第四話 大地狂騒(6)
「エラッ!」
ベヒモスから解放されたことによって体を自由に動かすことができるようになったクリスが立ち上がり、腰が抜けたように座り込んでいるエラへと駆け寄る。
「クリス!」
「エラ!」
目の前でふらつき、倒れそうになったクリスを、立ち上がりざまにエラが受け止めた。
そうして抱き合ったまま座り込み、お互いに泣き出す。
「ごめんなさい、エラ。私、あなたに怖い思いをさせた」
「ううん。いいの。いいのよ、もう。もう、終わったの」
体を離し、お互いに見つめ合う。
照れ隠しのように笑うエラに、クリスも笑みを浮かべる。
お互いが流す涙は、悲しみからではなく、嬉しさによるものだった。
「ありがとう、エラ。こんな私を、信じてくれて」
「こんな、じゃないよ。もっと自分に自信を持って。私の自慢の友達なんだから」
「うん……うん」
クリスは何度も頷き、顔を上げた。
「でも……私……取り返しのつかないことを……」
さっきまでの笑顔が嘘のように、クリスの表情が沈み込む。
「クリス?」
不安げに覗き込むエラに、クリスはそれでも、と口を開いた。
「私……カーマインさんを、殺――」
『まだだ!』
大地から響く、重く低い声。
それと同時に、大地の裂け目から湧き出ていた闇と黄のオーラが猛々しく天を昇り、それがある形を形成していった。
『まだ終わっていない!』
「ベヒモス!」
ソラは見上げる形でベヒモスを仰いだ。
それは大地から上半身だけを出した巨人のようで、それだけでも校舎と同じくらいの高さを誇っていた。
禍々しいまでの闇を辺りに撒き散らし、夜をも呑み込んでいる。
ベヒモスが叫び、まるで潰しにかかるようにして拳を振り下ろし、襲いかかってきた。
両腕が使えず、アビーもまた、消えてしまった。
歯噛みするソラに、
「今度は私が守る!」
クリスが叫び、そして一切の穢れもない、光り輝く黄のオーラをその身から沸き立たせた。
そのオーラにベヒモスが触れた瞬間、まるで相反するように反発し、侵攻を食い止めたのだ。
『ヌ、ウゥ!』
それでもベヒモスは、威力を増していく。
「もう、これ以上、あなたの好きにはさせない!」
クリスは怯えることも恐れることもなく、まっすぐにベヒモスを形作る闇と対峙、そして両手を闇へと向けた。
それに呼応するように、クリスの周りの大地が砂状となり、自分を押し潰そうとする闇の腕を覆い隠すように伝っていった。
それは腕から肩、胸から胴体や頭へと侵食していき、最後には闇そのものを砂で覆い隠した。
そして――
「大地に還れぇぇぇぇぇぇっ!」
クリスが腕を振り下ろすと、砂の質量を伴って裂け目へと沈み、ベヒモスの闇もろとも落ちていった。
『小癪なぁぁぁぁぁぁ!』
だが、ベヒモスの闇の力も尋常ではなく、裂け目にしがみつくようにして落ちるのを押し留めていた。
砂の自重とクリスの下へ落とすという意思が重なり、闇のベヒモスを押していくが、落としきることができず拮抗していた。
(だったら――)
クリスの脳裏に、ひとつの考えが浮かぶ。
それはもう帰ってこられないことを意味する。
だが、背中に感じるソラやエラ、レイを失うくらいならば、どうってことない。
それに、最後まで告げられなかった言葉――自分は、カームを殺したという罪を背負っている。
だから、これは贖罪であり、罰なのだ。
それでも未練なのか、気持ちが抑えきれず、思わず振り返ってしまった。
「クリス?」
座り込むエラが首を傾げる。
「ありがとう、エラ。最期に、私は救われた」
エラの方を向きながら、笑顔を浮かべて見せる。
「ソラも、ありがとう」
「クリス……まさか……」
手を伸ばそうとするソラ。
だけど、傷ついた腕が、クリスへ伸びることはない。
「さよなら」
そう最後に呟き、クリスは向き直ると同時に、砂を押し返そうともがく闇のベヒモスに向かって走り、そして――跳んだ。
「いい加減に――」
大地へと行き渡らせていたエレメントを、振り上げた両腕に集中させる。
黄のオーラが濃度を増し、それはまるで黄金色のようで、光のようでもあった。
「落ちろぉぉぉぉぉぉ!」
その腕を振り下ろし、直接、自分の手で砂にエレメントを送り込んだ。
『ヌ、ウ、ガァァァァァァ!』
大地の裂け目の縁が衝撃に耐えきれず崩壊し、ベヒモスをついに裂け目へと落とした。
「はああああああぁぁぁぁぁぁ!」
クリスはそれでも砂を押し、闇のベヒモスと共に裂け目へと落ちていった。
「クリスーーーッ!」
ソラは、裂け目の縁で膝を付き、底を見下ろした。
いまだに光り輝く黄のオーラが見える。
だけど、それが小さくなっていく。
「なんで、どうして……クリス」
その隣で、エラが四つん這いになり、顔を伏せる。
クリスは、どれだけ周りが許そうと、自分自身を許すことができなかった。
だから、こんな行動を取ったのだ。
最後は、自分の命で、闇を鎮めようと。
だけど、そんな結末なんて、誰ひとりとして望んでいないのだ。
結果的にベヒモスが消えようと、そこにクリスがいなければ、意味がない。
三つのエレメントをマスターしているソラでも、この状況を打開する策はなく、諦めたくない、どうにかしたい――そんな気持ちを打ち砕くように、何もできない自分が悔しかった。
自分ではどうしようもない。誰か。
クリスを助けられるなら、助けてあげてほしい。
彼女はようやく解放されたのだ。
これからなのだ。
それなのに……。
「誰か……」
ソラは悔しげに歯噛み、体を震わせ、そして、空に向かって叫んだ。
「誰か、助けてください!」
「任せて」
紅い風が、ソラのすぐ横を通り過ぎた。
「え?」
それは、火ノ鳥だった。
ソラの横を通り過ぎた火ノ鳥は、そこから円を描くようにして、上昇から下降へ転じ、そして大地の裂け目へと一直線に飛び込んでいったのだ。
その直前、火ノ鳥と目が合った。
いや、違う。
あの声。
あれは――
「カームさん!」
火ノ鳥が――背中に炎の翼を生やしたカームが、大地の裂け目に飛び込む直前、ソラを視線を交わした一瞬、「任せなさい」とばかりに笑んで見せたのだ。




