第三話 闇の声(6)
激痛が足下から脳へと走り、崩れ落ちる。
足を拘束していた砂が緩み、カームは受け身も取ることができず、顔面から地面に倒れた。
「く――うぅ……」
痛みに耐えるも、それすら困難なほど危険な状態だった。
意識が朦朧とし、視界はぼやけ、脂汗が噴き出る。
足の感覚がない――というよりも、状態を確認しようと見た足の形状が、人としてあり得ないことになっていたのだ。
話には聞いていた。
地使いの恐ろしさ。
地使いの武器は大地そのものであり、まさに自分が立っている大地が、相手にとっての武器となり、自分にとっての凶器となるのだ。
故に、地使いとの戦闘では距離を取り、地使いが大地を支配できる領域に入り込んではいけないのだ。
大戦時には当たり前のことが、終戦から十五年。
十代の若者たちは、そんなことすら知らず、人を殺すためではなく、世界を豊かにするために学んでいる。
本来なら、必要のない知識。だが、【深淵】が目覚めようとし、復活を目論んでいる今、それらエレメントによる戦闘に関する知識は、必要不可欠なのだ。
「……ハァ……ハァ……」
意識して呼吸しなければそれすらままならず、カームは肘を立て、なんとか体を起こし、クリスを――いや、クリスの内に潜む相手を意識して睨み付けた。
「まだ……ですよ」
クリスから発せられる声に、カームはうつぶせの状態で体を起こすために使っていた前腕に、砂が這い上がってくるのを見た。
「――ッ!」
声にならない恐怖に、しかしどうすることもできず、眼下に映る前腕が砂に包まれた。
カームは痛みに歯を食いしばりながら、腕を潰されるかもしれない恐怖を上回る感情に、敵意を剥き出しにした。
「……」
睨み付けるカームに、クリスが感情のない表情で応える。
そしてそのまま、クリスが広げた手を再び握り込んだ。
「ぐっ、うああああああぁぁぁぁぁぁ!」
耳元で、嫌な音がした。
腕を覆っていた砂が一回り小さくなった瞬間、激痛に頭が狂いそうになった。
それと同時に聞こえた、腕が潰される音。
こんなの、人が聞いていい音ではない。
小さくなった砂の山が意思を失ったかのように崩れると、途端に砂が赤く染まった。
それが血だと気づき、全身から力が抜けていく。
うつ伏せに倒れるカーム。
両手両足を骨ごと潰され、もはや立ち上がることすら叶わない体となってしまった。
「あなたはもう……立つことも歩くこともできない。持つことも触れることもできない。今のカーマインさんには、もう……絶望しかない。これから一生……誰かの手を借りて生きていくしかない。でも、そんなのカーマインさんの矜持が許さないですよね? だったら、やることはひとつです――死んでください」
「――ッ!」
その言葉が、カームの胸に突き刺さった。
今のみっともない自分の姿。
まんまと誘い出され、簡単に追い詰められてしまった。
こんなこと、想像すらしたことがない。
エレメントによる戦闘が、これほどまでに残虐非道で、容赦なく命を奪い合うということを。
こんな思いを、大戦時のエレメンタラーたちは体験していたというのか。
義父のルカ・ロードナイトも、学長のミュール・ミラーも、ソラの育ての母である東雲楓もアビゲイル・ワイゼンスキーも、エレメンタラーの大人たちは皆、あの戦争を生き残った者たちなのだ。
こんな思いをして生き残った人たち。そんな人たちが戦争を終結させ、そして平和のための道をつくった。
自分たちは、その道を、どれだけの人たちの血と命に替えてつくられたものなのか、想像すらしたことがなかった。
(……ああ)
小さい。
あまりに小さい、自分という存在。
イリダータで一番であることを誇りに思い、いつか最強のエレメンタラーの証でもある【虹使い】になると豪語してきた。
【ガーネット】でも敵なしで、自身のエレメントにも自信を持っていた。
だが、それはあまりにも小さな世界での一番で、こうして死と向き合って初めて、あまりにも自分が矮小な存在だと気づかされた。
学生相手に一番であることなど、何の意味もない。
真の最強を目指すならば、四英雄を――そして目の前の相手すらも凌駕する力を手に入れなければならない。
だけど、今の自分はあまりに弱く、それが悔しくて堪らなかった。
だが、悔やんでも手足は戻らず、一生不自由なまま。
カーマイン・ロードナイトの人生は、ここで終わったのだ。
だが、それでも――
(死ぬのはご免よ!)
砂まみれになった顔を上げ、力の限り目を見開き、歯を食いしばり、カームはありったけの意志を込めて睨み付けた。
「――ッ!」
クリスが思わず仰け反る。
「私は死なない! 手と足を潰されたなら噛みついてでも、『お前』を殺す!」
カームの叫びに呼応して、真っ赤なオーラが全身から噴き出した。
「まだ、力が……」
クリスが驚愕し、炎を警戒する。
「殺す! 殺す! 殺すっ!」
感情が高ぶり、理性が外れたカームの口から、目の前の敵に対する明確な殺意を吐き出させる。
そして、目玉が飛びださんばかりに見開かれ、睨み付ける目に変化が生じたのだ。
上に向かって伸びていた赤のオーラが、まるで意志を持ったかのようにカームの右目へと吸い込まれていく。
それはまるでオーラがカームの体を循環しているようにも見えたが、違った。
カームの体内にある火のエレメントが、右目だけに集中していたのだ。
次第にカームの黒い瞳が、赤く染まっていく。
それは、オーラよりも赤く、そして血よりも濃く、あのルカ・ロードナイトが冠する最高位【深紅】を表しているかのような赤だった。
「まさか、『魔眼』――!?」
今まで動じずにいたクリスが――その内側に潜む闇が、戦いた。
「殺す! 殺す! 殺す!」
カームの右目の白目が血走り、ついには血の涙が目尻から流れるほどにまで至っていた。
「なぜ……?!」
動揺しながらも、クリスが両手をカームに向かって伸ばし、視界に入れたカームを両手で覆うようにすると、カームの周りの砂が反応し、集まっていった。
潰れた足や手を覆い、太股や上腕、腰から背中を伝い、最後には顔をも覆い尽くしていく。
最後の最後で抵抗するように、右目だけを残してカームの全身が砂に覆われてしまった。
「くっ――! 無駄な、抵抗をっ!」
いつの間にか、クリスの口調が変わっていた。
演じる余裕すらなくなったそれが、両手を叩くようにして視界に映るカームを潰した。
それに呼応して、カームを覆っていた全身の砂が圧縮され、カームの足、腕、体、そして頭すらも潰した。
地のエレメントを通して確かに感じた。
全身の骨という骨を砕き、筋肉や血管を断裂、皮膚は引き千切られているだろう。
エレメントを解き、砂がさらさらと崩れる。
カームの顔がどさっと砂に落ち、それっきり動かなかった。
それでも、深紅の瞳だけは、そのまま色を保っていた。
「……」
まるで死して尚、睨み付けるようなその目に、クリスは踵を返し、裂け目の方へと走り去っていたのだった。




