてる。だから、この手を掴みなさい!」

「それでも、私はカーマインさんに手をかけた。それは罪です。だから、私は自分の命で償います」

 手を引っ込め、胸の前で両手を組む。

「ふざけないで!」

 カームの叱責に、クリスは目を見開いた。

「私は生きているのよ。自分を責めるのは楽かもしれない。ここで死ねば、終われるかもしれない。だけど、そんなこと私がさせない! 捨てるつもりの命ならば、私に預けなさい。私が、あなたを、生かしてあげる」

「私なんか、なんの役にも――」

「あなたは! 私を【虹使い】にするために、地のエレメントを教えるの」

「【虹使い】……本気、なんですね」

「そうよ。そのために、あたなの力を貸してほしい」

 そう言ってから、カームは頭を振り、

「いえ……私は、あなたの力がほしい」

「それは――」

 それでは、あのベヒモスと同じなのではないか。

「力を欲すること自体、それは純粋なものよ。あとはただ、使い手次第なの。私は、私自身と、ルカ・ロードナイトの娘としての矜持に誓う。必ず、あなたの力を正しく使うと」

「そうか……使い手次第、だったんですね」

 それは、心ひとつで変わるということ。変われるということ。

「さぁ」

 それだけ言って、カームはぐっと手を伸ばしてきた。

 あまりにまっすぐで、愚直なまでに己のあり方を貫き通す彼女の生き様は、眩しくて、綺麗で、まるで純粋な火のようで――。

 だから、クリスはもう余計なことは考えず、素直になった。

 そして、伸ばされる白い手を、掴んだのだった。


            ※


 裂け目に落ちたクリスと、それを追うようにして飛び込んでいったカーム。

 その二人の帰りを待つように、裂け目の周りで見守っていると、そこにミュールとフィリスが駆けつけてきた。

 お互いに事情を説明し、ソラは驚愕した。

 なぜなら、カームが一度、死んだと聞かされたからだ。

 だが、カームはソラの目の前で、裂け目に飛び込む直前、微笑んでくれた。

 だから、ミュールの言葉が真実でも、どうにも現実味がなく、実感をもてなかった。

(……カームさん)

 胸が締めつけられそうになる。

 だけど、信じるんだ。

 拳を胸に押し当て、祈るように裂け目の奥底を見つめる。

 すると、小さな光が――いや、あれは火だ。

 小さな火が闇を灯し、それが見る見る大きくなっていく。

「カームさん!」

 ソラの呼ぶ声に応えるように、炎の翼を生やしたカームが、クリスを後ろから抱きしめるようにして裂け目から飛び上がっていった。

 みんなの視線が裂け目の闇から、夜の空へと上げられる。

 月明かりとも、星の瞬きとも違う、炎の灯火が夜空に浮かび上がる。

 炎の翼から火の粉が舞い、夜闇に降り注ぐ。

「カームさーん! クリスー! おーいっ!」

 夜空に浮かぶ二人に向かって大声で呼びかけるソラ。

 腕を上げることができるならば、両手で手を振っていただろう。


 やがて、遥か遠くにそびえる山脈の稜線が白く光り、太陽が顔を出す。

 そうして、長い、長い一日が、終わりを告げるのだった。

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