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空使いとアルカンシェル  作者: 天瀬 智
第二章 大地の呼び声
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第四話 大地狂騒(5)

 頭部への衝撃と同時に、闇の中を漂っていたクリスの意識に、自分のものではない、誰かの記憶が流れ込んできた。

 記憶の中の自分は、【恒河沙ごうがしゃ】としての特訓を行っていた。

 村から離れ、誰もいない場所で、大地にエレメントを送り込み、対話をする。

 四大国において、地の国は、エレメントとの共生に重きを置いている。

 つまり、一方的に使うのではなく、自分たちもまた、エレメントに生かされているのだと。

 そうやって、地のエレメントを使おうとするのではなく、その流れを汲み、促し、そこから力の恩恵を賜り、発揮する。

 基礎中の基礎だが、自分は誰よりも、この基礎こそが大事であり、真理であると思っている。

 人は大地なしでは生きられない。

 だから、この恩恵を忘れてはならない。

 この身ですら、死後は土に還り、エレメントの一部となるのだ。

 そうして、瞼を閉じ、エレメントとの一体感を持続していた体が、大地を通じて異変を感じたのだ。

 瞼を開き、振り返る。

 その方向には村があり、気配はそこからしたのだ。

 胸騒ぎ――どころではない。

 明らかに何かが起きている。

 すぐに駆け出し、村へと戻る。

 だが、手遅れだった。

 村は、壊滅していた。

 多くの村人たちが地に伏し、地使いたちすらも屠られていた。

 大地からその気配を感じた自分は、家々の間を抜け、進んでいく。

 足下に感じるのは、禍々しい気配。

 どのエレメントとも違う、異様な感覚。

 そして、少女の叫び声が聞こえた。

 聞き親しんだ声が、悲痛に叫ぶ。

(クリスッ!)

 その叫びに呼応するかのように、大地を揺るがすほどの轟音が耳をつんざき、天を昇るようにワーム状の砂が伸び、そこから下降すると同時に家を破壊していった。

 圧倒的な質量で押し潰し、呑み込み、破壊する様は、まさに砂でできた巨大なワームそのものだった。

 その発生源と思われる場所へ向かう。

 広場に出ると、目の前に現れたのは、まさに惨劇の瞬間だった。

 空に向かって叫び続ける幼いクリス。

 そのクリスの目の前でうつ伏せに倒れ、背中に赤い染みをつくる母親のエレン。

 そのエレンから少し離れた位置に立つ、エレンの夫であり、クリスの父親でもある巨漢の男――エリクが、黄に黒を混ぜたような異様なオーラを放っていた。

「エレン! クリス!」

 叫ぶ自分に反応したのは、エリクだった。 

「ようやく現れたか」

「エリク! あなた――っ!」

 自分でも信じられないほどの怒りが湧き上がり、理性の呑み込もうとする。

 だが、長年の特訓で染みつかせた教えが、一歩手前で冷静さを取り戻させた。

「あなたが、村のみんなを……何でっ!」

「最強になるが故。それには闇の力を我がものにする必要がある。そして、闇が我に囁いたのだ。最も親しき者を殺せ、と」

「だから、殺したの? そんな理由で、自分の妻を……」

「故に、だ。我が妻ならば、我のために命を差し出すのが道理」

 その言葉に、理性が切れかける。

「あなたがそんな人間だったとは、思わなかったわ。人間、堕ちるときはどこまでも堕ちるのね」

 全身からほとばしる怒りを現すかのように、黄のオーラが溢れ出す。

「やめておけ。闇の力を手に入れた我に、汝では敵わぬ」

「ふざけるな!」

 普段だったら絶対に言わないような口調で叫ぶ。

 それと同時に、地面に手を当て、攻撃しようとした瞬間――

 唐突に影が差し、それが何か見上げる間もなく、荒れ狂うように蠢いていた砂状のワームが襲いかかってきたのだった。

 寸前で横に跳んでかわしたものの、受け身を取ることはおろか、その衝撃で吹き飛ばされ、全身をきりもみ状態で地面に叩きつけられた。

「本来ならば、一族党郎皆殺しにするつもりだったが……生かしておけば再び我と対峙できよう。そのときこそ、真の力を味わせてやろう。そして、絶望を知るがよい」

 エリクが、ワームの餌食となる前に消える。

 いまだに叫び、まるで錯乱しているかのようなクリス。

 このワームも、クリスのエレメントに反応しているに違いない。

 どうすれば止められる?

 クリスを正気に戻そうにも、近づくことすらできない。

 そもそも、クリスが暴走しているなら、自身の保障すらない。

 そう思った矢先、ワームの一匹の動きが、クリスの立つ位置に向かって行ったのだ。

「クリス! 避けて!」

 正面からまるで食い殺そうと迫るワームに、クリスはしかし気づいてすらいない。

(駄目だ……) 

 そう諦めた瞬間、クリスの前で伏していたエレンが顔を上げ、立ち上がり、クリスに向かって大きく体を広げ、そして壁のように立ち塞がり――ワームの直撃を受けた。

 その質量と速度を持ってすれば、人間の体など、簡単に砕けてしまう。

 衝撃に吹き飛ばされるエレンの体が、クリスにぶつかった。

 エレンがその腕をクリスの体へと回し、抱きしめるようにして、二人は地面に倒れた。

「クリ……ス……よかっ……ぶじ……で……」

 最後まで娘の身を案じ続けたエレンは、そのまま動かなくなり、息を引き取った。

 それと同時、クリスの瞳に生気が戻り、覆い被さるエレンを何度も揺さぶり、それでも目を覚まさない母親に、その事実に気づいたクリスは、慟哭するように泣き叫んだのだった。

 そんな光景を自分――アビーは、ただ見ていることしかできなかった。


            ※


 その衝撃にクリスの体が後方へ吹っ飛び、それに追随するようにソラもまた地面に倒れる。

『捉えたわ』

『ぬ、ぐぅ』

 背中を擦りながら仰向けに倒れるクリスに、うつ伏せにソラが馬乗りになって覆い被さる。

 その頭上で、ベヒモスもまたアビーによって捉えられていた。

「クリス、目を覚まして! ボクの声を聞いて! 闇に負けちゃ駄目だ!」

『止めよ!』

『邪魔はさせないわ!』

 ソラに手を伸ばそうとするベヒモスを、アビーが妨げる。

 オーラ状のアビーが、光のように明るい黄のオーラを放ち、ベヒモスの闇を押さえつけている。

「クリス! 心を閉ざさないで! 見えたはずだよ、クリスにも。クリスは誰も殺してない」

「でも……」

 いまだに虚ろな瞳をするクリスが、しかし自分の声で言葉を紡ぐ。

「私のせいで、お母さんが……」

「分かるよ。すごく悲しいよね。自分のせいだって、責めたくなるよね。だけど、思い出して、クリス」

 真っ正面からクリスを見据え、その瞳の奥を見つめる。

「キミのお母さんは、誰よりもキミに生きてほしかった。だから、あんな傷を負っていても、それでも守ったんだよ。クリスのことを、誰よりも愛しているから」

「愛……私にそんな資格なんて――」

「そんなの関係ないよ」

 ソラは遮るように言い、

「だって、母親なんだから……」

「――ッ!」

 クリスの目が見開かれ、その目尻に涙が浮かぶと、静かに流れた。

「ボクを産んでくれた母親は、ボクを産んだことが原因で亡くなったんだ」

「うそ……」

 思わず出たようなクリスの呟きに、ソラはあくまで穏やかな表情で頭を振って見せた。

「でも、ボクは自分を責めたりなんかしない。だって、そうまでして産んでくれた母親に感謝してるから。それに、ボクには、血が繋がっていなくても、ボクのことを本当の息子のように愛してくれた母親が三人もいたんだ。ねっ、アビー」

 振り返り、アビーに向かって笑むと、ベヒモスを押さえながらも、アビーが「ええ」と微笑んで返してくれた。

「だから、クリスも生きて。生かしてくれた、お母さんのために」

「私……生きてても、いいの?」

「もちろんだよ」

 そのとき、遠くから近づいてくる足音が聞こえた。

「クリスッ!」

「エラ……」

 クリスが驚いたように目を見開き、それから申し訳なそうに視線を逸らした。

「私……エラに……」

「私がいる!」

 何の前触れもなく、エラが大声で宣言した。

「エラ?」

 それにはクリスだけでなくソラも驚いた。

「私がっ! いるから! だから……」

「俺だっているぜ」

 遅れた駆けつけてきたレイが、ぜぇはぁと息を整えながら、自分の胸をドンと叩く。

「ボクもいるよ」

 それに乗っかるように、ソラも目の前で宣言した。

 だが、流されたわけじゃない。

 レイも、エラも、ソラも、クリスが傍にいることを望んでいる。

 だから、自己のためではない、誰かのために必死になれるのだ。

「エラ……」

「クリス……帰ろう」

 エラが手を差し伸ばす。

 だが、

『小癪なぁぁぁぁぁぁ!』

 一瞬の油断――その間隙を突くかのように、ベヒモスの闇が膨れ上がり、ソラを吹き飛ばした。

 手が使えないために受け身もとれず、背中から地面に叩きつけられる。

「かはっ――」

『ソラッ!』

 アビーの声に何とか意識を繋ぎ止めることができた。

『やはり、殺しておくべきだったか』

 いまだに肉体の支配権を奪われているクリスが、その意志に反して体を起こし、エラたちの方へと向く。

「いやっ、やめてっ!」

 クリスが抵抗するも、自身から湧き上がる闇でできたベヒモスの動きに合わせて体が動いてしまう。

『目の前でもう一度大事な存在を殺すがいい。己の手でな!』

 地面に勢いよく叩きつけられたクリスの両手。

 そこから硬化した大地が棘状となってせり上がり、何本、何十本とエラとレイに向かっていった。

 驚くエラに、レイがとっさに前に出ようとする。

 だが、間に合わない。

 それを見ていたソラは、喉が潰れんばかりに叫んだ。

「クリスーーーッ! 止められるのは、キミ自身なんだぁぁぁぁぁぁ!」

 その声に、動揺していたクリスがハッとし、念を込めるように瞼をぎゅっと瞑った。

『無駄なこと!』

 それに何かを感じたのか、ベヒモスが声を上げる。

「私は、もう、誰も傷つけたくない! だから、この力を、制してみせる!」

『汝の矮小な心ではできぬ!』

「うるさい!」

『――ヌウッ!』

 クリスの叫びに、ベヒモスが動じる。

 今まで自分を否定され、それを肯定してきたクリスが、自分を否定する言葉を否定したのだ。

「お前に何を言われても、私はもう絶対に自分を否定しない。お前の言葉なんて、聞かない。私には、私を信じてくれる人たちがいる。お前の『でいない』なんて言葉よりも、私は、私を信じてくれる人たちの『できる』を信じる。だから――」

 クリスの背中から、まるで光を放つかのような明るい黄のオーラが溢れ出し、

「私の体から、出て行けぇぇぇぇぇぇ!」

『ヌウァァァァァァ!』

 黄のオーラに押されるようにして、闇が引き剥がされていく。

 そしてクリスは、確固たる意志を持って自身に宿る地のエレメント――そして【恒河沙ごうがしゃ】に願った。


 ――私の大事な友達を、傷つけないで。

 

 あと一本――その一本でエラとレイが串刺しになる寸前、それは止まった。

 そして、まるで夢だったと言わんばかりに、砂状となり地に還った。

 クリスから切り離されたベヒモスが、闇の塊となって宙を漂う。

『ソラ!』

「うん!」

 アビーの呼び声に、ソラは即座に立ち上がり、風のエレメントを付与させ、一瞬でベヒモスに肉薄した。

『よ、よせぇ!』

『私と共に、大地へ還りなさい!』

 抱きしめるように、黄色のオーラがベヒモスの闇を包み込んでいく。

『あとは任せたわ、ソラ』

 ベヒモスを包み込んだまま、アビーが大地へと還っていく。

「ありがとう、アビー」

『もう、寂しくはないわね』

「うん。友達もできたし、大切な人だっている。それに、アビーもずっと見守ってくれてるから」

 その言葉に、アビーは柔らかな微笑みを浮かべ、

『ええ、いつでも見守っているわ。この大地から、いつまでも、ずっと――』 

 そう言い残し、大地へと還っていった。

 その大地を最後まで泣かずに見送ることができたソラは、踵を返し、クリスとエラの方へと向き直った。

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