第三話 闇の声(7)
「エラ、目を覚まして!」
悲痛な声に、エラはゆっくりと意識を取り戻していった。
暗い視界に、自分を覗き込む誰かの顔が見える。
ぼやけた視界が次第に輪郭をはっきりとさせていき、自分を覗き込んでいるのがフィリスだと気づいたエラは、そこで一気に意識がはっきりとした。
「フィリスおね――けほっ」
名前を呼ぼうとし、喉に激痛が走ったエラは、咳き込んだ。
だが、その咳にすら痛みを感じてしまう。
「喋っては駄目よ」
フィリスが背中をさすり、エラを落ち着かせる。
「体の方は、何ともない?」
フィリスの問いに、エラは上体を起こし、状況を確認しようとした。
急に息ができなくなったと思ったら、クリスに首を絞められていて、気を失う寸前、カームの声がし――そこで意識を失ってしまったのだ。
「クリスは――痛っ!」
喉に痛みが走り、思わず首を掴む。
その掴んだ首に痛みが走り、そこで首を絞められていたことが嘘ではなかったのだと実感した。
「エラはここにいて。すぐにコーデイ先生を呼んでくるから。あと。学長とソラにも――」
独り言のように呟きながら、フィリスが部屋を出て行く。
ひとりになったエラは立ち上がり、痛む喉をおさえながら開いた窓を見つけると、そこから外を見据えた。
視界を左から右へ、右から左へ見渡していくと、ここからでも視認できるほどのオーラが見えた。
その色は、黄。
だが、どこか暗く見える。
ここで待っていろと言われたが、クリスに何かあったのではと、気が気でなくなり、エラはすぐに踵を返し、部屋を飛び出したのだった。
※
フィリスが学長室に飛び込んだとき、そこにミュールが在室していたのは、まさに僥倖だった。
クリスの一件を不安に思っていたミュールが、しばらくの間、学内で夜を過ごすことにしていたからだ。
「学長!」
ノックもなしに入るフィリスの眼前に飛び込んできたのは、学長と、そしてレイ・バーネットだった。
「フィリス、あなたもなのね」
事情を知っているような口ぶりで、ミュールが確認する。
「え?」
それが、逆にフィリスを混乱させた。
「今し方、彼から『ソラが嫌な気配を感じて外に飛びだした』と報告を受けたところなの。そこにあなたが現れた。つまり、カーマインも何らかの気配を感じたのね」
「は、はい。それで、四階のエラとクリスの部屋に入ったら、そこで――」
フィリスは、室内での出来事を語った。
ミュールが表情を険しくし、レイが驚きに目を見開く。
「せ、先輩! あいつは無事なんですか?!」
フィリスに詰め寄るレイに、
「無事よ。ちょうどいいわ。このことをコーデイ先生に伝えて。エラには、部屋に待っているように言ってあるから」
「分かりました!」
レイは軽く頭を下げ、すぐに学長室から出て行った。
「学長、一体何が……」
「もう少し猶予があると思っていたけど、もはや一刻もないわ。おそらく、今夜中に終わる……」
ミュールの表情が、さらに険しくなる。
事態は、思った以上に深刻らしい。
「ついてきなさい、フィリス」
ミュールがフィリスを横切り、部屋を出ようとする。
「心当たりがあるんですか?」
「ええ。クリスが外へ飛び出し、ソラも外に何かあると目をつけていた。おそらく、向かう先は――」
「先は……?」
「あの、大地の裂け目よ」
そう言って、ミュールは学長室のドアを開け放った。
※
「エラ!」
学長であるミュールからの頼みで、数日だけ校舎内で夜を過ごしていたコーデイは、保健室のベッドで眠っていたところを飛び込んできたレイに起こされた。
非常時を想定しての寝泊まりだったため、服装も着替えてはいるが、普段と変わらない格好だ。
そうしてレイから事情を聞いたコーデイは、寮棟の一階管理室の管理人に事情を説明し、レイを伴って四階まで駆け上がり、エラとクリスの部屋へ向かったのだ。
そうして部屋のドアを開けたコーデイと、後から続いたレイの前に現れたのは、蛻の殻となった部屋だけだった。
「誰もいない……」
息を切らしながら、コーデイが部屋へと入る。
浴室の方へ向かうコーデイに、レイは正面の開いた窓へと向かった。
そこから外を覗き込み、広大な自然区を見渡す。
夜で見づらいが、月明かりが物の輪郭に影をつくってくれていた。
と、そこに遠ざかっていくようにして走る影が見えた。
「あの馬鹿っ!」
それを確認するや否や、レイは踵を返し、部屋を出た。
階段を二段飛ばしで下りて一階に到達すると、すぐに外に出た。
エラらしき影が走って行った方向へと向かおうとしたレイは、その方角の遥か遠くから、噴き出すオーラの先端部分が見えた。
だが、この先は森林地帯で、オーラはその先から噴き出していることになる。
それはつまり、途方もなく大きなオーラということになるのだ。
驚愕に動揺を隠せないレイだったが、それよりもエラのことを思う気持ちの方が大きく、足を止めることなく走り続けるのだった。
※
声が、呼んでいる。
行かなければ。
行かなければ。
声が、呼んでいる。
あの、大地の裂け目の奥深く――底なしの深淵から。
クリスがつくりだした大地の裂け目。
それを遠目に、クリスは顔を上げた。
その目に映るのは、大地の裂け目から絶え間なく溢れ出る、黄と闇が綯い交ぜになったオーラ。
そのオーラの量は巨大で、思わず見上げてしまうほどだったのだ。
早く、あの闇の元へ。
そうすれば、この頭の中に響く、自分を誘う声から解放される。
一歩、また一歩踏み出し、少しずつ前へ、大地の裂け目へと近づいていく。
そうして大地の裂け目を目前に、しかしクリスは足を止めた。
圧倒的なオーラを背景に、そこに立つ影に気づかなかったのだ。
その影は背が低く、だが、その威圧感に、クリスはそれ以上前に進めなかった。
「クリス」
ソラが、立ち塞がっていた。




