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空使いとアルカンシェル  作者: 天瀬 智
第二章 大地の呼び声
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第四話 大地狂騒(3)

 エレメンタラー同士の戦いにおいて、同じ使い手同士が争うということは滅多にない。

 なぜなら、四大戦争時における戦いは、国同士で行われていたからだ。

 他のエレメンタラーを見たら殺せと幼い頃から教え込まれていた時代で、国の中では同じエレメンタラーが己の能力を高め合っていた。

 だが、闇の勢力の出現によって状況が一変した。

 四大国は同盟を結び、敵だった者たちと組むことになったのだ。

 そうして、闇に取り込まれたかつての同国のエレメンタラーと戦うことになったが、同盟国は複数で挑んでいたため、戦いも一対一などという試合形式などではなく、大部隊同士のまさに混迷を極めた戦場での戦いだった。

 だから、同じエレメンタラー同士の一対一という戦いは、定型がなく、未知の領域なのだ。

 ましてや命を懸けた戦いなど、平和となった今の時代では、経験する者すらいない。

 だから、そういった意味では、ソラはまさに常識外の存在だった。

 ソラとクリスの戦い。

 本気で殺しにかかるクリスに対し、ソラはあくまで止めるのが目的であり、殺すことではない。

 さらに言えば、傷つけることにすら気を使う。

 この意識の違いが戦いの規模において圧倒的な力量の差を見せつけ、しかも、大地の支配権がソラの足下まで奪われたのだ。

 客観的に見れば、ソラの方が不利と思われた。

 だが――クリスが繰り出す地面から突き出す棘を、ソラは前後左右に体を動かし、紙一重で避けていた。

「当たらないよ」

 まるで余裕、とでも言いたげな発言に、クリスが歯噛みする。

「それならっ!」

 クリスが両手を地面に押しつける。

 放出されたエレメントが地面を伝い、ソラの前方で爆発する。

 それに呼応するように、大量の土砂がまるで津波のようにソラを押し潰そうと押し寄せた。

 その規模はソラひとりを呑み込むにはあまりに大きく、高さ幅共にイリダータの校舎並だった。

 砂の津波が月を隠し、ソラを闇が包み込む。

 そのままソラを呑み込んだ砂の津波は、その質量を持って大地へと叩きつけられ、小さな地響きを発生させた。

 砂埃を撒き散らし、視界が覆われる。

 立ち上がったクリスが、思わずといった風に口角を釣り上げ、

「他愛ないわね」

「そうでもないよ」

 その声は、クリスの真後ろからした。

「えっ?」

 振り返ろうとし、背中に受けた衝撃に吹き飛ばされ、地面を転がった。

「あ、ぐっ――」

 うつ伏せの状態で顔を上げるクリス。

 その視界に映ったのは、左手の甲で右手首を押し上げ、右手を伸ばすソラ。

 そして、その腕から発生しているオーラは――緑だった。

「クリス――キミはボクには勝てない」

 何とか上げていた腕をだらりと垂らすソラ。

「風の……エレメント……」

 クリスが立ち上がろうとするも、背中の激痛に、すぐには立てずにいた。

 背中を押された感覚は、風のエレメントからなる風圧によるものだった。

「でも……あれを避けられるはずが……」

 高さだけでなく幅もあった砂の津波。

 避けることはおろか、何かで防ごうとも圧倒的な質量に押し潰されてしまう。

「普通ならね。でも、ボクの風のエレメントの師は、【神風かみかぜ】なんだ」

「――ッ!」

 それは、自慢するような口調ではなく、純然たる事実を突き付けるものだった。

 四英雄のひとり。

 風の国の英雄にして、東の果ての刀使い。

 その圧倒的なまでの抜刀の速さから、最高位に【神風かみかぜ】と名付けられ、四大戦争時には、その姿を見たら死んだと思えと言われるほどに恐れられた存在。

 相手に斬られたことすら感じさせず、そして死ぬという実感さえも与えない無慈悲な存在として大陸中に広まり、火の国の【深紅】(ふかきくれない)――ルカ・ロードナイトと並んで敵味方問わず恐怖の対象として扱われていた。

 大陸最強、そして最速のエレメンタラー、東雲楓。

 その弟子でもあるソラ。

 楓から言わせれば『まだまだ』なソラの速度も、楓以外の人間から見れば、それはまさに目にと止まらぬ速さであり、その速度をもって砂の津波を避け、さらにはクリスの背後に回り込んだのだ。

「クリスのエレメントは凄いよ。でもね、圧倒的に経験値が足りないんだよ」

「経験値……?」

「ボクはね、地のエレメントを使って三年間、アビーと戦ってきた。生傷は絶えなかったし、意識を失ったことだって何度もあった。それに比べたら、クリスの技は、どれも素直すぎるんだよ。まるで、ただ凄い力を見せつけているだけ」

 クリスが悔しげに顔を歪ませる。

 その体から闇のオーラが溢れ出す。

 その光景に、ソラが表情を悲しげに歪める。

 最初に見たとき、戦闘を始めるために動揺を抑えていた。

 だけど、それでもクリスが闇に呑まれてしまっていたことが、ソラには悲しく、そして悔しかった。

 クリスの心は、それほどまでに悩み、苦しみ、弱り切ってしまっていたのだ。

 そこを付け込まれてしまった。

 すべては闇のせいなのかもしれない。

 だけど、それはクリス自身の心の弱さが原因でもあり、それに気づいてあげられなかった自分には責任はある。

 だから、こうしてソラ自身の手で引導を渡しているのだ。

「闇の力は、キミにさらに力を与えた。エレメントの力だけで言ったら、ボクやアビーをも超えている。でもね、それだけなんだよ。クリスの力は強いだけで、それをまったく生かせていない。そして何より、大地の声に耳を傾けていない」

「声?」

 クリスの表情が、訝しげに歪む。

「キミは無理やり地のエレメントを使っている。ボクたちはエレメントに力を与えられているんだ。その声を無視して使い続ければ、いつか愛想を尽かされてしまう。クリス、キミが耳を傾けるべきは闇の声じゃない。もっと、自分のエレメントの声を聞いてあげて」

「そんなの……知らないっ!」

 立ち上がろうとするためについていた手から、エレメントを放つクリス。

 大地が爆発するように破裂し、高速被弾する無数の砂がソラへと襲いかかる。

 ソラは立ったまま動かず、全身に黄色のオーラを纏った。

 そして、爆発する勢いで撒き散らされた砂飛礫がソラを直撃する。

 だが、瞬きすらしないソラの体には、傷ひとつ付いていなかった。

「そんな……」

 状況的にはクリスの方が圧倒的に有利であるにも関わらず、むしろそのせいでソラとの実力差を思い知らされてしまう。

 愕然とするクリスに、ソラが告げる。

「強い力を持つ者は、それを正しく使う義務がある。そして、力を振るう者は、力に傷つくこともまた、覚悟しなければならない」

 ソラがクリスの向かって手を向ける。

 その表情が苦痛に歪むが、それでもソラはあえて腕を持ち上げてみせたのだ。

 こんな痛み、クリスの苦しみに比べたら、どうってことない。

 その手から黄色のオーラが放出されると同時に、クリスの後ろから轟音が響いた。

 風のエレメントによる攻撃で、いまだに立てずにいたクリスが肩越しに振り返る。

 少し離れた場所に、土の壁が迫り上がっていた。

「え……?」

 だが、その大きさが尋常ではなかった。

 それはクリスがソラに放った砂の津波と同じ大きさだった。

 だが、驚いたのは、いつのまにか支配域を押し返されてしまっていたことだった。

 一瞬の心の隙を狙われていたことに、クリスは気づいていなかった。

 ソラが伸ばしていた腕を下ろす。

 それに土の壁が呼応、根元から折れたようにクリスに向かって倒れ込む。

「あ……あぁ……」

 その巨大さ故にゆっくりと倒れてくるように見える土の壁に、クリスは戦慄した。

 今度はクリスが影に覆われた。

 最初はゆっくりと、そこから自重によって速度を増していく土の壁に、クリスは這うようにして逃れようとした。

「あ……あぁ……あぁー!」

 間に合わない。

 その恐怖と絶望がクリスの手元を狂わせ、手を滑らせる。

 顔を地面に叩きつけるようにして体が仰向けになる。

 空を見上げるはずの視界に迫ってくるのは、影で真っ黒に見える土の壁。

「ああああああぁぁぁぁぁぁ!」

 絶叫すら掻き消す土の壁の衝撃が、土の津波以上の地響きを発生され、クリスを容赦なく呑み込んだ。

 砂埃が舞い、視界を遮る。

 倒れた巨大な土の壁を、ソラは警戒するようにじっと見つめていた。

「ハァ……ハァ……」

 静寂に、ソラの呼吸音だけが聞こえる。

 土埃がおさまり、さっきまでの轟音が嘘のような静寂が漂うなか――。

 クリスが下敷きになった位置から、禍々しいまでの気配が膨れ上がっていった。

 真っ黒なオーラ。

 そして、土の壁が弾けた。

 腕で顔を庇うソラの視線の先に、佇む小さな影。

「やっと引き出せた」

 そう呟くソラに反応するかのように、その声が響く。

『気づいていたか。成程、我を顕在させるためにひと芝居うったというわけか』

 佇むクリスから溢れ出す闇のオーラ。

 そのオーラが、人の形を作り出す。

「やっぱり……」

 それを見上げるソラの予想は、当たっていた。

「……ベヒモス」

『然り』

 闇が形作ったのは、一ヶ月前、闘技場でソラたちを襲った闇の使徒のひとり、闇の地使いである巨漢の男――ベヒモスだった。

『よもや、この器を本気で壊そうとするとは、想定外であった』

「その気でやらないと、お前はいつまでもクリスを演じ、出てこないと思ったから」

『もし、我がこの器を諦めていたら?』

「それはない」

 ソラが断言する。

「お前たち闇の使徒は何よりも力を欲している。そんなお前が、アビー以上の力を持ってるクリスを諦めるはずがない」

『然り。当然の帰結であるな』

 ソラは静かに拳を握り込んだ。

「お前が、クリスにずっと悪夢を見せていたんだな」

『然り。コレが幼き頃から目をつけていた。我をも超える才能。万が一のために、その体に我の因子を埋め込んでおいたのだ』

「クリスから出て行ってもらう」

『それはできぬ。もはや、この体は我が闇と解け合っている。我とコレは、非常に親和性が高い。さすがは、我が娘よ』

「――ッ! クリスの父親は、死んだはず……」

『否。我はかつて、エリク・ロックハートとして、コレの父親であった。そして、ベヒモスとなるため、闇の試練――つまり、大切な存在の命を捧げることで、我は闇の力を手に入れたのだ』

「そのために、村の人をみんな……クリスの母親も!」

『アレには感謝している。おかげで、我自身をも超える器を生み出すことができた。そして、我に闇の力を与えるための生贄としても役立った』

 それは、静かな怒りだった。

 だが、頭は驚くほど冷静で、【深淵しんえん】も目覚めたりはしない。

 純粋な怒り。

 自分のためではなく、クリスのための怒り。

『それに、コレの心もまた弱い。我の言葉に容易にたぶらかされた。己の意志もなく、流されるがまま。あまりに儚い。故に、我が最大限に有効活用してやるのだ。力は、それに相応しい者が扱うに限る。コレでは役不足。我こそが、【恒河沙ごうがしゃ】に相応しき唯一の存在』

「もう、黙れ」

『ヌ――?』

 自分でも驚くほどに、圧のこもった声。

 その声に、闇が戦く。

「クリスから、お前を引き離す!」

『できぬ、と言ったはずであろう。もはや誰の声もコレには届かぬ』

「届くよ。絶対に」

『ならば――』

 クリスから発生する闇のオーラ。

 そのオーラがベヒモスを形作り、そのベヒモスからさらに黄色と闇のオーラが湧き上がる。

『届けてみよ!』

 ベヒモスの動きに、クリスの体が連動する。

 そのクリスの手が地面に叩きつけられた瞬間、クリスを中心に放射状の地割れが何本も大地を走り、断裂、切り分けられた大地が隆起、そして陥没した。

 腕が使えないため、バランスがとれず、片膝をついて転倒を防ぐソラ。

 目の前の相手は、クリスの圧倒的なエレメント量に加え、そのクリスにはなかった経験値が豊富な、大戦時の最大の脅威と恐れられた存在。

 クリス相手には余裕だったソラですら、ここからは命懸けとなる。

『素晴らしい力だ。やはりこの器には勿体ない。我にこそ相応しい』

 あのベヒモスすらも賛美するクリスの力。

 かつてはアビーの最高位の由来ともなった大地を割るという行為を、こうも簡単にやってのけてしまった。

 間違いなく、クリスのエレメントはアビーのそれを凌駕している。

『さぁ、死ぬがよい』

 クリスからソラに向かって地割れが襲いかかっていく。

 ――間に合わないっ!

 揺れが凄まじく、転倒を避けるために膝を付いているのがやっとの状態。

 立ち上がることすらできない。

 考える間すら与えない地割れがソラの足下まで迫った、その瞬間――


『ソラ』


 背中に感じる気配に、ソラは目を見開いた。

 振り返ろうとするその横から、黄色のオーラによって形作られた腕が差し伸ばされる。

 それと同時に、地割れがソラの足下で止まったのだ。

 背後に感じる圧倒的な気配――だが、それ以上に伝わってくる安心感。

 振り返るようにして見上げたその先に見えたのは、

「……アビー」

 ソラから発せられる黄色のオーラによって形作られたアビーだった。

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